第10話 アップデートの告知 side 天真
兄貴が倒れた。
ゲームしていたらいきなり倒れて、それきり。何度読んでも、肩を叩いても目を覚まさなくて、母さんは真っ青な顔で救急車を呼んだ。
騒がしさに気付いて部屋から出て来た父さんも兄貴の様子を知って顔色を変え、呼吸や心音の確認をし始めた。
その後の事は、正直、よく覚えてない。
ずっと心臓がバクバク言っていたし、兄貴の顔を見ていたら気持ちがぐるぐるしてすげぇ落ち着かなかったし、父さんが何度も「大丈夫だ」って宥めてくれていたように思うけど。
なんか。
……なんか、もう――。
病院の医師が言うには頭にはなんの問題もなく、兄貴の状態は、脈がひどくゆっくりな事を除けば寝ているのと何ら変わりない、と。
直に目覚めるだろうからそれまで病室で……って形だけの入院になって、三日。兄貴は昏々と眠り続けている。
「すぐに目を覚ますって言ったじゃないか……っ」
眠り続ける兄貴しかいない病室で、兄貴に掛けられた真っ白な布団を鷲掴みにする。
大丈夫だからと説得されて学校には行くようにしているが、勉強に集中なんか出来るわけがなかった。
いつの間にか点滴されているし、顔からは血の気が引いているように見えるし、相変わらず脈も呼吸も小さくて、まさか、って。
傍にいればいるほど怖くなる。
なのに、離れるのも怖い。
知らないところで何かが起きるのだけは絶対にイヤだ。
「さっさと目を覚ませよ、ほんと……」
ひどく掠れた声が出た。
どれくらいそうしていたのか、気付いたら病室が薄暗くなっていた。そろそろ帰らないといけない。小さい子供でもない兄貴には、家族が付き添いで泊まる事が出来ない。何かあれば家に電話が来る、それだけだ。
「……そんな電話、ない方がいいけどさ」
午前中に見舞いに来ている母さんは疲れが見え始めているし、そんな母さんを気遣って定時に帰宅する父さんが家に持ち帰って来る仕事の量も増えた気がする。俺もフォロー出来ることはフォローしないと、兄貴が起きた後で怒られそうだ。
「宿題もしないとな……」
溜息と一緒に憂鬱な気持ちを零した、その時だった。
ポケットに突っ込んでいたスマホが鳴った。
「ん……なんだ?」
高校の同級生の、興奮しているらしい字面に眉を顰める。たまに『Crack of Dawn』でパーティを組むこともある相手なので、それ関係かと思えば――。
「アプデ?」
URLが貼ってあったので飛んで確認してみると『Crack of Dawn』の公式サイトで、次回アップデートの日付が告知されていた。
二日後。
世界全土で異変を感知。プレイヤーは協力し合って各地の問題を解決しろという煽り文句がとても目立つ。
「チェムレには雨が降らず、ウラルドは政変、ジパングには未来を読む神子の登場……?」
トヌシャにはモンスター大発生の予兆が現れ、オーリアには相次ぐ失踪事件。ロクロラでは伝説の銀龍が目覚め国を滅ぼそうとしていて――。
「ん? えっ、ちょ……!」
大規模なアップデート情報を告知するPV動画がトップページに置かれていて、再生してないのに動く動画の、その一瞬の間に映り込んだNPCの姿に俺は驚いた。
慌てて動画をタップし、スマホの全画面でそれを凝視する。
重々しい口調で世界の異変を語るナレーションの声。
それがロクロラに関する情報開示になった、その一瞬。
「兄貴!?」
いや、NPCだ。
NPCだと思うけど、見た目が『カイト』そっくりだった。
今回のラスボスになるのだろう銀龍は、ロクロラの子ども達にとっては寝物語に聞く御伽噺だそうで、動画はその絵本が開かれる形でストーリーを語る。
これがその絵本『銀龍の涙』だよ、と。
少女が青年に手渡した、その一瞬だ。
受け取った青年NPCの造形が、やっぱり俺が毎日見ていた兄貴のキャラクター『カイト』だった!
「なんで!?」
眠り続ける兄貴を見る。
もう一回動画を見る。
「ぇ、あ。いや……でも……」
兄貴が倒れた事に動揺して忘れていたが、そもそも兄貴が倒れる直前に見た『Crack of Dawn』の、あの通知。
「3分後……てん、い?」
まさかと思ったけど。
俺は、急いで家に帰った。
帰宅後、ただいまの挨拶もそこそこにリビングで兄貴のゲーミングPCを立ち上げた。IDとパスワードは保存されているので『カイト』でログインしようとして、今は利用出来ないと言うエラーメッセージに阻まれた。
「利用出来ないってなんだよ……っ」
兄貴が倒れたからって、ゲームにログイン出来ないなんて事はない。
普通なら。
「……っ」
ゲームへのログイン情報を自分のものに書き換える。保存するか聞かれたので、これはNOにして、再度ログイン。今度は普通に『Crack of Dawn』が始まる。最後にログアウトした街中で佇む俺のキャラクター。
フレンドリストを確認すると、普通なら白文字で表示されている兄の名前が黒文字になってウィンドウの黒色に埋没していた。
「嘘だろ……」
兄貴だけじゃない。
シンとアンもだ。
それに兄貴経由で知り合った、β版から付合いのある人達だって紹介された有名人達の名前も黒文字になっている。
それぞれ得意な事が違うから必要に応じて頼れば良いって。
そう言われた、合計八人のプレイヤーが。
『指定されたキャラクターへの通信は現在許可されておりません。イベントの開始をお待ちください』
メッセージを飛ばそうとしたら、そんなエラーメッセージが出た。
全員。
……イベントの開始って。
「……っ」
俺はスマホでもう一度イベント情報を確認する。
そしたら、今回のイベントは全サーバーの中から特に知名度の高い十二人のプレイヤーにNPC側に立ってもらい、イベントを盛り上げてもらうとある。
それって、つまり。
いや。
常識的に考えるなら公式が権力に物を言わせて十二人のPCを勝手に動かすってことだ。
でも、あの手紙とか。
この動画とか。
病院のベッドで意識のない兄貴が――。
「……嘘、だろ……っ!?」
「天真?」
「!!」
驚いて顔を上げると、ものすごく不安そうな顔をした母さんと目が合った。
「ぁ、母さん……ただいま……」
「おかえりなさい……お兄ちゃんに何かあったの……?」
「え……違ッ、兄貴は大丈夫!」
俺の様子がおかしくて、病院の兄貴に異変があったと誤解させたっぽいと気付いて、慌てて否定する。
「病院の兄貴は相変わらずで……大丈夫、だ……」
けど。
……今のところ大丈夫なんだろうけど、でも、……俺は、父さんと母さんにどう説明したらいいのか判らなかった。
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