第11話 『銀龍の涙』
「これが『銀龍の涙』の絵本よ」
取って来るから待っていてと彼女に言われ、一階の食堂で大人しくしていた俺にレティシャが手渡してくれた本は、彼女の家の本棚にあった、厚さ一センチくらいの色付きだった。
本は貴重品だっていうのは、中近世ヨーロッパ風の世界観で書かれているファンタジーものの常識っぽいけど、この世界もその例に漏れず本はとても貴重で高価だ。但し、印刷技術こそないが植物紙は割と普通に使われているので、この絵本なら……十万ベルくらいだろうか? レティシャの父親は元Aランク冒険者だと言うし、娘に絵本のお土産を買う余裕はあったのだろう。
「大事なものだろうに、ありがとう」
「どういたしまして」
出来るだけ丁寧に扱うべく両手で受け取り、テーブルの上に置く。背表紙を傷つけないようそっと開いて中を見ていると、レティシャが唸るような声を漏らす。
「?」
「んー……」
「レティシャ、なに?」
ものすごく難しい顔をしている彼女と目線が重なってしまい、戸惑う。
だが戸惑っているのは彼女もだったらしい。
「あなた、体調が悪くてふらついていたのもあるでしょうけど、最初に会った時は迷子になった子どもみたいな顔をしていたわ」
「え?」
「ギルマスと夕飯を食べに来たときはちょっと偉そうで」
「?」
「今は、んー……良い所のお坊ちゃんって感じ」
「え、っと……?」
「どれが本当のカイトなの?」
「――」
そう聞かれて、固まってしまう。
答えるべきは本当の俺、なのか。
それとも本当の『カイト』なのか。
『カイト』は自分が作ったキャラクターで、昨夜のギルドマスター・エイドリアンと接していた時はそれっぽく演じていた自覚がある。
だから、恐らくは。
「……素って言うなら、たぶんいまかな」
探るように真っ直ぐに向けられる視線から逃れるように顔を逸らす。それからしばらくはお互いに無言だったが、先に沈黙を破ったのはレティシャだった。
「わかった」
「え」
「なに? 絵本を読みたいんでしょ」
「ぁ、うん」
何が判ったのかはさっぱりだが、絵本を読めと言うなら否やはない。戸惑いつつも再び絵本に目を落とした――。
***
むかしむかし
ロクロラのくにに まだみじかくもきせつがあったころ
きたのはてのやまのいただきに
うつくしいぎんいろのりゅうがすんでいました
ぎんいろのりゅうは そらたかくから ひとのくらしをみまもります
ひとがうたううたや おどりが とてもすきでした
でも じぶんがひととちがうすがたをしていることをしっていました
ひとをこわがらせたくないぎんいろのりゅうは いつもひとりで そらからひとのくらしをみるだけでした
そんなあるひ ぎんいろのりゅうは やまをのぼってくるおんなのこにきづきました
おんなのこは びょうきのおかあさんのために やまのちょうじょうにあるまんねんゆきがほしかったのです
ですが やまはゆきがふかく そらがはれていてもふぶきます
おんなのこは やまのとちゅうでちからつき たおれてしまいました
ぎんいろのりゅうは おんなのこを たすけました
こわがらせてはかわいそうなので はなれたがけのうえから すがたがみえないようはなしかけます
「まんねんゆきをあげるから もうおかえり」
「ありがとうございます!」
おんなのこはあしもとにあったまんねんゆきをもちかえり おかあさんはまんねんゆきのくすりをのんでげんきになりました
中略
あるひ となりにすむいじわるなおじさんは おんなのこにいいました
「まんねんゆきをもっともってこい」
「むりです やまはゆきがふかく ふぶいています たすけてくれたひとがいなければ わたしはしんでいました」
「だったら そのたすけてくれたやつをつれてこい」
「むりです むりです かおもわからないのです」
おんなのこはひっしにていこうしましたが いじわるなおじさんはしつこくどなりました
なぐったり けったりもしました
おんなのこのおかあさんは おんなのこをまもろうとしましたが おじさんにけられてしんでしまいました
おんなのこも なぐられて しんでしまいました
「すなおにいうことをきけばよかったんだ」
いじわるなおじさんは おんなのこと おんなのこのおかあさんのからだを きたのはてのやまのふもとに おいてかえりました
「こいつらは まんねんゆきが もっとほしくて よくをかいてしんだことにしよう」
ぎんいろのりゅうが やまのふもとにおりかさなるおやこをみつけたのは つぎのひでした
まっしろで つめたくなってしまったおんなのこを ぎんいろのりゅうは おおきなてでつつみました
「ゆるさない」
たくさんの なぐられたり けられたりしたあとがありました
ぎんいろのりゅうは おんなのこのきずにのこるけはいから だれがなにをしたのかしることができました
「ゆるさない」
ぎんいろのりゅうは くりかえします
よくぶかいにんげんなど すべて こごえてしんでしまえ
おんなのこをだきしめるぎんいろのりゅうのめから おおきななみだがおちました
するとじめんがこおりはじめ こおりは ロクロラをおおいます
おんなのこをだきしめながら ぎんいろのりゅうは ほうこうします
かなしいさけびは つめたいかぜになって ロクロラにふきあれました
ぎんいろのりゅうのかなしみは あついくもになり そらをおおいかくし ひのひかりをさえぎってしまいました
はらはらとこぼれおちるなみだはゆきになり ロクロラのひとびとをこのちにとじこめました
ロクロラのふゆがおわらないのは ぎんいろのりゅうが いまもおんなのこのしをかなしんでいるからです
よくぶかい ひとのおこないを おこっているからなのです
***
「……これって史実?」
「さあ。でも実際にロクロラはこの通りだし、銀色の龍に許してもらえるようにって歌や踊りで賑やかな冬祭りを毎年やってるわ」
「そう、なのか……」
二年近く『Crack of Dawn』を続けていたのに、冬祭りなんて行事があることを知らなかったことに自分でも驚くくらいショックを受けてしまった。
というか。
「冬祭りっていつ?」
「一ヶ月後くらい」
「そっか……」
想像していたより惨い話で、これが子ども向けの絵本で良いのだろうかと思わないでもないが、地球の子ども向けの話も実は怖いと言うし、ロクロラが雪に閉ざされている理由を子ども達に説明するためのものだと思えば妥当なのかもしれない。
気持ちは沈んだが、こうして知る機会があったのは幸いだったと思う事にしよう。出来るだけ丁寧な手つきで本を持ち上げ、差し出す。
「絵本、ありがとう」
「どういたしまして、って。二度目だけど」
レティシャが小さく笑う。
その笑顔に、重苦しかった気持ちが少しだけ和らいだ。
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