第9話 王都は広くてでっかいどー

 ロクロラの王都キノッコは、人口十万人弱という、他に比べると規模の小さな都である。

 しかし常に雪が降り積もり、日中でも気温は氷点下。

 陽が射すのも二十四時間の内のたった六時間程度では十万人の生活を守るのも大変で、食料などは隣国からの助けがなければ厳しいのが現実。ロクロラが東洋風のトヌシャ、西洋風のオーリアと陸続きになっているのは、例えモンスターが多い森や、険しい山岳地帯が国境沿いに広がっていようともこの上ない幸運だったと言える。

 何せ他の三国との間には大海が広がり、ゲームの世界でも、移動手段は国の許可を得たうえで飛空船を使うしかないため、利用出来る者が限られてしまう。つまり移動出来るようになるためには、全員共通のメインシナリオをクリアしていかなければならなかった。それは、一介の商人が移動手段として使えるものではないのだ。


「飛空船もいつか乗ってみたいもんだ」


 楽しみがまた一つ増えたと思いつつ、空を仰ぐ。

 午前十時前だと言うのに空はまだ薄暗く、厚い雪雲の向こうには太陽の気配すら感じられない。

 つまり、寒い。

 同じ大陸で、トヌシャとオーリアには当たり前に四季があり、朝昼夜があるというのに、ロクロラだけ雪に閉ざされているのは何故なのだろう。もちろん北の極地であることは間違いないし、地球で言うところの地軸の傾きゆえに六時間しか陽が射さないのも理解出来る。隣国との間に広がる森や山岳地帯は抜けるまで数日かかるほど広大だしな。

 とはいえ、ゲームなら何万人ってプレイヤーが行き来していたし、そもそもゲームのキャラだから気にならなかったけど、現実になったからには何とかしないと、昨日一時的に対処出来て未然に防げた凍死が餓死に変わるだけだ。


「……土地は有り余ってる感じだし、カギは報酬リストにあった寒冷地でも育つ苗かな……」


 宿を出て商業区を北に向かって歩いて来たが、進むほどに雪に埋もれた空き地が目立つようになってきた。

 俺は『Crack of Dawn』で覚えたキノッコの地図を頭の中に思い浮かべる。

 王都キノッコは、南北に長い楕円形の囲郭いかく都市だ。

 南門を出るとトヌシャとの国境をまたいで広がる森の入り口に続く道があり、北西の門の先にはオーリアとの国境に接する山岳地帯に続く道、その道沿いには数軒の牧場がある。そこではロクロラ特有の毛の長い家畜が放牧されていた。

 北門の先には王都以外のロクロラの街や村へ続く街道が延びており、北へ行けば行くほど陽の射す時間が短くなっていく。

 最後、東側には門がなく、代わりに飛空船の発着場、いわゆる空港が設けられている。そのため、空港から商業区へ続く通りには観光地っぽい質の高い宿屋や土産物屋が目立っていた。

 そんな王都の商業区は中心より北側に広がっており、一本奥の道に入ると民家が。反対側には物造りの工房が多く、黒い煙を吐き出す煙突の存在感が強い。

 王城や貴族邸は川を挟んで西南側の奥にあり、城を中心としたドーナツ型に配置されているので、貴族と平民が遭遇する事がほとんどないのは、ある意味で安心だろうと思う。

 貴族街に近く、大商家の建物も多い南門付近の建物は繊細で豪奢。

 空き地もない。


「となると、畑をやろうと思ったらやっぱり北か。国家事業になるようなら貴族街に近い方がと思ったけど、……っていうか広いな王都!?」


 頭の中の地図とまったく距離感が合わない。

 どれだけ広がったんだろう。

 しかも土地の広がりに対して建物の増加は抑え気味なのか、とうとう建物どころか木一本すらない雪原が眼前に広がってしまった。王都を囲う壁すら見えないって、どんだけだ。


「……人口が増えても大丈夫ってことか? いや、でも常冬のロクロラに国民増えたら……ううむ」


 ぶつぶつ呟きながら、大通りを逸れて真っ白な雪原に踏み込んだ。ザクッ、ザクッと雪を踏み締めて歩くのは楽しい。ブーツを履いている足で踝くらいまでの積雪で済んでいるのは土地が広がったばかりだからか。

 その場にしゃがみ込んで、手で雪を掻き、土の地面に触れる。


「んー……」


 よく判らない。

 農業に従事したことがないのだから当然だが、苗を土に植えたら育つというわけではない……よな?


「北海道の野菜は美味しいって言うから此処で育つ野菜にも期待したい……けど、北海道は年から年中冬ってわけじゃないしなぁ」

「カイト?」

「え?」


 唐突な呼び掛けに振り返ると、温かそうなコートを着込んだ食堂の娘レティシャが立っていた。


「ずっと独り言を言ってる怪しい人がいると思ったら……何をしているの?」

「え、あ、聞いてたのか?」

「はっきりは聞こえてなかったけど、地面を見ながらぶつぶつ言っているんだもの。ものすごく不気味だったわ」

「……うわぁ……恥ずっ」


 手で顔を覆って唸るが、どうして此処にと言うなら彼女もだ。


「レティシャこそ、こんなところで何をしているんだ?」

「朝の散歩は日課なのよ。今朝は……よく判らないんだけど、こっちに来たことないなって」

「なるほど」


 そりゃあ昨日の夕方に突如として広がった土地なのだから初めてだろう。

 無かったものが、在ったことになっているのだから、彼女の行動は本人より俺の方が理解し易いと思う。


「で、あなたは?」

「あー……ちょっと王都の様子見と、食糧事情の改善のための調査……?」

「冒険者のあなたが?」

「いろいろと事情があってな」

「ふぅん?」


 だんだんと眉根が寄っていくレティシャだったが、何を思い出したのか一瞬にして眉間の皺が消えた。


「そういえばギルドマスターと親しいのね」

「そう、だな。友達だよ」


 昨日からだが、まぁ、正しく言う必要もない……と思うんだが、探るような視線を向けられて居心地が悪い。

 何か話題を……と考えるが思いつかない。

 そんな自分にがっかりする一方で、ちょうどいい機会だと言い聞かせる。ここは情報収集だ。


「え、っとさ……レティシャのところはどうやって食材を仕入れているんだ?」

「食材? お肉はお父さんが午前中に狩って来る獣やモンスターね。野菜は馴染みの商店から仕入れるけど……」

「その野菜の鮮度とか、種類はどんな感じ?」

「……文句は言えないわ」

「……だよな」


 つまり、そういうことだ。

 卵とミルクは牧場があるのだから問題ないとして、やはり野菜関係は何とかしないとロクロラ国民の健康にも差し障る。

 一日三〇品目を食べるのが大切だって、何かで聞いたことがある。


「ちなみに魚介類って食堂で調理する?」

「仕入れられればするわ」

「そっか……」


 ロクロラは海に面している土地が多いのだが、寒すぎて海上で作業をするのにも限界があり、漁を仕事にする者がいない。だから仕入れられれば、だ。

 うーんと唸りながら考えていたら、レティシャが痺れを切らしたように声を掛けて来る。


「カイト。あなた、本気で食材関係を何とかするつもりなの?」

「……出来ることなら、かな。キノッコで農業に詳しい人がいたら紹介して欲しいんだが、アテはあるか?」

「私には……。両親に聞いてみるわ。それに人脈で言ったらギルマスの方が広いと思う」

「なるほど、エイドリアンにも聞いてみるか」


 そうなるとこれ以上は北に歩いても意味が無さそうなので、此処からは方向転換、南側を見に行ってみようと思う。


「レティシャはどっちに向かうんだ?」

「このまま北に進んでも何もなさそうだから戻るわ」

「ならそこまで一緒していいか? キノッコの事を少し聞きたいんだ」

「ええ」


 返答を聞いて、その横に並ぶ。

 昨日も思ったがこうして並んで立つと彼女の小柄さが良く判る。十四だって言ってたもんな。日本なら中学二年生、まだ子どもだ。……俺も子どもだけどこっちでは成人済みだからな。

 十六が成人で、……つまり俺は酒が飲めるらしい。

 一度くらい……いや、二十歳まではダメだな、うん。半年後にはあっちに帰るんだし。

 そんなふうにあっちのこっちの事を考えていて、思い出す。

 もう一つ気になっていた事があった。


「レティシャ。ロクロラの御伽噺とか、何でも良いんだけど、ロクロラが雪に覆われた夜の国って呼ばれるようになった理由みたいなの、知ってるか?」

「『銀龍の涙』のこと?」

「銀龍?」

「そう。愛した女性の死を悲しんで零した銀龍の涙がロクロラの大地を凍らせて、それを溶かすことは許さないって太陽を遠ざけたの。有名よ。うちにも絵本があるし」

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