第8話 頑張ったで賞はポイント制

 目が覚めても窓の外は真っ暗で、ステータス画面を開くと名前の上の方に午前八時の表記。

 これが平日の朝なら完全に学校を遅刻している。


「ふあぁ……」


 普段ならアラームなどなくても六時に目が覚めるのだから、よっぽど疲れていたんだろう。ちょうどの時間に少しだけ気を良くしながらベッドを降りようとして、ふと通知が届いている事に気付いた。


「……なんだ、また女神の無茶振りか?」


 朝から体力と魔力をごっそり持っていかれるのは勘弁して欲しいと思いつつ開けば、それは女神と言うよりも、システムからの通知に似ていた。


『本日より10日分の生活費として10万ベルを支給します』

『異常事態1件の「一時的な対処」を確認しました』

『異常事態1件の「一時的な対処」に50ポイントを付与します』

『報酬リストを取得。アイテムボックスから確認してください』

『続いて各種スキルを異世界アリュシアンの情報に基づき調整します』

『調整を完了しました』

『武器術を武器術・改に進化します』

『武器術・改がレベルアップしました』

『武器術・改がレベルアップしました』

『武器術・改がレベルアップしました』

『続いて索敵・採取・解体を統合、採集師の技術に進化します』

『採集師の技術がレベルアップしました』


「ちょっ……!?」


 次々と白いガラスプレートが眼前に重なっていく、その勢いに驚いて上ずった声が上がったが、通知音が落ち着いた頃には、ステータス画面に表示された数値が少しだけ上昇していた。


 名前:カイト

 職業:魔法剣士・冒険者(Sランク)・採集師

 称号:未設定

 属性:水

 体力:8828

 魔力:5864

 筋力:893(+15)

 耐久:774

 耐性:675

 俊敏:834(+30)

 保有スキル

 ・デバッグ(Lv.0)

 報酬ポイント:50new!

 ・武器術・改(Lv.3)new!

 (剣/短剣/槍/刀/斧/弓/杖/砲)

 ・格闘術(Lv.6)

 ・忍術(Lv.4)

 ・四大属性魔法(Lv.5)

 (火/水/土/風)

 ・二極属性魔法(Lv.4)

 (光/闇)

 ・上位魔法(Lv.3)

 (炎/氷/雷)

 ・採集師の技術(Lv.1)new!

 (索敵/採取/解体)

 ・製作(Lv.5)

 ・製造(Lv.6)

 ・鑑定(Lv.MAX)

 ・言語理解(Lv.MAX)


「各種スキルを異世界対応したってことなんだろうけど……なにがどう変わったのか数字だけじゃよく判んないな。それに、ポイントと、……報酬リスト?」


 言われた通りにアイテムボックスを確認すると、確かに新規アイテムとして報酬リストの文字があった。

 取り出すと、それは薄い本だった。


「1ポイントは……通常アイテムって感じだな」


 体力回復ポーションや、鉄の剣など、ゲームなら初期から店売りされている品がリストに並んでいた。

 三ポイントで、魔力回復ポーションなど、少しレア度が上がる。


「5ポイントは寒冷地でも育つ苗? じゃがいも、にんじん、玉ねぎ、かぼちゃ……んん? これは、ロクロラの俺用のリストって事だな?」


 ページをめくっていくと、必要なポイント数が上がるにつれて交換できるものの価値も確実に上がっている。なるほど、これでやる気を上げる算段か。

 ……実に効果的だ。

 貯めたポイントで欲しいものが手に入るとか、お得感がすごい……と思うのは俺だけだろか。

 二〇ポイントのところには『地球の料理本(日本版)』の一巻から五巻までなんてのもある。

 うん、とりあえず俺には効果的だと言っておこう。

 そして異常事態と聞いて思い当たる件と言えば一つだけ。


「やっぱり魔石の件がそうだったんだな……」


 デバッグ作業なんて言われた当初は言葉通りの意味で捉えていた。

 例えばだが、かつては上下左右の四方向にさえ進めればよかったゲームが、三六〇度動き回れるようになった事で組成コードが複雑化、動作確認の手間が掛かるようになった。

 三〇度での移動は確認したけど三一度は確認不足で、壁などがあると身体が半分埋まって動けなくなってしまう、というような感じに。

 しかしよく考えてみれば、今回のこれは、動ける角度を増やすどころの話ではない。いままでシステムが設定した通りの言動しか取れなかったNPCが、生身の人間になった。

 世界そのものが命を得た。

 それと同時に、女神に招かれた十二名以外はその事実を知らない。

 知らずに変化していく己と世界に、NPCだった彼らがどう適応していくのか。

 考えられる不具合や異常事態なんて、たぶん俺の想像を……否、女神の想像だって軽く飛び越えていくんだろう。


「……このスキルもなぁ」


『デバッグ』スキルの詳細は、実に簡素。

 担当地域の異常事態・不具合に敏感になる。関わり易くなる。解決または対処の手段が得やすくなる。

 それだけだ。

 明確にどうなるというわけではない感覚的なスキルらしく、最終的には自分自身の判断になる。


「なかなか厄介だ」


 短い嘆息を一つ。

 悩んでいても仕方ないのだ、朝の支度を済ませるのが先だと、ベッドから降り立った。





 朝食は、いよいよドロップアイテムだったそれにした。

 アイテム一覧を食料だけに限定して表示させる。朝から寿司やカレーは無理だなぁとスクロールを続け『モーニングAセット』というのを取り出した。


「おお……」


 卵、ポテトサラダ、ハムチーズのサンドイッチに、生野菜のサラダとホットコーヒーがセットになっていた。

 コーヒーは初挑戦で、飲んでみると、……美味しいとは言い難い。匂いは好きだなと思えたので、慣れれば平気のような気がするけど。


「あ。確か牛乳もドロップしたよな」


 今日のところは牛乳を足してカフェオレに。それでも苦かったが、砂糖を入れるほどではなかった。

 サンドイッチとサラダは普通だったけど、あえて言うならドレッシングが欲しいし、お腹を満たすには充分だが、昨夜のスノウボアのシチューの方が何倍も美味しく感じる。

 出来立てだったからなのか、それとも誰かと一緒に食べたからなのかは判らないけど、調味料セットや米俵、野菜なんてものまでドロップしていたのだから女神は自炊を推奨している可能性はあるよな。

 美味しいものが食べたいなら自炊しろというメッセージだったり、さ。

 報酬ポイントの最初の交換は料理レシピ本かな。自由に使えるキッチンを手に入れたらすぐに交換だ。



 着替えは白いシャツに黒いボトムス。

『Crack of Dawn』に着替えは必要じゃなかったが、見た目をカスタムする事は可能だった。一着持っておきなよと友人に贈られたものがこうして日の目を見るとは思わなかったが、一着と言いながら五着も押し付けてくれたことを今になって感謝する。そういえば彼女も『裁縫師』って特殊ジョブをシステムから受け取っていた。


「そう考えると……」

 

 シャツの上に装着した防弾チョッキのような皮鎧。素材元はワイバーンで、作ってくれたのは『革細工師』の特殊ジョブを得た友人だし、腰に佩いた剣の製作者は『鍛冶師』の特殊ジョブを持っていた。

 誤解しないで欲しいのだが、スキルとしての『採集』『裁縫』『革細工』『鍛冶』は誰でも得られる。

 だが、ステータス画面の職業欄に『採集師』や『鍛冶師』と表示されるのは、自分が知る限り一人ずつしかいないのだ。

 だから、思い出す。


『採集師』のカイト。

『鍛冶師』のシン。

『薬師』のアン。

 あの瞬間に一緒にいた二人も特殊ジョブの所有者だ。

『皮細工師』のゲオルグ。

『裁縫師』のエリアル。

『園芸師』のフィオーナ。

『甲冑師』のロマノフ。

『彫金師』のランディ。


 全員がβ版から付き合いが続いている友人達なんだけど、……十二人にならなかったな。女神は以前から転移させるプレイヤーを選別していた気がしたからもしかしてと思ったが、考え過ぎだったようだ。

 もしも彼らがこのアリュシアンにいるのなら、やっぱり旅をしてでも会いに行きたいと思ったのに。



 午前九時を少し回った頃、宿屋の子どもが部屋に来た。


「兄ちゃん、ギルドマスターが来てるんだけど」

「ありがとう、入ってもらってくれ」

「はーい」


 少年が小走りに階段を下りた後、入れ替わるように上って来たのは八人の若い男達と、その先頭に立つエイドリアンだ。


「朝早くから済まないな」

「部屋が狭くなるから、持って行ってもらえた方が助かる」


 軽く言い合い、エイドリアンを部屋に入れる。

 窓際に無造作に並べられた麻袋を確認し、その中身を承知しているエイドリアンは深いため息を吐いた。


「……本当にあるのかよ」

「あるから取りに来いって言ったんだろ?」

「そういう意味じゃねぇし」

「??」


 大人の言い回しは難しい。

 それとも異世界の言い回しか?


「まぁいい、おまえらしっかりと運べよ!」

「「「うっす!」」」


 男達が勢いよく返答し、一人ずつ中に入り、麻袋を担ぐ。部屋が狭いので、他のメンバーは廊下で待機だ。

 今回のために声を掛けて集まった冒険者アルバイトらしい。


「結構重いっスね」

「だろうな……」


 エイドリアンが疲れたように応じた。

 ランクと、魔石の大きさによる差はあるが、それぞれ三〇〇個を詰めてあるのだから重いに決まっている。


「おまえはこれを、どうやって宿屋まで運んだんだ?」

「採集師の秘密だ」


 冒険者たるもの手の内を簡単に明かしたりはしないのだ。

 エイドリアンも勿論それを判っているので肩を竦めるだけ。


「家の件だが今日中には候補を絞っておく。明日は暇か?」

「ああ」

「じゃあ明日の昼前に」

「わかった」


 簡単な挨拶を最後に、男達が麻袋を担いで出ていくと、途端に部屋が広く感じられた。例え「一時的な対処」だったとしても、魔石を渡せたことにホッとした。


「さて……それじゃあ王都を散策しに行くか」


 スキル『デバッグ』が担当地域の異常事態・不具合に敏感になる。関わり易くなる。解決または対処の手段が得やすくなるというだけの効果なら、自分の足で歩き、自ら変化に近付かなければならないということ。

 それには散策が不可欠だ。

 皮装備の上にセーターを着て、コートを羽織り、ブーツの紐もしっかりと結んで準備万端。

 まだ薄暗いキノッコの街を歩き始めた。

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