第7話 Sランク冒険者の裏表と女神様のひとりごと
エイドリアン曰く、魔石は明日の午前中に受け取ることが出来ればいいようで、何故か夕飯を食いに行こうと急き立てられた。
深々と息を吐く顔は、この短い時間で随分と老けたように見える。
「さぁ飯だ飯! 飲むぞ!」
「それは飯じゃなく酒だろう……」
「飲まないでやってられっか!」
「えぇ……?」
悪いことをしたつもりはないんだが、まぁ、タダほど怖いものは無いって言うしな。常識で考えて、数億ベル分の魔石を無償で譲渡して貸しにしておくというのは、相手からしたら生きた心地がしないかもしれない。
「……エイドリアン」
「なんだ」
「さっきの貸しはなしにしてさ、頼みを聞いてくれるか?」
「お? なんだ?」
「俺が此処にいる半年の間、たまにでいいから一緒に飯食おう」
「……」
「あと狩りにも付き合って欲しいし、ダンジョン攻略とか……あ、ギルドマスターが冒険者と同じことをするのはマズイか」
ギルドマスターということは、ギルドのトップ。
つまり要職だ。
重要人物を危険に巻き込むのはさすがにダメかと、前言撤回すべく彼を見上げたところで、おかしなものを見た。
エイドリアンが両手で顔を覆っている。
「……もうあかん、こいつ……」
「なんて……?」
「~~っぁああ、あぁもう飯なんていつでも一緒に食ってやるし何ならうちに招待するから嫁さんの飯食ってけくそったれ!」
「口が悪い……」
「放っとけ!」
む。
よく判らないが転移一日目にしてメシ友は出来たっぽい。おかげで、これから半年間ぼっち飯という淋しい事態は避けられるようだ。
っていうか、奥さんいたのかよ。
あとは狩りやダンジョンの同行者が見つかれば言うことなしかな。ソロでも場所を選べば問題ないはずだが、やはり油断したくないのと、速度重視でシナリオを達成するわけではないのだから、他人と関わって、ちゃんと楽しみたいと思った。
そんなこんなでエイドリアンを連れてレティシャの父親が経営しているという食堂に戻ったら「ああ此処か」って一言。
「知っているのか?」
「キノッコの冒険者なら知らん奴はいないだろうな。親父さんが元Aランクの冒険者だ」
「あぁそういうことか」
そう聞くと先刻の彼女の言動も理解し易い。
カランとドアベルを鳴らして中に入ると、食堂はほぼ満席。食欲をそそる美味しそうな匂いと陽気な喧噪。
ちらと見る限り、やはり客は冒険者が多そうだ。
「いらっしゃいませー、って、カイト? それにギルドマスター?」
こちらに気付いたレティシャが、ギルドマスターと一緒にいると知って目を丸くする。
「知り合い?」
「まぁ……」
「ダチだよ、端の席いいか?」
返答に詰まる俺と違って、あっさりと友達という言葉を使ったエイドリアンに驚く。メシ友にはなれただろうかと喜んでいたが、友達だ、って。
それは、俺がそう紹介してもいいってことだ。
「……なんだよ」
「え?」
窓際の席に着くなり、エイドリアンが嫌そうな顔で言う。
「何って、何が?」
「その締まりのない顔だよ。今度は何を考えてる」
「あー……顔に出るくらい嬉しかったのか」
「嬉しい?」
「あんたにダチだって言われたことがさ」
「――」
エイドリアンはピキッと固まり、少ししてからテーブルに沈んでいく。
「おまえ……そっちが素か?」
「そっちって?」
「去年はもっといけ好かない感じの野郎だっただろ!」
言われて、キャラクターの性格をクールに設定していた事を思い出した。
確かに『Crack of Dawn』のカイトなら、人に友達だと言われたところでニヤニヤしたりはしない。
……そうか。
今日から生き始めたのはカイトも同じなんだな。
「初対面の時くらい猫被るさ。素はこっちだ」
なので、そう言うことにしよう。
少なくとも半年間は俺がカイトだし、……なんて内心を知らずにエイドリアンは納得の顔。
「その顔で年齢相応の言動してちゃ舐められそうだしな。ランクのこともあるし人を遠ざける態度の方が周りの為か」
「ランク?」
「おまえの年齢でSランクは異常だって話だよ」
「なるほど」
プレイヤーだったからSランクまで約一年で到達したが、現実で考えたら一〇代でSランクは異常でしかない。
「他所ではちゃんと取り繕えよ」
「ん、そうする」
「……不安しかねぇな」
「心配しすぎじゃないか?」
そう答えたらものすごく深い溜息を吐かれた。
何故だ。
レティシャとは忙しそうでほとんど話が出来なかったが、食べに来ると言う約束を守れてホッとした。
そして、初めて食べたスノウボアのシチューはとても美味しかった。
宿に戻り、就寝準備を終えて明日の準備も済ませておく。
アイテムボックスから麻袋を取り出し、火の魔石を三〇〇ずつ詰めるだけだ。パンパンに膨れた麻袋九つを壁際に寄せて纏め、ベッドに横になると、途端に睡魔が襲って来た。
「……なんか、いろいろあり過ぎたな……」
よくよく考えれば、彼方からこちらに招かれたのが午後十一時だったのだ。
眠いのを自覚したらあっという間だった。微かに通知音が聞こえた気はしたのだが、指先を動かす気力もない。
朝まで夢を見る事もなかった。
***
無数の星の煌めきは闇をも押し退けてその頭上を支配していた。
ガゼボに似た白磁の建造物には柱が八本。文字とも、記号とも思える不可思議な形のそれらが柱を軸に金色の螺旋を描きながら星空へ昇り、何かにぶつかって割れたように金粉を散らして消えた。
そんな建造物の中央には複数の彫刻。
月と、太陽と、三つの大陸と、幾つもの小島が連なる列島。
それらを纏めて抱くように包み込む透明な球体。
その球体の台座として設えられたように、大きな石造りの噴水があった。
柱の数と同じ八カ所から湧いてくる清流は、時として青く輝き、緑色に点滅し、赤い光線を放つ。
魔力。
属性の色を灯すのは世界の成長の証だ。
「ふふんふふ~ん」
艶やかに波打つ金色の髪を小さな体と共に揺らしながら桃色の唇で音を奏でる。
もみじのような小さな手で噴水――その水面に施した水鏡の術に触れると、映し出される景色が一変した。
世界最大の大陸、多種多様な人々が溢れるウラルド帝国から、大海を越えて国土のほとんどが密林に覆われた太陽の国チェムレ。
再び大海を越え、周囲の小さな島々と共に一国を名乗ったジパングの、個性的な街並み。
そして、陸続きの三国はオーリア、トヌシャ、常冬のロクロラ——。
「ロクロラでは早くも異常事態の解決に向けて動いてもらえたようですね、良かった……ぁ、良かったですぅ……あぁもう、誰も聞いてないしいいわ」
言い、少女は。
女神は。
創造主ファビルは深い溜息と共に噴水を象る石にその身を凭れ掛けさせた。
「ロクロラは寒さと飢えが付き纏う国だから『採集師』を送って正解だったわ……今は一時的な対処でしかないけど、この国には才能溢れる子が多いから協力して何とかしてくれると信じましょう……」
あれこれ指示が出せれば、いま抱えている不安のほとんどを解消出来るだろう。だがそれは過干渉になり世界の均衡を崩してしまう。
女神が望むのは新たに世界となった彼の地の平穏。
穏やかな存続。
それを乱すものは例え自身であろうと排除しなければならないのだ。
だから、託すしかなかった。
「はぁ……クセのある女神のフリって疲れるわ……あれで12人を騙せたのかしら」
この件に関し、協力している友人達と話し合った結果、ああいう女神を演出してみたのだが、どうだっただろう。
現時点での動きを見る限り、八人に関しては問題なさそうだが、その他の四人に関しては……、それこそ当初の予定通りなのだが、問題しかない。
実を言えば八人と四人で労働条件通知書の内容も違う。
そもそも四人の方は、声に出して読ませても内容を理解していなかったようだし。
「巻き込む形になってしまった8人には申し訳ないけど、……地球を守るためにも、アリュシアンを守るためにも、どうか歩みを止めないで」
あの日。
「恐ろしい」と、地球の神は助けを求めて来た。
数多ある世界の中でも有数の発展を遂げた地球は神々の憩いの場であり、最高の観光地でもあるから、その神に助けを求められれば拒否する仲間はいなかった。
暇を持て余していた彼女が主神に立候補したのは本当。
父なる大神に許可を得たのも本当。
契約期間が終われば地球に戻すのも本当、……善なる八人に関しては。
そう、その八人に限るなら吐いた嘘はほんの僅かだ。
主神となる女神が若過ぎて、ただ一柱では世界を創造する事も、支えることも出来ないのは明らかだったため、柱たり得るほどこの世界への愛情が深い彼らを選んだとは明かさずに、デバッグ要員なんて言葉で誤魔化した程度である。
地球でそれなりに話題になり、魂を得た世界の卵。
始まりこそワケ有りでも、主神となったからには生まれた命に平穏に生きて欲しい。そのためなら、八人や、十二人の地球人を騙すくらい何てことはない。
「アリュシアンを、アリュシアンたらしめるために」
世界の胎動が始まろうとしていた――。
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