第6話 ギルドマスター エイドリアン
火鼠は基本的に群れており、一匹見つかれば必ず近くに仲間がいる。
索敵でそれらを見つけて駆逐している内に、少しずつ生き物を斬る事に慣れて来た。最終的に四十六個の火の魔石と、肉と皮を手に入れ、それをマジックバッグに放り込んだ。
もちろん『Crack of Dawn』のダンジョンで手に入れたものだ。
アイテムボックスがあるのに、どうしてマジックバッグなんて道具があるのかと思うだろうが、アイテムボックスが使えるダンジョンは初期ダンジョンだけで、クエストやアップデートによって解放されたダンジョンは全てアイテムボックスの使用が不可。つまり、難易度や攻略に掛かる時間は伸びるし、強いモンスターの貴重な素材だってドロップするのに、アイテムの持ち込みや持ち帰りが出来ないのだ。
そこで重宝されるのが、初期ダンジョンからも入手可能なマジックバッグだ。
ボスドロップなので確率は決して高くないし、容量もダンジョンの難易度に準ずるが、収納アイテム数は二〇、四〇、六〇、八〇、そして一〇〇の五段階。
これの有無が新人と中堅の目安になっていたくらいには『Crack of Dawn』で必須の魔道具だった。
ついでに、ゲームから現実になった影響を確かめるつもりで収納数二〇個のマジックバッグに今夜の戦利品を入れてみると、全部あっさりと入ってしまった。二〇個が二〇キロに変化した? これも要検証だな。
そんなこんなで、この一時間弱で集めた素材を入れたマジックバッグを肩から掛けて、キノッコの南門に戻る。
「遅かったな、心配したぞ」
「火鼠の群れを見つけたんで駆逐してきた」
「おおおマジか。それはありがたい!」
「ギルドに報告しておく」
「おうっ、ありがとな!」
陽気な衛兵と挨拶を交わし、冒険者ギルドに戻ると、一つ考えていた策を試してみる事にした。
先ほどよりは随分と空いたギルドホールで受付待ちの列に並ぶこと五分。順番が来て、受付嬢にネームタグを提示する。
「ギルドマスターのエイドリアンを呼んでくれるか?」
受付嬢は目を丸くした後、受け取ったネームタグと、カイトの顔を交互に見た後で『Crack of Dawn』でも登場していた特殊な魔導具にタグを差し込む。
そして目を丸くした。
「……少々お待ちください」
早口に告げて席を立った受付嬢は、少しして肩幅が倍はありそうな巨躯の男と一緒に戻って来た。
男は俺の顔を見て、秋の稲穂を思わせる色の瞳を大きく見開いた。
「カイト! いつキノッコに!?」
「ついさっきだ」
ものすごく緊張し、心臓はバクバクしているが、それを押し隠して『Crack of Dawn』のカイトになりきる。どうやら人間関係もゲームの歴史を引き継いでいるので間違いなさそうだ。
ロクロラのギルドマスター・エイドリアンとは、一年くらい前の公式イベントで共闘し、彼の妹を救出した事があったのだ。
短く刈り揃えられた明るい赤味を帯びた金髪に、二メートル以上ありそうな頑強な巨躯。野太い声は戦場において数多くの冒険者を鼓舞し、率いた、歴戦の勇士。
「久し振りだな! あれ以来、便りの一つも寄越さないクソ野郎だと思ったが、会えて嬉しいぞ!」
「あんたは相変わらず口が悪いな」
「ガハハハハ! この後は時間あるのか? せっかくの再会だ、飯でもどうだ!」
「嬉しいが、さっき会った食堂の娘に夜は食べに行くと約束した」
「ハッ! 女に興味無さそうな顔をしておいて早速とはな! まぁいい、そこへ行くぞ」
「待て、これが先だ」
がしっと肩を掴まれ、そのまま連れ出しそうな勢いのギルドマスターに、肩から下げているマジックバッグを目線で示す。
それだけで相手には通じた。
「だったらその対応は俺がしよう。こっちだ」
すぐに別室に案内される。
呆然と此方を眺めている受付嬢と冒険者達の視線を感じつつ、目立つにしてもこのくらいなら想定内だと、小さく息を吐いた。
案内された部屋はギルドマスターの執務室だ。
座り心地の良い革張りのソファに座らされ、正面のテーブルにマジックバッグを乗せる。
「火鼠の魔石だから品質は低いが、必要だろ?」
「ガハハハ! 手土産に魔石とはさすが採集師だな、恩に着る!」
言い、深々と頭を下げられた。
ギルドマスターが真顔で感謝の意を示すくらい、ロクロラにおける火の魔石は貴重品だ。
マジックバッグの中身を確認し、職員を呼ぶ。
呼ばれた職員はテーブルの上に広げられた多数の火の魔石に顔が引き攣っている。
「皮と肉もギルドで買取って良いのか? 火鼠の肉は携帯食になるし、肉屋に直接下ろしたほうが稼げるぞ?」
「金には困っていない」
即答すると「なるほど」と笑われた。
職員が換金のために素材と共に退室すると、エイドリアンは「それにしても」と嬉しそうな顔で話し始めた。
「おまえが納品する素材は相変わらず美しいな」
「伊達に採集師を名乗ってない」
「ガハハッ! いやはや、それにしてもこのタイミングで火の魔石が手に入ったのはありがたい。急に不足し始めてな」
「急に?」
「ああ。昨日までは確かに足りていたはずなんだが……」
それは恐らく世界が変化したせいだろうと思うが、そうは言えないので曖昧に応じておく。
話題を変えるなら家族の近況だろうか。
確か彼の妹の名前は――。
「サラは元気か?」
「ああ、来月結婚するぞ」
「! それは、おめでとう」
「時間があるなら直接言ってやってくれ、あいつも喜ぶ」
「そう、だな。しばらく……半年くらいは此処にいるつもりだし」
「そうなのか!?」
いきなり身を乗り出してくるエイドリアン。ぎょっとして身を引けば本人も気付いたようで「すまんすまん」と体の位置を戻した。
「いやしかし、世界に12人しかいないSランク冒険者が滞在すると聞けば驚くなと言う方が無理だぞ」
「12……」
Sランク冒険者のプレイヤーは結構いたはずなのに……と思ったが、すぐに理解した。こっちに招かれている十二人だ。親愛度か、親密度かは忘れたが、それの上位十二名ということは全員が戦闘系のスキルレベルをカンストしていてもおかしくない。
同時に、自分のランクがSで間違いなことも確認出来た。
「他のSランク冒険者の所在って判っているのか?」
シンとアンがいる国が判ればと思ったが、残念なことにそこまで都合よくはなかった。
「冒険者なんて世界を気ままに移動するもんだしな」
「そうか……」
「しかしカイトがキノッコにいると知ったら、あの方は確実に城を抜け出して来られるだろう」
「あー……内緒で」
「ガハハッ! 人の口に戸は立てられん。俺が報告しなくたってあっという間に知られるさ」
言われて、溜息を吐く。
エイドリアンの妹救出を担った一年前の公式イベント、その際に深く関わったNPCがもう一人いて、それがロクロラ国の王族、王位継承権四位の第三王子だ。行動力に非常に富んだ十七歳の青年で、街での遭遇イベントが幾つもあった。NPCでそうだったのだから、此処が現実となり、行動の制限がなくなったいま、彼がどう動くのかは想像もつかない。
まぁ、なるようにしかならないんだが。
しばらくして、先ほどの職員が赤いフェルトを敷いたプレートに金貨六枚を乗せて戻って来た。
合計で六〇万ベル。
肉と皮の相場はそう変わらないだろうから、火鼠のEランク魔石が想定以上に高く買い取られたことが判る。
「Eランクをこんな高値で買い取っていいのか?」
「言ったろ、不足して困っていたんだ。Eランクの魔石だって暖房具を十日は動かせる。それでどれだけの民が凍死せずに済むと思う?」
ニヤリと言われるが、そうなると、俺のアイテムボックスで肥やしになっている千単位の火の魔石にモヤモヤしてしまう。
エイドリアンの前で確認するわけにはいかないが、新しいスキル『デバッグ』を思い出して、もしかして……という気持ちも湧いて来た。
さすがにBランク以上は安易に流出させられないが、Cランクなら太陽の国チェムレでわんさか出て来る
こうなってくると意図的なものがあったのではと疑ってしまうが、先月の公式イベントがそいつらの大発生だった。
当然ながら参加して、殲滅した来た。
しかもチェムレには火属性の魔物が多い。
結果、現時点でFからCまでの火の魔石を約二七〇〇個所持している。
アイテムボックスの存在は秘密にするにしても、……三〇〇個くらいなら麻袋一つに纏まりそうだし、Eランクで暖房具が十日保つなら、Cランクは一年以上保つはずだ。
そうなると、悩むまでもない。
職員にもう一度退室してもらい、エイドリアンには指で近付くよう示す。
「エイドリアン、ちょっと耳貸せ」
「なんだ?」
「実は此処に来る前にチェムレで火蟻討伐依頼を受けて来た。火蟻だけで二千」
実際に狩った数は千と少しだが、採集師の効果で魔石は倍。伝えるべきは魔石の数だ。
「後は道中で適当に狩って手に入れた分が約七〇〇。ロクロラなら使い道があると思って持って来たんだが、要るよな?」
「……な、何個だって?」
「合計で二七〇〇」
「にせっ」
「声がでかい!」
思いきり殴ったが、エイドリアンはそれどころではないらしい。
「なっ、でっ、ひ、火蟻ってこたぁCランクだろ!?」
「そうだ」
「そうだじゃねぇぞカイト! そっ、そんな大量の、か、金が」
「金は要らない」
「はぁ!?」
「だから声がでかいって」
「おまえ判ってんの!? Cランクの魔石なら一つ30万だぞ! それをにせっ……それ要らないって何言ってんの!?」
「うっさい」
俺の提案に何度も叫びそうになるエイドリアンを、その度に黙らせた。
麻袋に入れて宿に置いてあるので人を寄越せ、ランクはC~F、一切の代金を受け取らない代わりに一般市民には無料で配布するよう条件を付ける。商家や貴族に関しては任せる。品質の良いものはそっちが優先されてしまうのだからギルドがしっかりと金を取れば良い。
そう言ったが、エイドリアンは納得がいかないらしい。
「凍死するなんて聞かされたら無視できない。俺が持っていても意味がないんだ、有意義に使え」
「せめてDランク以上の魔石の代金は受け取れよ!」
「言ったろ、金には困ってない」
「しかしだな!?」
「なら交換条件で、自由に改造して良い一軒家を紹介してくれ。一人暮らし用でいいから」
「貴族用の邸を紹介しても足りんわ!!」
エイドリアンが吼える。
ギルドマスターとしてはそう言わざるを得ないのだろうけど、自分にとってはいまこの瞬間さえプライスレスな時間なのだ。
何となくだが常冬の国に自分が飛ばされた理由を理解したし、有益な情報も得られた。
エイドリアンにはそろそろ諦めてもらいたい。
「それ以上しつこいと街中に魔石をばら撒くぞ」
「は――」
「困るだろ? だったら、魔石は不足なんかしてなくて、一時的に俺に預けていただけで、汚れの拭き取りが終わったんで返す。もうそれでいいな?」
「い、は、くっ……信じられん……っ」
「どうしても気になるなら貸しにしといてくれ。その内に返してもらう」
「信じられん……!」
何が信じられないのかはともかく、がっくりと項垂れたエイドリアンは両手を上げて降参した。
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