第5話 魔法・魔石・魔力

 これから三日間は世話になるつもりの民宿は三階建てで、少し中を確認したところ、二階は女性、三階は男性専用になっていた。最奥には小さいながらも独立したシャワー室とトイレも設けられている。

『Crack of Dawn』では水回りなんて気にしたこともなかったが、暮らす事になったからには重要な設備だ。新築同様の建物のおかげで綺麗な状態だが、トイレは肥溜め式だし、シャワー室は、シャワーだけで浴槽が無い。大きな盥はあったが、洗濯用だろう。常冬のロクロラで風呂に入れないのは厳しいので、やはり衣食住の住は、家を買って改造すべきかもしれない。

 なんせジパングには風呂があり、風呂釜レシピもあるのだ!

 それでいくとトイレレシピもある……? いや、上下水道がないから無理なのかな?

 専門的なところが全く分からんね!




 午後五時を過ぎ、すっかり暗くなった王都キノッコの街は、光の魔石による街灯や、商店、民家の軒先に掛かるランタンの淡い光りが随所を照らしており、雪の白と相まってとても幻想的な光景を生み出している。

 ちなみに魔石というのは石化した魔力のことで、属性によって色が異なり、様々な魔導具の動力源になっている。

 空になった魔石には、魔力持ちの人間なら充填も可能だけど、充填できるほどの魔力持ちは基本的にプレイヤーだけ、……っていうのが、俺の知識だけど。


『Crack of Dawn』は剣と魔法のファンタジー世界だ。

 住民は誰もが必ず魔力を持っており、魔力は血液と共に体内を循環。土・風・火・水・光・闇のいずれか一つの属性を持っており、基本的には親からの遺伝。ただし成長過程の環境によって変化するケースも稀にあるそうで、それを題材にしたイベントもあった。

 で、先にも言った通り魔法を使えるのは基本的にプレイヤーだけで、王宮魔導士といった肩書の、ごく一部のNPCは大規模な魔法を行使していたが、一般市民の魔力は生活に必要な魔導具を起動させるのが精々だし、それらの動力となる魔石に魔力を充填出来るような高魔力保有者になると、高位貴族に誘拐されたり、養子に迎え入れられたりするなど非常に貴重な存在だ。

 つまり、名持ちで、特殊シナリオ関連という。


 

 この辺りもゲームから現実になったことでどう変化しているか要調査だと思う。なんせプレイヤーのいなくなった世界だ。魔法・魔石・魔力の扱いがどうなっているのか、現時点では想像もつかない。

 となると行くべき場所は――。

 衣料店で下着を三組購入した俺は、その足で冒険者ギルドに立ち寄る事にした。



 ***



 画面を通して見ていた時よりも広く、たくさんの冒険者が賑わうホール。プレイヤーがいなくなった割には冒険者の数が多く、装備品から判断するに魔法使いや魔導士系統の職業も当たり前にいる。

 鑑定スキルを使えば確実だろうけど、NPCならともかく、人間相手にそれを実行するのはプライバシーの侵害どころじゃないと思うんだ。


 受付カウンターでは三人の受付嬢が列をなす冒険者達から依頼達成等の報告を受けて対応業務に追われており、少し離れた別カウンターでは素材の買取が行われている。

 その奥の、扉の無い入口は、モンスターの解体所に通じていた。やはり魔石や塊肉、皮、角、牙なんかがドロップするわけがなく、現場で自分で解体するか、丸ごと持ち帰ってプロに依頼するのが一般的なのだろう。

 入口の端でしばらく見ていて、モンスターの死骸から魔石が取り出されるところも目撃出来た。魔石の入手方法はゲームも現実も同じだった。


『Crack of Dawn』で得た知識が、異世界アリュシアンで更新されていく。その度に何とも言えない感動が胸を締め付ける。

 そして、情報収集の重要性も再認識する。 

 何故なら――。


(アイテムボックスは秘密にしておいた方が良さそうだな)


 冒険者とギルド側の遣り取りを観察して、確信した。

 冒険者が背負っている麻袋をカウンターに置くたびに聞こえてくる大きな音。それを当たり前に覗き込んで中身を確認する受付嬢。追加で納品・買い取りを希望するものがあったとしても、それらは必ず目に見える手荷物だった。

 アイテムボックスの中身は遠慮せず使えと女神は言ったが、普通に考えてこれは異質だ。容量無制限で何でも運べる事が知られたら「へぇそう」で済むはずがない。


 となると、どうすべきか。

 少し考えて、近くにいた厳つい冒険者の男に声を掛けた。


「なぁ、最近マジックバッグって発見されたか?」

「あ?」


 スキンヘッドの男がギロリと此方を睨んで来る。


「なんだオマエ」

「今日ここに着いたばかりなんだ」


 言いながら、千ベル——銅貨一枚を指で弾いた。男はそれを手で受け止めるとニヤリと笑った。千ベルあれば酒場で二杯は飲める。


「ロクロラではしばらくないぞ。新しいダンジョンも発見されていないしな」

「へぇ」

「欲しいなら次のオークションにでも参加しろ。三日くらい前に帝国の方で見つかったのが出るって噂だ」

「そりゃどうも」


 銅貨をもう一枚弾く。

『Crack of Dawn』でよく見た光景だが、これで後腐れの無い取引になるなら上々だろう。


 さて、マジックバッグなら珍しくはあるがダンジョンで手に入れた幸運な奴という言い訳が立つことが判った。

 実力が伴わなければ絡まれて奪われる未来しか見えないが、そこはSランク冒険者の腕の見せ所……Sランクで良いんだよな?

 ステータスボードにはそう表記されていたけど、確証がないから、急に不安になって来た。


「そうなると……」


 魔法、魔石、魔力の扱いは何となく判ったから、依頼掲示板を端から端まで確認して素材を求める依頼書を記憶する。

 内容は色々だ。

 特に火の魔石は暖房具の動力になるため常冬のロクロラでは死活問題。

 ステータス画面に変わらず表記されていた『採集師』という特殊ジョブが、この世界でも通用するかどうかも確かめたい。


「よしっ」


 気合を入れて冒険者ギルドを後にした。



 その足で向かったのは王都キノッコの南門――『Crack of Dawn』を初めてプレイする場合、スタート地点は六つの国から選べるのだが、ロクロラを選んだ場合にその後のチュートリアル戦闘の舞台となるのが王都南門を出た先の針葉樹林帯だ。

 約二年間、剣と魔法で何度もモンスターと戦闘して来たとはいえ、現実に剣を振るうのは今日が初めてだ。安全策を取るのに越したことはない。

 南門の前で、軽装備の衛兵にギルドタグを提示する。


「こんな時間から出るのか?」

「すぐそこまでだ、30分くらいで戻るよ」

「無茶するなよ?」


 心配してくれる衛兵に軽く笑って応じ、門の外へ。

 途端に、一面に広がる銀世界。

 降り続く雪は、日中に刻まれたはずの街道の足跡を余すところなく覆い隠していく。


「さて、何か出て来てくれるとありがたいんだが……」


 モンスターは基本的に夜行性なので、何かしら遭遇出来るとは思う。

 門から歩いて離れること約五分。チュートリアルの舞台となっていた、針葉樹が密集する場所に到着した。ゲームでは数歩だったことを考えると、やはり土地面積は大きく広がっているのだろう。

 元々は防風林だったものが月日を経て広がったらしい樹林帯。

 良さげな場所で立ち止まり、まずは索敵スキルを試す。

 神経を集中させて一定の範囲で動くものの気配を感じ取るスキルだ。採集にも必須だったのでよく使っていたが、実際に使ってみて、……驚いた。

 一キロ以上先まで調べられる。

 おかげで王都の大勢の人の気配まで感じ取ってしまい眩暈に襲われる。


「っ……索敵範囲の制限って掛けられるのか……?」


 眩暈が落ち着くのを待って、半径五メートルくらいを意識しながら再度索敵を掛ける。

 成功。

 木のうろに潜む鳥やリスを発見した。


「これなら大丈夫そうだ。……もう少し奥に行ってみるか」


 歩を進めながら、今度は鑑定を試す。

 スギの木、スギの木、スギの木……花粉症じゃなくて良かったと思いつつ、今度は足元を鑑定。


『万年雪:品質F

 常冬の国ロクロラの積雪だが、積もったばかりのため、溶かしてもただの水にしかならない』


 青白いガラスプレートのような画面に表示される文章は『Crack of Dawn』の頃と変わらない。

 その事にホッとする。

 世界のあらゆるランクは最低でFから始まりE、D、C、B、A、S、そして最高級品をSSとする。素材はもちろん、冒険者ランクもこの順番だ。最もSSランクの冒険者というのは聞いたことがないが。

 ちなみにアイテムボックスに収納されている品質SSの万年雪は、溶かして得た水が万能薬の素材になる。ロクロラの北の果てにある永雪山スノウマウンテン、標高三千メートルの山頂で採取したものだ。

 と、それはともかく。

 試しに品質Fの万年雪を『採取』する。

 これもスキルだ。

 手に一掬い。

 一つ分を採取するが、表示されたのは『万年雪(品質F)×3』。同時に手の中のそれも三倍量に膨れ上がった。特殊ジョブ採集師の効果は異世界アリュシアンでも継続されていた。


「ってことは……」


 三つ分の万年雪(品質F)を地面に落として積もらせ、足早に更に奥へ進んだ。

 そして、いま。

 ゲームならモンスターが現れると警告表示が出るが、現実だと見た目と圧で判断できることを知った。

 火鼠ファイヤーラット

 念のために鑑定スキルで確認するが、結果は同じ。

 番を得ると十日程で三〇匹以上の群れになり、燃やせるものはなんでも燃やしてしまう厄介なEランクモンスターだ。

 発見したら即駆除が鉄則。

 しかもロクロラ国内で火の魔石を有している数少ない火属性。

 倒さない理由はない。


「よしっ」


 腰の剣を抜く。


「身体強化って……こう、かな?」


 数時間前の、足元から魔力が流れていく感覚を思い出しながら、血と共に体内を巡る魔力を意識する。

 レベル差を考えたら武器も要らない相手だが、自分にとってこれは初めての戦闘だ。油断なんて絶対に出来ない。

 自身のあらゆる部分を補強する身体強化。

 筋肉はもちろん、骨や肌など、体のあらゆる部分を魔力でコーティングし、攻撃されても傷つかない。

 痛みを軽減する。

 早く、高く、強い攻撃を繰り出せるようにする――。


 前方に火鼠。

 こちらにはまだ気付いていない。


 剣を右脇に取り、剣先は後ろ。

 大地を蹴る足裏に、加速。


「っ……!」


 火鼠の視線が此方を向くが、遅い。

 重なった視線が虚空に舞い上がる。

 一刀両断、一瞬にして火鼠の首は胴から切り離されていた。


「っはぁ……」


 命を絶つ感触に胃からせり上がって来るものはあったが、一瞬だった事もあって、耐えられないほどじゃない。

 ただ、嗅ぎ慣れない獣の血の匂いが。

 剣に、コートに、肌に付着した生ぬるいそれが、あまりにも、人と同じで。


「うっ……これ、は……モンスター。モンスターだ。敵だ……っ」


 袖で血を拭う。

 無理やり気を奮い立たせ、次のスキルを発動する。

『解体』

 途端、物言わぬ塊となった火鼠が複数の素材に変化する。肉、皮、魔石、それぞれ二つずつ。ここでも特殊ジョブ『採集師』の効果は健在だ。


「良かっ……っ」


 肉に手を突っ込んで魔石を探す事も覚悟していたので、解体スキルが発動したことに心から安堵する。

 安心したら抑えていたもののせいでえづいてしまったが、とにかく、良かった。

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