第2話 俺が知る『Crack of Dawn』と今後の担当地域
世界に破滅の危機が訪れるとか、そういう戦闘ありきのゲームではなく、モンスターが当たり前に存在するから戦闘を楽しむことも出来るよ、という程度の、人によっては「ぬるい」と非難される内容。
しかし公式サイトに表示されるキャッチコピーが「ファンタジー世界でもう一人の自分と夢のセカンドライフを」だったように、そもそもが非現実的な日常を送りながらプレイヤー同士の交流を推奨するゲーム、それが『Crack of Dawn』だ。
『剣術』や『格闘』といった戦闘スキルよりも、商売がし易い『鍛冶』や『裁縫』といった生産系スキルの方が幅広く充実していた気がするし、SNSで見るのもそういった完成品のスクショ画像が多かった。
課金アイテムでオリジナルブランドを立ち上げた人も結構いたし、ゲーム内で人気が高いと、実際の企業が後ろ盾になってコンビニでコラボ商品を販売って展開も何度かあった。
あとは……あ、自分が購入した家のコーディネートを頑張っているプレイヤーも多かった。スキル『木工』や『裁縫』には、NPCからもらえたり、イベント報酬の家具レシピがあったから、そう言うのを集め、課金アイテムでオリジナリティを追求。神と呼ばれるこだわりのプレイヤー達が、配信動画内で「時間が溶けるー!」って叫んでいるのを、それこそ何回も聞いた気がする。
そんな平和な世界だけど、最初にも言ったようにモンスターは当たり前に存在するので、花見やクリスマスといった季節ごとのイベント以外だと、モンスターの
【冒険者登録を可能にするため】【国から国への新たな移動手段を得るため】といった具合に、公式イベントに参加する条件を満たすための、全員共通のシナリオを、プレイヤーは『メインシナリオ』と呼んでいた。
だが、あくまでも公式イベントに参加する条件を満たすまでのことで、例えば【魔王を倒す】みたいな全員共通の最終目標は存在しない。
運営が推奨するのは、あくまでも「ファンタジー世界でもう一人の自分と夢のセカンドライフを」なのだ。
じゃあ武勇で世界に名を轟かせる方法は無いのかって言ったら、実はある。
それが、一つのサーバーにつき一人(または一つのパーティ)しか受けられず、どこからスタートするのかも手探りな特殊シナリオ群だ。
『Crack of Dawn』の六つの国に配置されているNPCの中には、名持ちと言われる、大規模イベントなんかに関わって来る特別なキャラクターが存在する。
例えば国王陛下とか、皇帝。
身近なところでは冒険者ギルドのギルドマスター。
プレイヤーしか使えない設定になっている魔法を使えるNPCは全員こちら側だろうし、……登場人物と、
で、その名持ちNPC一人一人がクエストを持っていて、サーバー内の誰かがこれを受け取った時点で他のプレイヤーには一切関わる事が出来なくなるのだ。
ただし名持ちNPCだからといって、全員が最初のクエストを持っているわけじゃない。
更に最初のクエストを受けるのにも何かしらの条件があるようで、同じNPCに最初に声を掛けたプレイヤーは何も言われなかったのに、次に声を掛けたプレイヤーが依頼を受注出来たケースが確認されている。
発見済みのシナリオが少ないのと、受けられるのがたった一人という特殊性のせいで検証が全く進まない中、俺は幸運にも複数の特殊シナリオを達成している。
俺が達成した例を上げると、ジパングの片田舎に住んでいた男が最初のクエスト持ちで、見つけたのは本当に偶然だ。
男は二人の娘を持つ父親で、彼のお願いを叶えたら、今度は娘のクエストが始まった。
二人のクエストをクリアすると、その家の『大切な隣人』という称号を獲得し、それが何故か隣街の鍛冶屋の失せもの探しのクエストに繋がり、更に複数のクエスト、複数の国を移動する事になり、国家存亡に関わるような情報まで掴まされて(それが未発見の最初のクエストのヒントだったりする)、最終的に新しいダンジョンの発見に繋がって、以降は全プレイヤーが挑戦出来るようになった。
その時のダンジョンには今も『カイト』の名前が刻まれている。
つまり、NPCに関われば関わるほど自分の行動が世界全体に影響を及ぼし、世界中に名が行き渡るというわけだ。
名持ちNPCの総数は公式サイト曰く数千人。
ゲーマーなら一つでも多くのクエストを独占したくなるってもんで、本当に、親からゲームはリビング限定って決められていなかったら廃人まっしぐらだった自信がある。
ゲームだ、遊びだと言われれば確かにそうだが、この『Crack of Dawn』はプレイヤーの足跡を形として残し、世界の住人として認めてくれる。
その達成感は現実で経験出来ないほど強く、激しく、心を揺さぶって来ち。
体の奥底から湧きあがった高揚感は、今だって思い出すだけで胸を高鳴らせるんだ。
そして、これほど焦がれた世界に、気付けば目標が出来ていた。
『Crack of Dawn』の意味は日本語にすると『夜明け』だが、どうしてこのタイトルが付けられたのかは明かされていない。
その理由を知るためのクエストがどこかにきっとある――根拠など何もないのに、俺には妙な確信があって。
それを誰よりも先に見つけることを、自分自身に誓ったんだ。
「そういえば、それに繋がるクエストを探して此処に入り浸った事もあったっけ……」
名持ちのNPCに片っ端から声を掛けて最初のクエストを探すも、違うシナリオを発見してしまい、嬉しいやら何やらで世界中を飛び回る事三回。その関係で二カ月間くらい此処に居た事を思い出した。
どうして今それを思い出したかと言えば、女神に転送された先が、正にそこだったからだ。
常に雪に覆われた極寒の夜の国ロクロラ。
画面を通して見ていただけのゲームでは感じなかった、一定の歩数ごとにHPを奪っていった寒さが、いまは本気で凍死を危惧するくらい辛い。
「うおおっ……っ、コート、コート……あった! ブーツと、手袋、帽子……までは要らないか」
アイテムボックスから目的の防寒装備を発見。ゲーム画面では名称部分を選択すると『取り出す』と『削除』が選べるようになっていたが、いまは望むだけで瞬間的に虚空から実物が現れて腕の中に納まった。
「すごい……」
ゲームでは一日に何度もやっていたアイテムの取り出しだが、実際に自分の手の中に現れると感動してしまう。
ゲームセンターでVRを体験した事があるが、それとも全然違った。
「……っ、いや、いまは感動よりこれ着て……」
抑えきれない感情に心が震えるも、寒さを凌ぐべく防寒具を着込む。
そうしてようやく辺りを見渡す余裕が出来た。
どんよりとした灰色の雲に覆われた空から、ふわりふわりと舞い下りる雪は滅多に止むことがなく、気温は常に氷点下。
夜の国とは言っても、午前十時から午後四時までの六時間くらいは陽が射し、気温も少しだけ上がるため、日中は街中が混雑し易いというのもこの国の特徴だったはずだ。
前方に聳え立つ石造りの勇壮な砦には見覚えがある。
ロクロラの王都にして最大の都市キノッコの入り口だ。
「……本当に……本当に『Crack of Dawn』の世界に転移したのか」
まだ実感はない。
夢を見ているのだと言われたら、その方がよっぽど理解し易い。でも、肌に感じる冬の冷気、雪の冷たさは本物で、身に付けた防寒具の重みや温もりも幻では有り得ない。
今日から此処で生きていく。
「っ……」
頬が緩む。
言葉にならない強い感情は体内で抑え込むのが辛く「っしゃ! っし!!」と小さなガッツポーズを連発した。
誤魔化せない。
この事態を、自分は心から歓迎している。
「父さん、母さんゴメン。天真にも、悪いと思うけど……半年だけ。半年間だけ、ここで、カイトでいさせてくれ」
きっとこれが最後の機会だ。
地球に戻ったら高校三年生で、大学受験が迫ってきて、ゲームは自粛しなきゃいけない。ログインすら出来なくなれば目標を誰かに先んじられるのは時間の問題だ。
そうなったら、例え受験後に復帰したとしても今と同じ気持ちにはなれないかもしれない。
「だから、……いまは楽しむことを許して」
灰色の空を仰ぎ、祈るように呟いた。
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