第3話 異世界アリュシアン誕生

 名前:カイト

 職業:魔法剣士・冒険者(Sランク)・採集師

 称号:未設定

 属性:水

 体力:8828

 魔力:5864

 筋力:878

 耐久:774

 耐性:675

 俊敏:804

 保有スキル

 ・デバッグ(Lv.0)new!

 ・武器術(Lv.MAX)

 ・格闘術(Lv.6)

 ・忍術(Lv.4)

 ・四大属性魔法(Lv.5)

 ・二極属性魔法(Lv.4)

 ・上位魔法(Lv.3)

 ・索敵(Lv.MAX)

 ・採取(Lv.MAX)

 ・解体(Lv.MAX)

 ・製作(Lv.5)

 ・製造(Lv.6)

 ・鑑定(Lv.MAX)

 ・言語理解(Lv.MAX)


 所持金:4,313,635,511ベル


 ***


 さてまずは何をすべきかと考えながら、場所を動かずにステータス画面を確認していた。名前がカイトなのは女神のところでも確認済みだったが、その下。

 職業の項目に『採集師』の文字があることにホッとした。運営から突然付与された時には戸惑ったけど、今となっては俺のアイデンティティと言っても過言じゃないからな。


「それにしても魔法剣士か……あぁ、そっか」


 職業が魔法剣士になっているのは最後に遊んでいた時がそれだったからだと気付く。コートを羽織る前の恰好もそうだったし、腰には愛用の剣が装備されている。

 ……そう、剣があるのだ。


「まじか」


 周りに人気がないのを確認し、利き手で鞘から抜いてみた。

 しっかりと握り、刀身を空に向けて真っ直ぐに伸ばす。


「きれいだ……」


 間違いなく剣だ。

『鍛冶師』の友人に『採集師』が入手した特殊素材を提供して作ってもらった、最恐種ドラゴンの首だって刎ねた魔法剣。

 使ってみたいが周りに敵影はなく、同時に、凶器に対して「使ってみたい」と安易に考えてしまった自分自身が後ろめたくなり、鞘に戻す。


 ……大丈夫。

 武器を向けるのは敵だけだ。

 守るべきものはちゃんと守る。

 大丈夫。


「ふぅ……」


 気を取り直して改めてステータスボードを見てみると、タップで各項目の詳細が確認出来るようになっていた。

 職業の欄には、魔法剣士だけでなく『Crack of Dawn』で取得済みの全ての職業が表示されたが、文字が薄暗くて選択できないようになっている。

 ただ、試しに右上の「?」を押してみると、

『転職は出来ませんが表示されている職業の固有スキルは使用可能です』と出たので、魔法剣士のままでも素手で格闘が出来たり、弓が使えたりする……という意味だと思う。


「あとで要検証だな」


 モンスターがいるなら絶対に必要な戦闘手段。魔法も使えるなら使ってみたいが、どうすれば使えるのかは見当もつかないので、その辺りもしっかりと確認しなきゃダメだ。


 称号は、一覧を開くとたくさん表示されたけど全部選択不可になっている。さっきと同じように「?」を開くと、

『白字の称号のみ設定可能です』と出る。


「ゲームからリアルになったからってことか? まぁ今はいっか」


 選択不可なら、次である。

 属性についてはキャラクター育成の際に何を優先するかによって選ぶことがほとんどで、四大属性の火・水・土・風と、二極属性の光・闇、これら六種類から一つをキャラメイクの時に決める必要があり、火なら筋力が上がり易い、風なら俊敏が……という差はあるものの、何を選んでも成長すれば数値は上がるんだから、決め手は好みで良いと思ってる。

 なぜなら、身体的な総合レベルが存在しない『Crack of Dawn』の数値は、モンスターを倒すと『体力の素』や『魔力の素』と言った名前のドロップアイテムがあったり、クエストで入手する称号や取得スキルの熟練度によって様々に変化するため、同じ数値のプレイヤーはいないと言われるくらい千差万別。

 実際、カイトの水属性は耐久が上がり易く俊敏が上がり難いはずなのに、数値は耐久が七七四で俊敏が八〇四。

 青い瞳に似合うと思って水属性を選んだって、何の問題もなかったからだ。

 ちなみに髪の色は黒だ。いろいろ試したけど、結局は黒髪が一番落ち着くという結論に達したんだよ、うん。


 体力はいわゆるHPの事だと思うけど、これがゼロになったら、……死ぬのかな。最初の内は瀕死で助かるって女神は言ったが、あまり検証したくない数値だ。

 魔力はMPで、枯渇すると魔法が使えなくなったり、気絶したりするかもしれないから、こっちも検証には覚悟が必要な気がする。

 ゲームだと職業が魔法職の場合は二つの数値が逆転するんだが、現実になった以上は体力が多い方が、たぶん安全。

 いざとなれば走って逃げよう。


 筋力は攻撃力に、耐久は防御力に、耐性は状態異常等への抵抗力、俊敏は才知や判断、行動力に直結っていうのが公式情報。

 ……つまりカイトは打たれ弱いけど行動力だけはあるって感じ?

 耐性六七五ってどんなもんなんだろう。

 世界の平均が知りたい!


 そしてスキル。

 上から順にいくと、デバッグはさっき女神から付与されたもので、武器術は基礎クラスの職業で装備可能な武器八種をLv.MAXにしたら統合されたものだ。

 詳しく言うなら剣・短剣・槍・刀・斧・弓・杖・砲。 

 その下の格闘術は、格闘家っていう基礎職業に転職した時に取得したもので、これと、武器術をLv.MAXにすると真武術っていうスキルに統合されるらしいんだけど、二年遊んでてもレベルが六という点で推して知るべし。

 武器での戦闘が楽し過ぎるんだよ、演出派手だし、見た目カッコいいし……。

 剣が一番好きです。はい。


 忍術はシーフの斥候スキルと、狙撃手の必中スキル、忍者の隠密スキルをLv.MAXにしたら統合されて新しく生えたんだった気がする。

 同じように四大属性魔法は火・水・土・風魔法スキルをLv.MAXにした後に統合されたし、二極属性魔法は光魔法と闇魔法の統合。

 上位魔法は特殊クエストで隠者の願い事を叶えたら教えてもらった炎・氷・雷属性の魔法で、同じサーバー内でこれを使えるのは一緒にクエストを受けたパーティメンバーと、俺の、四人だけだ。


 索敵・採取・解体は冒険者の必須スキルだから割愛して、製作は裁縫・木工・彫刻・彫金あたりの、道具を使って物作りするスキルを片っ端からLv.MAXまで上げたら統合された。

 同じように製造は、金床や作業台、炉といった大掛かりな設備が必要な物作りスキルを片っ端からLv.MAXまで上げたら統合されたもの。

 鑑定と言語理解は漢字のまんまだからいいとして、こう見て見ると、剣と魔法でモンスターをぶっ飛ばしながら素材を集めて生産系スキルの熟練度を上げまくっていたのがよく判る。

 そういう遊び方をしていた最大の理由はβ版から親しくなった友人達の影響なんだけど、と。


「……ダメか」


 もしかしてと期待しつつフレンドの項目を確認するが『利用出来ません』と表示されるだけで、天真はもちろん、シンとアンの名前もない。

 表示されれば判るはずの、二人の所在地域も不明のまま。

 恋人同士の二組はペア確定だと女神が言っていたから、同じように転移していたとしても二人は一緒にいるはずだ。


「あ」


 そこまで考えて、ならばランダムに選ばれた自分のペアがいるはずだということに気付く。


「同じ場所に飛ばされたんじゃないのか……?」


 周りを見渡してみるが、雪原と、雪の踏み固められた道が続くだけで人気は皆無。

 もしかして同じ国内というだけで、端と端に転送されたのかもしれない。ロクロラの首都が、少しでも暖かな場所へと言う理由で国の南端に位置しているのはプレイヤーなら誰もが知っている話だ。不具合や異変がどこで起きるかは女神にも判らないそうだし、広さのある国なら、分けた方が異変の発見も早まる。

 ちなみに、最も国土が広いのはウラルド帝国で、次が西洋風のオーリア。ここ夜の国ロクロラは三番目。太陽の国チェムレ、東洋風トヌシャ、和のジパングと続く。

 ジパングはゲーム内だと本当に狭い国だった。

 こうして現実への変化に伴い、それぞれの国がどう変わっているのかを調べるのも楽しそうだ。

 デバッグ作業以外は自由だと言うし、いつかは他国にも行ってみたい。


「さて……」


 ここでじっとしていてもどうしようもない。

 王都の中に入ろうと、再度アイテムボックスを確認してギルドタグを取り出した。異世界の定番とも言える冒険者ギルドの、所属冒険者が得られるネームタグは世界共通の身分証だ。街道から街へ入る際には必ず提示が求められる。

 この世界で初めての人との接触になるだろう。

 ……そう思って、緊張していたのだが。


「誰もいない……?」


 人気がないのは外だけではなかった。

 門にも、その周囲にも、ましてや街中のどこを見ても、人どころか虫一匹存在しない。


「いや、ロクロラにはそもそも虫がいなくて……そうじゃない……」


 しんと静まり返った世界に鳥肌が立つ。

 深呼吸して気持ちを落ち着かせようとするが、異世界転移に興奮し、歓喜していた感情に押し隠されていた不安や、恐れが、ゆっくりと顔を見せ始める。


「……っ」


 ピロンと、あの時と同じ電子音が響いて驚いた。

 メールの着信を知らせる通知音だ。急いで開封し、、相変わらず幼稚な文体で書かれた文面を読むと――。


『すみませぇん、お伝えし忘れてました!

 いまから皆さんの足元を起点に世界創造魔術を展開しまぁす。がっつり体力と魔力を頂戴しますんでご注意くださいねー!』

「……は? ちょ……っ!!」


 ちょっと待てと叫ぶより早く、直系一メートル前後の青光りする柱が自分を中心に大地から空へ伸び始めた。

 厚い灰色の雲を突き抜け、そこから覗く空の蒼。


「……!!」


 緻密で不可解な金色の文字列が螺旋となって柱を上昇していく。


「くっ……」


 最初は足の裏がこそばゆくなった。

 だが、それが続くうちに体の中から何かが流れ出ているのだと判るようになった。女神の手紙にあった体力や魔力がこれのことかと、勝手に抜かれていく不快感に眉を顰めるが、逃れようにも指一本動かせない。


 上昇する金色の文字が空で円を描いている事に気付いた頃、足の裏から抜かれるそれが、頭の天辺から徐々に下がっていくのも判るようになった。カップになみなみと注がれていた水が底のひび割れから漏れていくような感じだ。

 柱を螺旋状に上昇していた文字が途切れた時には膝下まで力を抜かれ、不可視の拘束が無ければ倒れるしかないことを自覚する。


 そして、大地が揺れた。


「地震……?」


 違う。

 足下――その、ずっと、ずっと、奥の底。


「……鼓動……」


 そう。

 これは世界の鼓動。

 アリュシアンの心臓が動き出して、そして。


「っ!!」


 突然の光りの爆発。

 目を閉じ、それでも眩しくて腕で目元を庇う。

 体が動いたことを自覚する間もない。

 光りで眼は潰され、爆発音で耳鳴りが止まず、無の世界に投げ出されたように足元が安定しない。

 ぐらぐらと、揺れているのは、自分か、……地面か。


 ――…… ……

 ――――…… ……


 戻りつつある五感に、冷気と、ざわめき。


「……ぁ……」


 ゆっくりと開けた視界に映る、先ほどまでとは一変した街の景色。

 ひしめき合うたくさんの人の姿。


「……っ」


 息を呑む。

 此処は紛れもない現実。

 光りが爆発する前の世界も確かに現実だった。だが、あれはアミューズメント施設の商店街みたいな、現実の中の夢の世界で、それでも転移を実感して喜べたのはゲームの感覚が抜けていなかっただけだと今なら判る。


 空は高く、広く、果てしなく。

 世界を巡る風は様々な匂いを運んで来る。

 そして音を運ぶ。

 感じる、自分自身の重み。


 馴染みある、見慣れた景色は、もうどこにもない。

 本の中でもテレビ画面の中でもなく。


 此処が、異世界アリュシアン。


「――」


 呆然と言葉もなく目の前の光景を見つめていた。

 声を掛けられたのはそれから間もなくのこと。


「あの、大丈夫ですか?」

「っ」


 驚いて顔を上げると、その反応に相手も驚いたのだろう。柔らかな緑色の目が丸くなった。

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