第8話 部活を作るために

「部活を作ります!!」


 不思議たちの定例会が終わり、訪れた月曜の朝、顔色の優れない蓮花とあきれたような表情をする瀬楽に香耶が声高々に宣言した。


「何の?」


「七不思議を調査する部活です!」


「あんた何言ってるの?怖い思いしたの忘れたの?」


「そ、それはそうだけど、なんだか気になっちゃって」


「あんたねぇ」


 付き合ってられないというように肩をすくめる。神隠しに遭遇したのいうのに性懲りもせずまた夜の学校に乗り込もうとする香耶の考えが理解できなかった。これ以上関わらなければ普通の生活を送れるというのに。


「ね、蓮花ちゃんはどう?」


「……」


「蓮花ちゃん?」


「っ!ど、どうしたんだい?」


「もう、聞いてなかったの?」


「す、すまんの。それで何の話だったかの?」


 反応が悪いことに不思議に思った瀬楽は蓮花が目の下に隈を作っているのに気がついた。

 いつもなら些細な変化にも気がつく香耶だが、チラと見てみると蓮花の顔を見ようとせずに、少し目を逸らして話していた。


「香耶?」


 調子が本当に悪いのか、そんな香耶の様子に蓮花は気がついていないようだった。

 瀬楽が呟いた声は香耶の耳に届く前にかき消えた。そんな瀬楽の様子にも気が付かない香耶は続けた。


「部活を作るんだよ!七不思議を調査する『オカルト研究部』だよ!」


「オカルト……研究部?それも、七不思議を調査する?」


 蓮花の覇気のなかった目が僅かに開かれた。そして蓮花は香耶の言葉に希望を抱いた。

 何故香耶がそんなことを言い出したのか分からないが、七不思議の『フォース』としての役目である標的を夜の学校に連れてくる、という目的を果たすのには最適解だった。


 とはいえ、蓮花も一度も部活を作るという考えを思いつかなかったわけではなかった。むしろ真っ先に思いついたと言っても過言ではなかった。

 しかし部活を作る口実、夜の学校に行くときの誘い文句が思いつけなかった。だから後回しにした案が、こんなところで出てくるとは願ってもない出来事だった。


 この機会を逃してはいけない。そう思い立ったが吉日、蓮花は香耶の提案に頷いて同意した。


「ちょ、蓮花まで?」


「瀬楽ちゃんはやらないのかい?」


「そうだよ!瀬楽ちゃんも一緒にやろうよ!」


「うぐ……」


 瀬楽はいつの日かのデジャブを感じたが、そのまま断りきれずに放課後へともつれ込んでしまった。


「部活を作りたいのか」


 ふうむ、と顎に手を当て考えるのは香耶たちの担任の筒井とうい先生だった。


「部活を作ることは別にいいんだが、この理由で作るのか?」


「はい!」


 元気に返事をする香耶に、怪訝そうな顔をしていた先生も思わず苦笑した。


「わかったよ。上には何とか言っとくから、これで通していいよ」


「やったぁ!」


 かなり嬉しかったのか、飛び上がって喜ぶ香耶は瀬楽にハイタッチする。瀬楽は対照的に呆れた顔でハイタッチに応じていた。

 そんな微笑ましい光景を見ながらも、筒井先生は神妙な面持ちになって、一つ問題がある、と言って注目を集めた。


「顧問を捕まえられなかったら部活作れないぞ?どうするつもりなんだ?」


「え、先生がしてくれるんじゃないの?」


 香耶が唖然とした顔で筒井先生を見つめる。

 筒井先生が顧問をしてくれるならば、そういった顧問を見つけるという手間を省くことができ、部活もすぐに始められる。それが一番最善だった。

 しかしそんな希望は筒井先生の言葉で完全に潰えた。


「僕もできることならしてあげたいんだけど、なんせ他の部活の顧問をしてるから手が離せないんだ」


「他の先生見つけないといけない?」


「そうなるね」


 ええ〜、と不満げに項垂れる。普段、担任以外と関わる機会なんて授業の時しかない上に、質問になんて行かない香耶は筒井先生以外をよく知らなかった。だから誰彼構わず顧問になってくれと頼みまわるのに気が引けた。


「お疲れさまです筒井先生。どうかされたんですか?」


 三人の後ろから女性の声が聞こえた。三人は後ろを振り向くと小柄なボブカットの女性が重そうな大量のプリントを抱えていた。


「お疲れさまです、戌亥先生……ああ!」


「どうしました?」


「いるじゃないですか、適任者が」


「え?」


 そんな筒井先生の言葉に嬉しそうに笑顔になる香耶と対照的に、キョトンと目をまん丸にする戌亥先生の姿があった。


◇◆◇◆


「なるほど、新しい部活の顧問を探していて、顧問をしていない私が丁度いいと思ったんですね」


 筒井先生から一連の事情を話すと、戌亥先生が二度、三度納得したように頷く。


「はい、引き受けてもらえないですか?」


「良いですよ!それにオカルトなんて面白そうですし」


「オカルト、好きなんですか?」


「はい!!」


 想像以上に嬉しそうな戌亥先生に、今度は筒井先生が目を丸くさせた。


「じゃあ、戌井先生よろしくおねがいします!」


 香耶が戌井先生の手をとってブンブンと振る。しかし喜ぶ二人に横槍を入れるように筒井先生がまた言った。


「真野、喜んでいるところ申し訳ないんだが……」


「……え?」


 さっきまで満面の笑みだった香耶の顔が瞬時にして真顔になる。その変わりように筒井先生が微妙な表情で香耶を見つめる。


「……部活は三人じゃ作れない。最低でも五人は必要だ」


「五人!?」


「ああ、だからあと二人は必要だ」


「そ、そんな……」


 オーバーなリアクションでその場で膝から崩れ落ちる。その様子に瀬楽は呆れたように見つめていた。


「わたしは何を見せつけられてるのよ……」


「香耶ちゃん、部活に入ってくれそうな人はいるぞ」


 四つん這いに項垂れる香耶の肩に手を置いたのは蓮花だった。蓮花は元気づけるような励ますような優しい口調で語りかけていた。


「だ、誰?」


「これは言っちゃいけないって言われたんじゃけど……」


 蓮花は一拍置いて言った。


「阿藤零二、香耶ちゃんの彼氏さんね」


「れ、零二くん!?って、か、かか、彼氏い!?」


 予想外の名前と爆弾のような発言に香耶の声が盛大に裏返る。その声の大きさに何か何かと不思議そうな顔で先生たちが一斉にこちらを向く。


「も、もう!なんでもないからぁ!!」


 真っ赤に熱くなった顔をかくすように手で覆いながら勢いよく飛び出していった。


「まったく。追うわよ、蓮花」


「わ、わかった」


 「じゃあ先生方、これで失礼します。戌亥先生は部員が集まったら顧問をよろしくおねがいします」


「わかった!先生に任せて」


 香耶に続いて瀬楽と蓮花もいそいそと職員室から出ていく。その様子を二人の先生が顔を緩めて見ていた。


「元気な子たちですね」


「いえいえ、その元気さによく手を焼かされますよ。顧問になったら、彼女たちをよろしくおねがいしますね」


「任せてください」


 自分の机に向いた戌亥先生は、その時にした筒井先生の不気味な笑みに気がつくことはなかった。


◇◆◇◆


「はぁ、はぁ、な、何か逃げてきちゃった」


 勢いよく職員室を飛び出した香耶は、その勢いで下足まで走っていた。


「瀬楽ちゃんと蓮花ちゃん置いてきちゃった。ここで待ってよっかな」


 近くのソファに座ったことで冷静になった香耶は、ふとさっきまでの会話の中に疑問に思ったことがあった。


「そういや、何で蓮花ちゃんは零二くんを部員にしようとしたんだろ」


 彼氏とか言うから職員室を飛び出してしまって聞きそびれた。

 とりあえず零二には部活に入るか聞こうとスマホを取り出すと、近くに人がいるような気配がした。もちろん放課後なのだから部活で残っている生徒がここを通ることは当然あるだろう。しかしそれとはまた違った気配。いや、実際にその姿を見てしまったのだから気配もなにもないだろう。

 その人は、に残る人とは一線を画す服装で歩いていた。一瞬部活とかそういった活動なのかとも思ったが、そんな部活は聞いたこともない。それにしても学校に似つかわしくない格好をしているその人はじりじりと自分に近づいてきているような気さえした。


 香耶は目を合わせまいと視線を逸らすも、その圧倒的存在感にちらちらと横目で見てしまう。

 誰かがこの場所を通ってくれたら不自然なくすぐに逃げられるのに、今日に限って誰一人通らないことに唇を噛む。


「あなた、真野香耶さんよね」


「は、はい……」


 話しかけられたのに無視をするのはどうかと思い、逸らしていた視線を合わせて恐る恐る返事をする。


「あはっ!思ったよりも可愛らしいお嬢さんね。私はミレイって言うの。よろしくね♡」


 白を基調としたドレスに黒のシンプルな装飾を施したメイド服を着た女性が、その豊満な胸を強調させて自らをミレイと呼んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

住まう噂は人を嗤う aciaクキ @41-29

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ