第7話 不思議たちの定例会

「今日は集まっていただきありがとうございます」


 長机に座る七人のうち、短い方に座る男が仕切る。


「ではまず点呼から取りましょう」


 他六人の顔を見ながら彼らを呼ぶ。


「セカンド」


「はぁい♡」


 ロリータ服で身を纏った少女が甘い声で返事をする。黒い服であるにも関わらず、豪勢な装飾のせいで集まっている中で一番目立っていた。


「センセ、ア・イ・シ・テ・ル♡」


「僕もセカンドのことは好きですよ」


「あはっ!うれしい〜♡」


 その場で自分の体を抱きしめて身をくねらせる動作に他の人たちが引いた目で見つめる。

 大興奮しているセカンドに目もくれずに男性は点呼を続ける。


「サード」


「おう」


 一際大柄な身体をもつサードには、普通の椅子は小さいようで、特別に大きめの椅子が用意されていた。しかし数センチ浮いたその姿を見れば、大きな椅子の必要性を感じられるかは疑わしいが。

 茶色や黒といった暗めの服を着て目立たないようにしているが、その大きな図体のせいで存在感は十分に放っていた。


「フォース」


「……」


「フォース?」


 呼ばれても返事をしないフォースを見ると、パーカーに備え付けられているフードを深く被って顔を隠したまま俯いていた。


「返事をしてくれませんか?」


「──っ」


 男性の視線を感じたのか、チラと見てみるとこれ以上ないほどの冷たい視線を送っていた。心臓を刺されたように感じるほどの鋭さに思わず息をのむ。


「……はい」


 これ以上男性を見ることができなくなったフォースは目を逸らしながら小さな声で返事をした。


「それでいいんです。では次」


 何事もなかったかのように言葉を続ける男性の様子に驚く者は誰一人としていない。これがこの男のいつもの様子なのだから、他の者たちはもう慣れていた。


「フィフス」


「はいぃ」


 小学生の平均身長並みの背丈の少年が返事をする。紫色を基調とした服を身に纏い、狐のお面を頭に掛けていた。


「シックスス」


「へい」


 トレーナーにジーパンといった、参加者の中では一番カジュアルな格好をしていた。細い目をより細くするように眉間に皺を寄せ、不機嫌そうに口を歪める。


「どうしました?」


「なんもないわ」


 独特なイントネーションなその喋り方は、所謂関西弁と言われるものだった。


「そうですか。では最後にセブンス」


「はい」


 鈴のように美しい声に凛とした姿勢はさながら完璧な人間を体現したようだった。

 服を持っていないのか、それとも無頓着なのかこの学校の制服に身を包み、見慣れた格好をしていた。


「そして最後にファースト、私ですね」


 自らをファーストと言った男は、全身スーツで堅苦しい格好をしていた。しかしその姿は様になっており、背筋をピンとした様子はイケメンの好青年と見られてもおかしくなかった。


「さて、今回の議題はこの三日間で来た人間たちについてです。これについてはフォース、貴方の功績です」


「……ありがとう、ございます」


「彼らと会ったのは、セブンス、サード、フィフスですね。しかしどれも取り逃してしまったようで」


「──っ、すみません」


「チッ!」


「別にぃ、取り逃したわけではないですけどねぇ」


 三人がそれぞれの反応を見せる。セブンスは申し訳無さそうに俯き、サードはフィフスを睨みつけながら舌打ちをし、フィフスはなんともないように飄々とした態度を取っていた。


「オレは奴らの魂を奪えた!なのにフィフスが邪魔をした!これは明らかに協定違反だっ!」


「それは前にもお伝えしたようにぃ、あれが僕の狩りの方法なのでどうしようもありませんよぉ」


「き、貴様……っ!」


 真っ先に嚙みついてきたサードをなだめるようにゆっくりと言葉を紡ぐフィフス。その態度が気に入らなかったのか、イラつきを抑え込むように手が小刻みに震えていた。


「落ち着いてくださいサード。フィフスの狩りの形態を考えると仕方のないことです」


「ファースト、あなたはフィフスの肩を持つのですか?」


「いいえ、客観的に見て言っているだけです。しかしこの件は誰が悪いというわけではありません。フィフスに依頼した者はいるものの、その人が悪い犯人というわけではありませんし、その方にも事情があったのでしょう。ところで、依頼者の名前は言えるのでしょうか?」


「流石のファーストでもぉ、その情報は言えませんよぉ。僕の商売はぁ、信頼関係でできていますのでぇ」


 穏やかな声色でファーストの提案を拒否する。そこにはフィフスの持つ確固たる信念と商売に対する本気さが伺えた。


「当たり前ですね。愚問でした、すみません。では解決策を提示いたしましょう」


 素直に非を認めたファーストはフィフスに小さく頭を下げたのち、サードに向き直ると人差し指を上に突き立ててそう言った。

 解決策、その言葉を聞いたサードは僅かに体を前に倒して聞く姿勢を整えた。


「次に訪れる狩りの際、フィフスはどんな依頼であってもサードの狩りの邪魔となるような依頼を受けてはいけない、というのはどうでしょう?」


「次の狩り……だと?」


 目を細め、ファーストの提案に納得のいかないサードの周囲の空気が震える。鳥肌が立つほどに下がった気温に、そこに参加していた全員の肌が引き締められるように収縮する。


「納得がいきませんか?」


「当たり前です。いつ来るかわからない狩りの時間を待つよりも、今ここでやつに罰を下してもらった方が良い」


「つまり、いつ来るかわからない狩りの際にフィフスから邪魔をされるかもしれないという可能性を排除するよりも、今ここで目に見る処罰を下してほしい、ということでしょうか?」


「そうです」


「であるならば、次の狩りの際にフィフスに邪魔をされても文句は言えませんが、それでもよろしいのですか?」


「……」


 ファーストの適格な物言いにぐうの音も出なかった。そんなサードの返答は数分待つまでもなく、すぐに答えられた。


「……わかりました。ファーストの提案を受け入れます」


「それがよろしいかと思います。それに、この提案はあなたにも悪くないかと思いますよ」


「どういうことですか?」


「後ほど説明します」


 含みのある言い方に一同が眉を顰める。しかしそのことについて言及するものもいなければ、ファーストも説明しようとする素振りも見せなかった。


「新たな獲物を待つのも一つの手ではありますが、やはり今回の標的は彼女たちの五人にしましょう。上手く事が運べば、貴方方に一つずつ与えられるかもしれません」


「センセ〜、それってどうするのぉ?もしかしてセンセーが皆を殺っちゃったりしてくれちゃうの?そーだったらチョー素敵!♡」


「いえ、そうではありません。彼女たちから自主的に来てもらい、貴方方自身で始末してもらう必要があります」


 一人で興奮するセカンドに視線を送ることなく淡々とした口調で否定する。

 セカンドの反応を煩わしいと感じる風でもなく、セカンドもファーストの無関心を感じさせる態度に気にも留めずに恍惚とした顔をしていた。


「でも、どうやって彼女たちをおびき寄せるのですか?」


「簡単です。それがフォースの役目ですから」


「──っ」


 フォースの肩が僅かに跳ねた。ある者は軽蔑の目で、ある者は疑念の目で、ある者は冷めた目で様々の視線をフォースに送る。


「フォースにできるとは思えません」


 手を挙げそう言い放ったのは、苛立ちに目を細めたセブンスだった。


「やってもらわなければ困ります。これは人間であるフォースでしかできないことです」


「で、ですが!」


「できなければ、彼らの糧となるだけです」


「──ぇ」


 ファーストの言葉にフォースの口から声が漏れる。フードの影からチラと見える目は驚愕さに大きく開かれ、口小さく開閉を繰り返して震えていた。


「貴方はまだ人間です。その命はいつ散るとも分かりません。私が貴方から不思議の地位を剥奪すれば今すぐにでも貴方は喰らい殺されるでしょう。それが嫌なのであれば、命がけで役目を果たして下さい」


「……はい」


 体を小刻みに震わせながら弱々しく返事をするフォースを横目に見ながら、ファーストが一言付け加える。


「フォース、貴方の代わりはもう目星をつけています。彼女は人を惹きつける才能の持ち主です。もっとも、今はまだ発揮されていませんが」


「……か、代わりって……?」


「それは言えません。貴方が役目を果たすことができれば、彼女は死に、貴方はこれからも不思議の一つとして活動することができます。ですが、貴方が役目を果たせなければ、貴方は死んで彼女を新たな不思議として迎え入れる予定です」


 ファーストの口ぶりにフォースの頭には一人の親友の顔が映し出されていた。彼女は元気いっぱいで、表情豊かで、彼女が本気を出せば多くの人を惹きつける存在であろうことは、フォースにも分かっていた。

 その上に、今回自分が成功すれば死に、失敗すれば生きる人なんて、標的達しかいない。

 だから、彼女だと思った。


 だからこそ、悩んでいた。苦悶に顔を歪ませていた。自分の命と親友の命のどちらを取るかを。この二、三年間不思議として活動していたフォースにとって──否、河西蓮花にとってこれ程悩んだことはなかった。


「わ、わたしは──」


 刹那の葛藤、しかし何十分も悩んだように感じたフォースはその言葉の先に答えを放った。そして彼女は、


「──役目を、果たします」


 自身の命を選んだ。


◆◇◆◇


「狩りの話をしましょう」


 フォースの意思表明から数分、重く伸し掛かる静寂を破ったのはこの会議の進行役である、ファーストだった。


「今回、彼女たちに対する狩りに関して特別に準備期間を設けます」


「準備期間?」


 ファーストの言葉にサードが疑問を漏らす。それには他のメンバーも同じようで、首を傾げたりとファーストの真意を汲みかねていた。


「はい。今回彼女たちを喰らうにあたって、我々の中に不安要素が二つ存在します」


 その言葉に視線だけが一斉にフォースに向けられる。しかしその話は先程終わったばかり。同じ話を繰り返すほどファーストは脳無しではない、ということは誰でも理解していた。


「一つはそうです、フォースです。しかし不安要素は二つあると言いました。それはシックスス、貴方です」


「ボクやと?」


 突然名指しされたことに驚いたシックススは何を言われているのかわからないといった風に眉を歪めていた。


「はい。生憎、今回の標的とフォースとシックススは友達だそうで」


「……」


「……それで?」


「私が考えた救済措置です。狩りを行う日を一週間後にします。そしてその間、貴方方は狩りをすることを禁じます」


「──!?」


 ファーストの言葉に一同が驚いたように目を見開く。


「どういうことですか!?」


 セブンスの荒げた声が部屋中に響き渡る。その怒りも当然で、不思議たちの本分である狩りを禁じられるということは役目の剥奪と同義であり、同時に死ねと言われているのと何ら変わらなかった。


「あくまで特例です。一週間後の狩りに失敗しても成功しても、貴方方に食料を提供することを約束しましょう」


「ではぁ、禁じられた期間はどういった期間なのでしょうかぁ?」


「狩りの対象と、フォースとシックススのための期間とします」


「どういうことや?」


「この期間、貴方方は狩りに対しての対策を講じることを許可しましょう。何をしても構いません」


「なっ……」


「……ぇ」


 フォースのあの決意の言葉を否定するような提案に絶句する。ファーストは、フォースとシックススに標的である彼女たちの手助けをして良いと言ったのだ。

 そして一週間何をしても良い。それを意味することは、


「その一週間で不思議たちを打倒する方法を見つけても構わへんってことやな?」


 フォースと同じ結論に至ったシックススがファーストに問いかける。


「その通りです。この期間をどのように使うかは貴方方次第というわけです。何もせずに不思議たちに喰い殺されるのを待つか、対抗策を考えて揃え、不思議たちに立ち向かうか」


「わかりました」


「はいな」


「ただし、シックススは彼らを殺しにかからなければなりませんよ。手を抜いたことが分かれば、即刻不思議の力を剥奪します。それは他の皆さんも同じです」


「はい」


 シックススの心中は穏やかではなかった。友の命と自らの命、どちらが大切かと言われれば当然自分の命と答える。しかしそんな薄っぺらい問答で解決するような問題でないことは解っていた。

 そして、どちらも捨てることはできても、どちらも救うことはできない。


 誰もが願うハッピーエンドを用意することはできない。


 そんな苦悩をかかえるのはフォースも同じであった。しかし状況はシックススの方が深刻だったため、彼ほど思い悩んではいなかった。

 今の彼女の頭は自分でも信じられないほどクリアになっていた。だからこそ不思議たちを倒す方法を考える余裕があった。


 しかし彼らに隙きはなかった。今までは手加減していた節があるだろう。人間ごときに本気を出して狩りをする必要はないと奢っていた。だからこそ今回の失敗につながった。

 準備をするために一週間という猶予を得られたことは二人にとっても行幸だった。しかし問題があった。


 いつ、どうやって伝えるか。自分が不思議の一つだと知れば、彼女たちは何思うだろうか、どんな顔をするだろうか、何を言うだろうか。想像しただけで冷や汗が止まらない。額から汗が滲み、噛んだ唇から血が垂れる。


「狩り禁止の期間何もしないというのも退屈でしょうから、一つ提案があります」


 二人が頭を悩ませている間も会議は止まることなく進められた。


「この間、貴方方には標的と自由に接触する許可を与えましょう」


「──!」


 ファーストのその言葉はナンバーズ全員に衝撃を与えた。

 今回のように特定の人間を標的として狙うということはこれまでもあったことだが、情が移る可能性を考慮してなのか標的との接触はやむを得ない場合を除いて極力避けるよう言われていた。その制限を今回に限り解除された。それが意味することをくみ取ることはできないが、そこにファーストの思惑があることは確かだった。


「もちろん危害を加えることは許可しません。しかし、学校での接触、職場に呼ぶ、帰り際に話しかける等、法に抵触しなければ何をしてもかまいません」


 ファーストの言葉が終わると一部ナンバーズの口が不気味に歪められた。


「異論や話すことがある者はいませんね?」


 面白くなりそうだと、ニヤニヤするナンバーズはファーストの声が届いてないのか俯いてぶつぶつと独り言を呟いていた。


「担当曜日の連絡は明日の日曜に各自に行います。それではこれで定例会を終わります」


 激動の日々が訪れることとなった夜、学校の不思議たちがそれぞれの思惑を作り上げた日となった。


 解散し閑散とした室内には、愉快そうにニヤニヤとするシックススを睨みつけるフォースの二人だけが残っていた。

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