第6話 お守り
「な、何で香耶ちゃんが……」
「零二くんも何でこんなところに?」
近づいてくる香耶に言いようのない不安感を感じた零二が、思わず一歩二歩と後ろに下がってしまう。
「な、なんか、異様な雰囲気漂っとるけど、なんやこの感じは」
三人も何かを感じ取ったのか、思わず眉をひそめる。
零二は意を決し、後ろに下げた足を踏み出して香耶に近づこうとする。
「僕らはある人に渡すものがあって来たんだ。香耶ちゃんは?」
「私も、渡すものがあって来たの」
そう言ってズボンのポケットから取り出したのは、布でできた一つのお守りだった。それはまるで何年も使っているように思えるほど黒ずんで汚れていた。
「それが、渡すもの?」
「あ、うんん。これは自分で買ったの。買わされたっていうほうが正しいかもだけど。だから、そのお金を払いに来たの」
あはは、とはにかみながら頭を軽く掻く香耶を見ながら、その話に何となく心当たりのあるようなデジャブ感に違和感を覚える。
三人もその話に、まさか、という反応をする。零二は自分たちの考えていることが合っているか、香耶に問いかけた。
「そのお守りは、どんな人から買ったの?」
「んーと、ランドセルを背負ったちっちゃい小学生の男の子から買ったよ」
バァンッ!と、先ほどとは打って変わって、壊れそうなほどの勢いで扉を開けた。その零二の後ろには、香耶を含めた四人が冷や汗を浮かべている。
「おやおやぁ、また来るなんてぇ、どうしたんですかぁ?それに──」
チラと零二の後ろにいる香耶を見据えて言葉を続ける。
「別のお客さんを連れてくるなんてぇ、宣伝でもしてくれたんですかぁ」
冗談交じりで言うなんでも屋さんに珍しく零二が怒鳴った。
「なんで香耶ちゃんにあんなもの売ったんだ!何で香耶ちゃんに関わったんだ!!」
これまでの零二とは違った雰囲気に、驚きを隠せないでいた。たった一人を除いては。
「それは心外ですねぇ。そのお守りのおかげでぇ、彼女は助かったというのにぃ」
「え……」
絶句した零二は反射的に香耶の方を見る。香耶はなんでも屋さんの言葉に同意するように、小さく頷いた。
「これを買ったていうのかな、貰ったっていうか……まあそれが朝学校の登校中だったの」
「それでぇ、お守りに守られたと思ったらぁ、この時間にここに代金を支払いに来てくださいねぇ、と言ったんですよぉ」
「……そうなの」
「ってことは、香耶ちゃんは今日お守りに守られたと思ったときがあったってこと?」
「う、うん……」
◆◇◆◇
時は少し遡り、下校時に零二と香耶が分かれた時になる。
香耶はいつもこの人気のない道を通って登下校している。一般的に、ここは住宅街というくくりにされるだろうが、ここの家々はまるで誰も住んでいないよう感じるほどいつも静寂に包まれているのだ。
それは今日この日も例外ではなかった。しかしこの日はいつもとは違った何かを感じた。その何かは幸いにもすぐに気が付くことができた。
カツ、カツ、カツ
一定のリズムを刻む足音のような音が香耶の後ろから聞こえてきた。今までこの時間に誰かが通ることは全くなかったわけではないが、それでもこの静けさの中で響く足音に微かに恐怖を覚えていた。
(な、なんだろう。早く人気のある所にいかなきゃ)
内心焦っていた香耶は、早くこの住宅街を抜けようと足を速めた。しかし後ろの足音も香耶にぴったりとくっつくようにそのスピードを上げた。
(あっちも早くなってない!?なんか怖い!怖い!怖い!)
ふと、香耶は別の違和感に気が付いて一瞬その足を止めた。すると、後ろについてきていた足音も止まった。
(あ、あれ?止まった……?)
足音が止まったことも気になったが、さっき感じた違和感が浮上してくる。
(住宅街から出られない……?)
香耶は歩けど歩けど、この人気のない住宅街から抜けることができないことに気が付いた。いつもならすぐに抜けられる道、ちゃんと前を見てみると、一直線に永遠と道が続いているように見えた。
(ど、どうなってるの?)
再び歩き出すと後ろの足音も香耶についてくるように鳴りだす。香耶が少しスピードを速めると、後ろの足音もスピードを速めたような音を出す。そして止まると足音も止まる。
状況に慣れかけていた香耶は、しばらくそうやって遊んでいたが、いつまでたっても住宅街から抜け出せる気配がなかった。
(ど、どうしよう……)
どうしようかと考えて、立ち止まってポケットからスマホを取り出す。
(あれ?)
時間を見ると、零二と分かれたときの時間から一切進んでいなかった。
(やっぱりここ変だ!)
改めて事の異常さを認識した香耶は、一つの決断を下す。
(後ろを、向こう)
それしか状況を打開できる方法がないと考えた香耶は、拳を強く握りしめて勢いよく振り返った。
「え……」
振り返ったその視線の先には、永遠と続く道しかなく、足音の正体の姿形は影すらも見つけられなかった。
姿が見えない事実に冷や汗が伝う。何となく、通ってきた道を戻るのは危険な気がしてその場から戻ることも進むこともできずにいた。
いつまでそうしていただろうか、香耶は何も起こらないことに対して増幅していく恐怖感を紛らわすように、向き直って先に進もうとした。
………たいナ
「──っ!?」
耳元で声がした気がして反射的に後ろを振り向く。しかしそこにあるのは閑散とした空間だけであり、声の主の姿はやはり見えないままだった。
「き、気の所為……だよね?」
そうは言うものの、自分自身でも先程の声が気の所為であると断言することができなかった。
再び向き直り、今度こそ先に進むために歩を進める。今度は声が聞こえなかった。
スマホを確認しながらしばらく進むも、やはり時間は進んでおらず、よく見れば太陽も雲も一切動いていなかった。
キ………おい……だナ
「──っ!!」
声がしたが、振り向いてしまわないようにぐっと堪える。伏せた顔をまた前へ向けて歩き出す。
ネぇ、ま……ヨ
さっきよりも言葉が鮮明になってきた気がした。しかしそれでも立ち止まることはせずに歩みを進める。
ム視しな……でヨ
声はだんだん鮮明に、そして大きく聞こえてくるようになっていった。それと同時に、見えなくとも声を発するその存在がすぐ近くにまで迫っているということも感じ取っていた。
イい加減……見ろヨ
じわじわと増幅していく恐怖心。いつまで経っても終わりのこない道と後ろからの姿のない声に、まだ耐えられている自分に驚いていた。
しかしその耐久もそろそろ限界に達しそうになっていた。
オイ
「──っ!?」
何かが肩に触れた。視線を送っても肩には何も乗っていない。しかし乗っている感触だけはする。
オそれロ
意を決し、後ろを勢いよく振り向く。今まで何もいなかったそこに、一人の得体のしれない『何か』が手を伸ばして肩に乗せていた。
人型ではあったが、顔はぐちゃぐちゃにつぶれていて原型を留めていなかった。腕だけが異常に長く、香耶と何かの距離は一メートルを超えていた。服は着ておらず、全身が絵の具で適当に塗りつぶしたような気色の悪い色だった。
ヤっと見てくれたネ
本気で、心の底から驚いたときは、声も出ない上にその場からも動けないというのは本当だった。
ドうしたのかナ
あまりにも異色な様相に思わず眉間にしわを寄せる。相変わらず声は出せないでいたが、『何か』は気にせず言葉を続けた。
キみ、おいしそうだネ
そう言って、口と思われる部分から舌のようなものをくねらせて、香耶の頬をべロリと舐めた。
「ヒッ」
動物に舐められるのとはまた違うザラザラ感と、生温いねっとりとした気持ち悪さに全身が拒否反応を起こす。
動きたくても、体のどの部分も動かすことができない。それが恐怖によるものか、はたまた『何か』がどうにかして動けなくしたか。しかしそれすらも考える余裕などありはしなかった。
イっただっきまース
『何か』は口と思われる部分を異常なほどに開けた。人一人分が丸ごと飲み込まれそうなほどの大きな口がじりじりと近づいてくる。
(だ、だれか助けて!い、いや、やだ!気持ち悪いっ!)
「い、いやぁ……」
しかし無慈悲にも、助けを求めたいと願っていた自分の口からは弱々しい拒否の言葉しか出なかった。何故か動かせるようになった目をギュッと瞑る。
(助けて、瀬楽ちゃん!蓮花ちゃん!──零二くん!!)
……ア?
いつまでも来ず、不思議に思って目を恐る恐る開けてみると『何か』が口を開いたまま立ち止まっていた。
ア、あああ、ああああああああああああア!
「……え?」
先程、香耶の頬を舐めた舌がボロボロと崩れていた。『何か』もこの事態は予想だにしてなかったようで、叫びながら舌の崩壊を止めようとするが、触れる度に崩壊はより早まっていく。
ナぜだなぜだなぜだなぜだなぜダ!!
「ぅぐ」
今度は手を伸ばして香耶の顔面を鷲掴みにする。しかしその手も間もなく崩壊し、その影響は腕全体に及ぼしていった。
アがあああああああああああア
崩壊の手は止まることを知らず、失った腕の傷口を抑えるように触れるとそこから胴体が崩れていく。
キ、貴様何をしタ!
『何か』は顔に目を作り、ギョロギョロと香耶に不審なものがないか探す。
ソ、それハ
目に入ったのは、リュックに吊り下げられていた一つのお守りだった。そのお守りから放たれるオーラに覚えがあり、なぜそれを今の今まで気が付かなかったのかと愕然とする。
ナぜ、貴様がその御守りを、ナンバーズの護符をもっていル!!
「いやぁっ!!」
『何か』が先程とは打って変わった怒りの形相で香耶に掴みかかろうととびかかってきた。
香耶は咄嗟にお守りをリュックから引き離し、それを持った手を『何か』に向けると、
ク、糞がああああああアッ!
その拳にぶつかった『何か』の胴体は風化した物のように簡単に崩れていった。崩壊のヒビは胴体から足、腕、顔にまで到達し、あえなく塵となって彼方に消えていった。
「……ぁ」
張っていた緊張の糸がプツンと切れたようにその場に崩れるように座り込んだ。
『何か』が消滅すると、ぐにゃりと視界が曲がりほどなくして薄暗いいつもの風景へと戻る。心地よい風が吹き、鳥の囀る声が聞こえ、時間が進んでいる。
手に持ったお守りを見てみると、新品の物とは思えないほど黒く焦げたような汚れがついていた。
「守られた……のかな」
これを渡してきた少年の言葉が思い出された。守られたと思ったら、お金を支払いに来てほしい、という言葉を。
「……うう」
突然押し寄せてくる恐怖心と寂しさ、そして無事に逃れたことによる安心感に涙が溢れそうになる。出そうになった涙を必死に堪え、リュックをもって立ち上がる。
隠れかかった夕日が赤く香耶を照らす。
◇◆◇◆
「それにしても、誰が香耶ちゃんを守ってほしいなんて言ったんだろうね」
香耶の話を聞いた零二たちは、その後解散して零二は香耶を家に送るために一緒に歩いていた。
「え?」
突然の零二の問いに香耶が首をかしげる。
「あいつ依頼があったから助けたとは言ってなかったけど、あいつ自身が自ら人を助けるようなことなんてしないと思うし」
「そう……だね。確かに誰が頼んだんだろう?」
零二も彼らを助けてくれた人が誰だったのかわらからずに嘆息する。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
香耶と零二、特に零二は漠然とした不安感に駆られていた。二人とも正直これからは夜の学校になんて行かずにみんなと平和に学校生活を送りたいと思っていた。しかしそれが叶わないかもしれないともどこかで思っていた。
またいつか、早ければ来週の月曜日、また夜の学校に行くことになるのかもしれないと、そう二人は密かに思っていた。
「またね、零二くん」
「ああ、また来週」
香耶の家の扉が閉まると同時にあたりに静寂が満ちる。零二は香耶の家に背を向け歩き出した。
◆◇◆◇
次の日である土曜日の夜、学校の一室に七人が集まっていた。
「それでは、定例会を始めましょうか」
その中の一人の男が言い放った。七不思議の定例会が始まる。
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