第5話 二度目の邂逅
土曜の午前二時になる手前に学校、その敷地に入る手前に四人の男子生徒が集まっていた。
「みんな、五百円はちゃんと持ってきた?」
その言葉に他三人は頷く。
「じゃ、入ろう」
零二が先陣を切って学校の敷地へと入る。校舎に足を踏み入れた瞬間、気温が急激に下がったような感じがして鳥肌が立つ。
四人は言葉を発せない魔法にかかったかのように黙って廊下を歩いて購買へと向かう。
昨日見たときはしっかりと閉じられていた購買の扉が怪しい雰囲気を漂わせて半開きになっていた。
隙間から漏れ出る紫色の光もその不気味さを一層引き立てている。
「……っ」
扉を開けようとドアノブに伸ばした手が一瞬止まる。ふと、肩に何かが乗る感触がして後ろを振り向く。
すると、同じように迷っているような目をしながらも、真っ直ぐに見つめてくる淳と目があった。
開けよう、と言うように頷く淳に零二も同じように頷いた。扉と再び向き直り、半開きの扉を開ける。
中には見たことのある少年が一人、脚の高い椅子の上で胡座をかいていた。
「いらっしゃいませぇ。お待ちしていましたよぉ」
そう言って、少年──狐のお面をつけた、なんでも屋さんが歯を見せるようにニィと深い笑みを浮かべた。
「皆さん昨日は大変でしたねぇ」
というのも、昨日零二たち四人は今日のように夜の学校に入り、そこで七不思議の一つ『幻の五階』と遭遇した。
それに襲われ、死にそうになったところをこの少年、七不思議の一つである『なんでも屋さんに』に助けられたのだ。
少年の言葉に同意しながらそれぞれが持ってきた五百円を少年に支払う。
「ありがとうございますぅ。ところでぇ、あの装置は役に立ちましたかぁ?」
装置というのは、昨日少年から買った『神経電達装置』のことで、『幻の五階』から逃れるために有効なアイテムだった。
「おかげさまで。でも、どうやって学校から出たか覚えてないんだ」
「それはぁ、僕が皆さんを助けたからですよぉ」
「た、助けたやって!?ど、どういうことや」
「皆さんを助けることが依頼なのでぇ、当然といえば当然ですねぇ」
「じゃあ、最初から外に出るための手助けをしてくれたら良かったのに、どうしてしてくれなかったんだい?」
真斗の疑問にそれぞれが確かに、と納得の声を漏らす。
「それは言えませんねぇ。こちら側にも色々とある、ということだけ言っておきますねぇ」
含みのある言い方に納得できるわけもなく、理玖がある提案を持ちかけた。
「だったら、金を払うから回りくどい助け方をした理由を教えろ」
理玖がその鋭い眼光を少年に向けるが、彼はそれに動ずることなく不気味な笑みを刻んだ。
「残念ながらその情報はお金ではお支払いできないのですよぉ。なのでぇ、もし聞きたいというのであればぁ、他のお支払い方法になりますよぉ」
「ほ、他の支払い方法?それは……」
「ええ、それは──」
彼の言葉の続きを固唾を飲んで待つ。自身の喉が鳴るのが聞こえる。
「──寿命ですぅ」
「──っ!?」
なんでも屋さんの一言に声も出せないでいると、更に続けた言葉に耳を疑った。
「何を今更ですよぉ。だってぇ、一度寿命は抜いたじゃないですかぁ」
「……は?」
一瞬、四人には彼の言っていることが理解できなかった。しかし、じわじわと理解していくその言葉に内から何か、恐怖のようなものが湧き上がってくるのを感じた。
「ど、どういうことなんだよ」
「記憶ないんでしたねぇ。皆さん『助けて』と願いましたよぉ。僕はそれを寿命を代金として叶えただけですぅ」
「ちょ、ちょっと待ってくれないかい?」
少年の言葉に真斗が待ったをかける。
「その話が本当なら、伝わっている七不思議の話とは違うんじゃないかい?」
「……?どういうこと?」
真斗の言葉にハテナマークを浮かべる三人と対照的に、なんでも屋さんの口は不敵な笑みを浮かべた。
「だってそうじゃないか。七不思議に伝わる話はこう、売っているものを買えば頼んだことを何でもしてくれる、さ。だったら僕らは、装置を買ったから『助けて』っていう頼みは聞いてくれたんじゃないのかい?」
「ようやく気づきましたか」
普段とは異なる口調、そして重くなる空気に一同は声を出せなくなった。
言いながら、なんでも屋さんはお面を外す。顔は顕になることなく、昨日と同じように長い前髪で目元が隠れたままだった。
「人間の愚かな勘違い、思い込み、言葉の改変。自分の良いように解釈するから痛い目に遭うんですよ」
四人に、なんでも屋さんの言っている意味を汲み取ることはできなかった。
それよりも、自分の心臓を掴まれているような感覚さえ起こさせる。
「すみません取り乱しましたぁ。でもぉ、それは人間たちが勝手に良いように改変したものなのでぇ、事実とは違いますよぉ」
すっかり元のしゃべり方に戻った少年が平謝りする。
「ど、どういう意味、なんだい?」
真斗は気丈にふるまいながらも、震える声を抑えきれずにいた。
「では情報料として寿命を少々いただきましょうかぁ」
「──っ」
一歩、二歩と後ずさりをして、寿命を取られまいとなんでも屋さんから距離を作ろうとする。そんな四人の様子が可笑しかったのか、なんでも屋さんは声を上げて笑った。
「あっはっはっは、冗談ですよぉ。こんな情報に対価なんて必要ありませんよぉ」
そう言って指をパチンと鳴らすと、四人の目の前で椅子が四つ出現した。
「どうぞぉ、座ってくださいぃ。お話しますぅ」
◆◇◆◇
そもそも僕の七不思議の話はこうなんですぅ。
『学校にある購買には、夜になると一人の仮面をつけた少年が物を売っているという。品揃えは決して良いとは言えず、使い道もわからない玩具や道具しか置いていない。お金を支払えば、そこに売っている物を買える。一方、願いを叶えてくれるという話もあるという』
僕がこの学校で生み出してもらってしばらく経ったある日にぃ、僕の下に一人の女子生徒が来たんですぅ。彼女の顔は憎しみそのものでぇ、当然心の中も醜く濁ってましたぁ。鬼のような形相で僕をにらみつけた後ぉ、彼女が言ったんですよぉ。
「ここにある物全部買うからアタシの願いを叶えなさい」
僕は驚きましたねぇ。僕の話は正しく伝わっていなかったのかぁ、なぜ商品を買うことで願いをかなえられると思ったのかぁ、僕には信じられませんでしたぁ。
でもぉ、とりあえず売っていた商品は買ってくれるという話だったのでぇ、その商品はお金との取引で売りましたぁ。かなりの値段でしたがぁ、彼女は難なくお支払いいただけましたねぇ。お金持ちだったんでしょうねぇ。
「
それが彼女の願いでしたぁ。そこで僕はまた一つ驚いたんですぅ。命を奪うという願いをお金で叶えられるとなぜ考えられるのかとびっくりしましたぁ。
何かを殺す、命を奪うという行為を他人に頼るには、当然それ相応の対価というものが必要ですぅ。寿命で見たときぃ、人間が人間を殺害することを依頼すればぁ、自身の命もなげうつ覚悟でないと駄目ですぅ。
当然、願いを叶える依頼には寿命が代価であることは言いませんでしたぁ。だってぇ、勝手に内容を変えたのは人間側ですしぃ、正しい情報を得られなかった彼女の責任ですからぁ、仕方ありませんよねぇ。
僕は依頼を受けた次の日にぃ、その香苗英里という女生徒の魂を奪いましたぁ。けどぉ、その次の日に依頼主の命も尽きましたぁ。寿命を一日だけ残してそれ以外を対価としていただきましたからねぇ。
そのあたりからですかねぇ、僕がお金を支払えば願いを叶えてくれる七不思議だという話が広まったのはぁ。だってぇ、おかしいじゃないですかぁ。
お客様がお金を支払うという一つのモノを失うだけで、僕が二つのモノを与えなくてはならないなんてぇ。
◇◆◇◆
廊下を歩く四人は声を出せずにいた。なんでも屋さんの話の内容に衝撃を受けて声が出せないというよりは、願いを叶えるには寿命をその分消費しなければいけないという事実に声が出せずにいた。
「そういや、なんで回りくどい助け方をしたか聞きそびれたな……」
ふと思い出したように理久が言う。その言葉に零二が返事をする。
「そんなの、寿命を消費してまで聞くことじゃないよ」
「……だな」
時間は午前三時を回っていた。ここへ来てから一時間ちょっとしか経っていなかった。
「みんな、お疲れ様」
校門を出た四人は、疲れたような顔をしていた。
「土日はしっかり休んで、また月曜に学校で会おう」
それぞれ頷き合い、その場から去ろうと自分たちの家に続く道に向き直ろうとする。そうやって零二が帰ろうと向きを変えたとき、一人の人影が見えた。
「……零二、くん?」
その人影から、聞いたことのある声がした。その声はとても大切な声で、聞き間違いなんてするはずのない声だった。
しかし、なぜここにいるのかが分からず、別の人であってくれと思ってしまう気持ちもあった。
「な、なあ、あれって……」
声に反応した三人も零二と一緒にその人影を見つめた。
「やっぱり零二くんだ。何でこんな時間に?」
「……っ」
それはこっちが聞きたいと言い返したい欲求に駆られる。街灯に照らされ顕となったその人影は、零二の思いを寄せる人、真野香耶だった。
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