第2話 四人の迷い人
「君は確か……いやすまない。で、なんだい?」
「
「ああ、すまんの。で?」
阿藤と名乗った人物が蓮花に話しかけることは、彼女が記憶している中でも初めてのことだった。男性の免疫のない彼女にとっては男性との会話は慣れたものではないが、状況が状況のため少し口調が荒くなっていた。
「あ、えっと、今日、真野さんは来てないんですね」
「香耶ちゃん?ああ、そうだね、今日は体調が悪いみたいで休みさ」
「それって、昨日の夜に学校に行ったことと関係があるんですか?」
「……なんでそれを?」
少なくとも蓮花は誰にも話していない。二人が誰かに話している可能性はあるだろう。この阿藤が知っているのはおそらくは、香耶ちゃん自身が。
「昨日、放課後に真野さんに教えてもらったんです」
やはり、と内心で思う。香耶ちゃんは気づいてないのだろうが、この阿藤が香耶ちゃんに行為を寄せていることはまるわかりだ。おそらく瀬楽ちゃんも気づいている。
「そうかい……多分そうかもね。言い切れないけど可能性は高いのではないかね」
「そっか……教えてくれてありがとう」
阿藤の顔をちらと見ると、沈んだような表情の目には、何かを決意したようななにかを宿していた。
「君、行くつもりなのかい?」
「え?」
蓮花の下を去ろうとしていた阿藤の足が止まる。
「七不思議を見に行くのかい?」
「……はい。そうです」
阿藤は再び蓮花と向き直り、意を決して尋ねた。
「河西さん」
「なんだい」
「この学校の七不思議について知ってること教えてくれないかな?」
「危険さ」
「けど二人には話したんですよね?」
その通りだ。だが、あんなことになるとは蓮花自身予想だにしていなかった。
いや、これはただの言い訳に過ぎないか。
「僕にも教えて下さい。真野さんに害を与えた存在を僕は許したくありません──だから、教えて下さい」
あまりにも真っ直ぐな瞳に射抜かれた蓮花は、渋々二人に話した七不思議と噂を伝えた。
それを聞いた阿藤は、ありがとうございます、と一言だけ言うと自分の席に戻っていった。
「阿呆な男よなぁ」
蓮花は顔を下げ、視線だけを阿藤へと向けた。
◇◆◇◆
「みんなありがとう。明日なんか奢るよ」
「まったく、眠いんだぜ?来た俺が言うのもあれだけどよ」
「本当に感謝してる」
そう会話する二人の男を含め、計四人の男が夜一時に外に集まっていた。場所はそう、彼らが通っている学校の門の前だ。
他三人に感謝していた男──阿藤零二は三人に今回のことについて軽く確認をする。
「学校に入ったらバラバラにならないようにする。これは絶対だ。もし何かあればすぐ逃げる。そして、自分の身は自分で守る」
「せやな」
「おう」
「そうだね」
◇◆◇◆
蓮花から話を聞き終えた零二は、その後三人の友達に話を持ちかけていた。
高校に入ってから何かと気が合う四人はいつも一緒に行動していた。今では気兼ねなく物を頼めるほどの仲になっていた。
「今日の夜時間ある?」
放課後、零二の教室にて四人で集まったときに零二が切り出した。目的の見えない質問に三人の頭にはてなマークが浮かぶ。
「夜に何をするんだい?」
三人共が思っているだろう質問を真斗がする。
「みんなはこの学校の七不思議って聞いたことある?」
「七不思議?あるのかよそんなの。あれだろ、トイレの花子さん的なやつだろ?」
そう言って理久は椅子の背もたれを前にするように座り変えた。
「そうだけど、有名な聞いたことがあるのとは一風違っているんだ」
「へぇ、そらおもろいなぁ。どんなんなんや?」
興味深そうに身を乗り出してにやける淳が、細い目を少し開ける。
零二は蓮花から聞いたことをそのまま話した。終始三人は零二の話を黙って聞いていた。
「うわ、こっわ。それを今日見に行くって?」
「なんや、ビビっとんのか?楽しそうやないか」
「うっせ」
話し終わった段階で、理久がうわぁ、とあからさまに嫌そうな顔をするのに対し、淳は面白そうににやにやとしていた。
「けど、その話が本当だったら危なくないかい?」
真斗のもっともな意見に理久がうなずく。
「そうだぜ、本当かわからないとは言え、本当だったら普通に人が死ぬレベルだ。もし巻き込まれて俺たちの誰かが死んだら、責任取れんのかよ?」
「それは……」
「ボクは面白そうやと思うで?」
零二が言葉に詰まり、話が途切れている中で淳が声を上げた。
「おめぇ、俺の言ったことわかってねえのかよ。人の生死に関わる問題だ。おもしれぇおもしろくねぇで決めるようなことじゃねぇ」
眼光を強め、事の危険性を訴える。
「わかっとるで。人が死ぬかもしれんちゅうことは重々承知や。確かにボクの興味が入っとるんは否定せん」
そこで言葉を止めると、細まっていた目を眼が少し見える程度に開け真面目な表情で、けどな、と言葉を続けた。
「せっかく相談してくれとんのに、実際に被害が出てるような所に一人で行かせるわけにはいかんやろ。親友なんやから」
「は……え、おま、一人で行く気かよ!」
「……」
淳の言葉に目をそらす零二に理久が驚きの声を上げる。重い空気が流れる中、真斗が口を開いた。
「やっぱりそうなんだね……。僕らが断っても一人で行く気なんでしょ?」
「お前っ!危険なのわかってんだろ!」
「危険なのはわかってるし、一人で行く気でもあったけど、それでも話してくれたのは僕らのことを信用してくれているからでしょ?」
そういって真斗が零二をまっすぐ見つめる。理久は驚きを隠せないようで、口が開きっぱなしになっていた。
真斗の言葉で視線を真斗に合わせた零二はゆっくりと口を開いた。
「……うん。最初は一人で行こうと思ってたんだけど、蓮花さんから話を聞いてるうちに思ってたよりも危険だと思ったんだ。巻き込むような形になるのは嫌なんだけど、心のどこかではやっぱり皆の助けを欲しがってたんだと思う」
「……」
その言葉に三人は声を出せないでいた。元々一人で行くことに気付いていた淳と真斗の表情は変わらなかったが、それに気づいていなかった淳の顔はどんどんと険しいものになっていった。
「真斗はんと理久はんはどうするんや。ボクは行くことは変わりない。こんな危険なとこに一人で行かせられるわけないやろ」
「僕は……やっぱり止めたい、けど僕一人だけでのうのうと待つのも嫌なんだ。もし理久が行くというなら、僕も行こう」
「え……」
三人の視線が理久へと集中する。普段から大胆に行動し、迷わずに物事を決める理久ですら、その目は定まらずに動き回っていた。理久が答えられない間も刻々と時間は過ぎていく。
その間、理久は多くのことを考えていた。自分の一番の願いは、零二も含め全員夜の学校に行かないこと。しかし行かないとすれば零二と淳は二人で行ってしまうだろう。二人を止める、説得するための言葉はその説得力の無さから出ては消えを繰り返していた。
「……俺も行く」
弱々しい声で出た言葉はそれだった。
「理久、無理しなくても──」
「──っ!行くったら行くんだよ!」
零二の言葉を遮り、理久は白い歯を見せ大きな声で叫んだ。その顔には迷いの色はなく、いつも通りにニィと笑う顔がそこにあった。
「そっか、なら僕も行こうかな」
「ああ、そうしてくれや」
全員が行くことに決まり、一種の安堵感お覚えていた時にまた理久が話しだした。
「ただし!一つだけ条件がある」
「条件?」
人差し指を立て、零二に鋭い目つきを向けた後、淳、真斗と順に視線を送る。
「行くからには何が起こってもおかしくない。だから、自分の身は自分で守る。誰かを助けようとして全員戻れなくなる、なんてのは一番避けたいことだからな」
想像以上にまともで、みんなのことを考えている理久に三人の口に笑みがこぼれる。
「だな。でも、誰もいなくならないのが絶対条件と思うけど」
「当然やな。自分の身は自分で守る、これができなきゃ人を助けんのもできへんわな」
「そうだね。みんなで無事に戻ったら次の日にはどっか食べにでも行こうか」
「真斗はん、そりゃフラグっちゅうもんでなくて?」
「んなもん迷信だろうが」
緩まった緊張感、傾く日差しが教室を照らす中、四人の笑い声が暖かい空気を震わせていた。
◇◆◇◆
「花壇はなんもなさそうやな」
夜の学校に入った四人は、一階から順番にどの七不思議があるかを見て回っていた。花壇の前に確認した購買はがっちりと閉まっており、それで七不思議のひとつ『なんでも屋さん』はいないことが分かっていた。
「どこにいるのかわからないのが『虚像の教師』と『差異』と『神隠し』かな?けど『神隠し』はともかくほかの二つは危険性がないように思えるよね」
「ああ、夜に出現する意味が分からねえ」
真斗のふとした疑問に理久が応える。いわれてみれば、ただ教師が一人多いだけとか、生徒が多いとかそういうレベルの話だ。他の七不思議と比べると夜に出現したところで何をするのだろうかと思うものばかりだった。
「その二つは夜には出ない……とか?」
「やっぱりそうなるのかな。けど一週間に七不思議が変わるんだったら二日でないことになるね」
「土日とかか?普段学校に人が来えへんから出ない、とかあらへんか?」
零二や淳が可能性を提示するも全貌は見えてこない。
「言えるとしたら、今日は『神隠し』がいる可能性は低いっちゅうことやな」
「河西さんたちが遭ったのは『神隠し』だって言ってたし」
河西が言っていた噂が本当なのだとすれば『神隠し』が再び出てくるのは一週間後。しかしそれを確かめる術もなく、四人は四階の階段へと差し掛かった。
──カラン
ふと後方から乾いた音が聞こえた。
「え?」
「どうしたんや?」
しかし聞こえたのは
「な、なあ。今なんか音、聞こえなかったか?」
理久だけだった。
「音?」
真斗が聞き返すも、三人には理久が聞こえた音が分からなかった。
──カラン
また、後方から音が聞こえた。
「ま、まただ」
「何言うとるんや?ボクらには聞こえへんで」
──カラン
「いや、聞こえる。後ろからだ!」
四人は階段で立ち止まり、後ろを確認するも音の正体は姿を見せない。
──カラン
姿が見えずとも、音は相も変わらず鳴り続ける。理久にしか聞こえない鈴の音が。
「は、早く上に行くぞ!ここにいるとまずい!」
そういうと状況が読めない三人を置いて足早に階段を上ろうと動き出す。
──カラン
「──っ!」
今まで後方で鳴っていはずの鈴の音は、動き出した理久の直ぐ横、ちょうど耳元で鳴る。
硬直した理久を不審そうに三人が見つめる。
──カラン
「や、やめろ!こっちを見るな!!」
脳を揺さぶるような音と、三人の顔が歪んで見えた理久は気が動転したように頭を抱え、叫び散らす様子に三人は思わず後ずさる。
──カラン
なおも理久にしか聞こえない音は鳴り続け、理久の思考力を著しく低下させる。そして、予想外の出来事による驚きと、全身が鳥肌立つ不快感に恐怖心は倍増し、理久はその恐怖から逃れるようにその場から走り出した。
「理久!」
真斗が叫ぶ声も聞こえないのか、理久は止まることなく階段を駆け上がる。踊り場を抜け、四階へと到着した理久。視線は定まっておらず、その上暗い空間が視界を狭める。
──カラン
耳元で聞こえていた音はまるで理久の目の前で聞こえるような位置で鳴り、焦点の定まらない理久は自分の目の前に何かがいるのだと思った。
──カラン
理久は近くで鳴る音から逃げるようにすぐそばにある階段を駆け上がった。不思議とその階段を上ると音は後方から鳴るようになり、音は徐々に遠のいていった。
「みんな!……え?」
音が止み、聞こえなくなった喜びを三人に伝えようと顔を上げた瞬間、後ろに引っ張られる感覚と、目の前で起こった現実味の帯びない光景に開いた口がふさがらなかった。
階段と廊下の境目、その両方を遮断するように、口のような──否、人間の口が巨大な歯を見せながら上から下から閉まるのがスローモーションで見えた。
理久はそのまま口が閉まる瞬間の強い風を感じながら、踊り場に尻もちをついた。状況が読めず目を白黒させていると、後ろから声がした。
「理久!」
「理久はん!」
「大丈夫か!理久!」
声がする方を見ると、三人が階段を上ってくるのが見えた。本気で心配する顔と同時に、何かに恐怖するように奥歯を嚙み締めた顔を合わせたような表情をしていた。
そんな三人の憂慮を考える余裕もない理久は、友が来てくれたことによる嬉しさと、音が聞こえなくなった安心で気が抜けていた。
しかし、ふとそこに何か引っ掛かりを感じて、その引っ掛かりが何かを手繰り寄せるように今の出来事を振り返る。
「いやはや、危なかったですねぇ~」
「っ!?」
理久が答えを見つけ出す前に、違和感の正体が四人に語り掛ける。
声の主がどこにいるのか視界に入らず、四人が首を動かしあちらこちら探しているとまた声がした。
「やだなぁ、そんな必死に探さなくても目の前にいるのにさぁ」
「なっ…」
理久が向けた上り階段のすぐ横、一人の小さな少年が口をにやりと歪ませ、手すりが地面と水平になった場所に立っていた。
「初めまして、皆さん。七不思議が一つ、なんでも屋さんです」
なんでも屋さんといった少年は、口を不気味に歪ませ、その場できれいにお辞儀をするのだった。
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