第46話 称号士と《S級ギルド》


「これで終わりだ! アリウス・アルレイン!」


 邪気を纏ったガルゴが距離を詰めてくる。

 対する俺は武器を失い、普通であればその攻撃を防ぐ手段は無いはずだった。


 リアの手が背中に触れる。

 そう認識して、力が湧いてくる気がした。


 そして、俺は唱える。


「称号付与、《天衣無縫》。聖剣《レーヴァテイン》をこの手に――」


 言い終えると、俺の差し出した手に光の粒子が集まる。

 それは剣の形を為し、俺の手の中に収まった。


 黄金色に輝く光の剣。

 そんな印象だった。


「何……!?」


 驚嘆の声を上げたガルゴに向けて、俺は聖剣レーヴァテインを横薙ぎに払う。

 その剣撃はガルゴを捉え、やすやすと竜の前足に食い込んだ。


「グガァアアアア!」


 ――これなら……!


 俺は《疾風迅雷》の称号を付与し、突進を止めたガルゴに向けて連続剣技を放つ。


「トリプルアサルト――!」


 竜の前足に集中させた三連続攻撃。

 その全てが命中し、竜の前足が斬り落とされた。


「ぐぉおおお! ば、馬鹿な……! 何だその剣は……!?」


 焦燥に駆られたガルゴが叫ぶ。


 片側の前足を失いバランスを崩したガルゴは口を開けて黒い咆哮波を放ってきた。

 しかし――、


「ハァッ!」


 俺がレーヴァテインで振り払うと、黒い咆哮波は消失する。


 不思議な感覚だった。

 初めて使う剣なのに、何故かどういう扱い方をすれば良いかが直感的に理解できる。

 この剣ならどんなものでも斬れると感じるほどだ。


「お、おのれ……!」


 ガルゴが立て続けに咆哮波を放ってくるが、俺はその全てを斬り払う。


「おのれぇ! 私は負けんっ! 負けられんというのに……!」

「ガルゴ、負けられないのは俺だって同じだ。百年前のこと、赤眼族のことを分かった気になるつもりは無い。だけど、この世界は壊させない。だからここでお前を倒す」


 一度言葉を切って、俺は続ける。


「女神様に、頼まれたからな」


「……貴様は、女神のためにこの世界を守るというのか?」

「リアは気の抜けたところもあるし、空気も読めない。あとついでに普段から妄想全開でぶっ飛んでるところがある。正直、全然女神っぽくない」

「アリウス様……!?」

「でも、今の俺があるのはリアのおかげだ。リアは、一番キツかった時に俺を笑わせてくれた一人の女の子なんだよ。だから、俺は戦うさ」

「そうか……」


「アリウス様……。あ、ヤバい。カッコ良すぎです。惚れ直しちゃいます。というかニヤケが止まりません。うへ、うへへへへ……」

「……」


 リアの緊張感ゼロの笑い声が聞こえてくる。

 雰囲気が台無しである。


 でも、それでこそリアなのかもしれない。

 いや、それでこそリアだ。


「ならば私も、全身全霊で応えよう。この力の全てを賭けて」


 ガルゴが言って、一際強い邪気が竜の体の周りを覆っていく。

 どうやら最後の攻撃を仕掛けてくるようだ。


 俺もそれに合わせ、称号付与とともに剣を後ろに引いて刺突剣技の構えを取る。


「アリウス様。最後の一撃、決めちゃいましょう。今度は私の魔力も乗せます」


 翼で宙に浮いたリアがそっと手を添えて、聖剣レーヴァテインがより一層強く輝き出した。

 剣を握る手に、力を込める。


「ゆくぞ! アリウス・アルレイン!!」

「ハァアアアアアアッ!!」


 俺とガルゴは互いに至近距離まで迫る。

 ガルゴが纏う邪気を斬り裂き、俺の剣はそれでも止まらず竜の中心部へと突き進んだ。


 そして――、


「ク、クク……。見事だ、アリウス・アルレイン……」


 ――ズゥウウウン。


 漆黒の竜は地面を響かせて倒れ込んだ。


 ――やった……。


「アリウス様!」

「師匠!」

「アリウス!」


 仲間たちの声がして、近づいてくるのを感じる。

 俺は振り返り、笑顔でそれに応じた。


 ――ワァアアアアアアア!!


 事情を理解した観客たちから歓声が上がる。


 ルコットやギルドメンバーたち、共に戦ってくれたキール協会長やマリベルさんも見えた。

 サーシャ王女を始めとして王族たちも無事のようだ。


「これで、終わりましたね」

「ああ」


 俺はふと倒れた黒い竜に……、いや、ガルゴに目を向ける。


「く、くく。貴様のような存在が百年前にもいてくれたら、な……」

「ガルゴ……」

「そのような目をするなアリウス・アルレイン。私は元々百年前に死していた存在だ。それがあるべき形に戻るだけのこと」

「……」

「貴様は私たち一族の怨嗟を終わらせてくれたのだ。せめて勝者らしく振る舞うのだな。それがせめてものはなむけ、だ……」


 ガルゴはそれだけ言い遺すと、光に包まれ霧散していく。


 ――ガルゴ・アザーラ。いつかお前たちの暮らしていた大陸に行ったら、墓を作らせてもらうよ。


 俺が心の中でそう呟くと、不意に手の中に何か感触を覚える。


 見ると、それは赤く丸い石だった。

 ガルゴが遺したものかと思ったが、それを問う相手はいない。


 そうして、俺は光が空に消えて見えなくなるまでそこにいた。


   ***


「何と、そんなことが……」

「本当ですわ、カロスお父様」


 リアがサーシャ王女を除く王族たちにかかった魔法を解除した後のこと。

 サーシャ王女が正気に戻ったカロス王やルブラン王子に事の顛末を説明していた。


「やっぱり信じられませんか? お父様」

「いや、意識を厚い膜で覆われていた感覚はあるが、おぼろげながらには覚えている。その少年が漆黒の竜を討ち倒してくれた様を」


 カロス王はそう言って、俺の方へと歩み寄ってきた。


「アリウスと言ったか。此度の件、国を代表して礼を言わせてもらう。国の大事に敵の奸計に陥っていた余と違い、本当によくやってくれた」

「そんな、恐れ多いことです国王。それに、ルブラン王子がサーシャ王女を国外に逃していたことをお聞きしました。今回のことはそれあってのことかと」

「謙遜する必要はありませんよ、アリウス殿。あなたは確かにこの国を救ってくれたのです。本当に感謝しています」

「ルブランの言う通りだ。もちろん、他の者もよくやってくれた。心から礼を言う」

「はは、ありがとうございます」


 カロス国王やルブラン王子から賛辞を投げられ、俺を含めてギルドメンバーたちは恐縮しながらも喜びを噛み締めていた。


 ……ただ一人を除いて。


「ふっふーん。いやぁ、王様も中々のお人柄ですねぇ。アリウス様の活躍を認めてくれたようで嬉しいですよ」

「……」


 国王を前にしてもリアはブレないな……。

 俺はルルカやクリス副長、ルコットと顔を見合わせ、半ば諦め気味に溜息をつく。


「サーシャよ、本当にこの青髪の少女が女神エクーリア様なのか……?」

「ええ、そのようですわ……」

「ちょっと王様! なんでアリウス様のことはすんなり信じられるのに私のことは信じられないんですか!」

「ううむ。それが、その……、何というか女神らしくない気がしてな……」

「失礼ながら同感です、父上」

「私もですわ」

「おおぅ……」


 王族たちの反応に、俺たちのギルドメンバーはこぞって吹き出した。

 笑い声が響き、膨れっ面のリアを除いてみんなが笑顔になる。


「して、ルブランよ。アリウスのギルドがこれだけの活躍をしたのに何もない、では王族の名が廃る。そう思わんか?」

「ええ。全くの同感です、父上」

「ふふ、お父様ったら」

「……?」


 王族たちが何やら悪戯っぽい笑みを浮かべている。

 何だろうか?


 そう思っていると、ギルド協会の長であるキール協会長が近くに呼ばれる。


「キール協会長。今のギルドランクでは確かA級からE級が存在している。そうだな?」

「ええ、仰る通りです」

「これはいささか改良の余地があるように余は思うのだが?」

「そうですね。例えば・・・、国の一大事を救ってくれたギルドがあったとしてもA級というのは過小評価ですし、新たなギルドランクを設けた方が良いのかもしれません」


 ――まさか……。


「ふむ、そうだな。それではA級の上にS級というランクを設けるというのはどうだろうか?」

「はい。国王がそう仰るなら」

「しかし、ギルドランクを新設したとしても空席ではなぁ……」

「では、その初代S級ギルドの名を国王から任命していただきたく」

「あい分かった」


 まるで示し合わせたかのようにカロス国王とキール協会長との間で話が進んでいく。

 そしてカロス国王は立ち上がり、皆に向けて宣言した。


「今をもってこの国のギルドランクに《S級ランク》を新設することとする! そして、アリウス・アルレインをギルド長とするギルド《白翼の女神》をS級ランクとして任命する!」


 ――ワァアアアアアア!!


 割れんばかりの歓声が聞こえてきた。

 見ると、先程まで共に漆黒の竜と戦った他のギルドの面々も拍手を送ってくれていた。


「あ、ありがとうございます。カロス国王」


「やりましたね、アリウス様!」

「師匠……。自分、本当にこのギルドに入れてもらえて良かったです……」

「アリウス。これまでよくやったな。これからもよろしく頼む」

「お兄ちゃん……、良かったよぉ……」


 俺は仲間たちと喜びを分かち合い、他のギルドの人たちから称賛を受ける。

 本当にみんなのおかげだなと、俺は感慨深くなりながら多くの人に感謝した。



 そうしてその日は《大災厄の魔物》が退けられ、《S級ギルド》が誕生した日として歴史に残る一日となった――。


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