第29話 称号士は救援を依頼される


「それじゃあギルドの昇級を祝して、カンパーイ!」


 タタラナ温泉郷から自分たちのギルドに戻ってきて数日経った夜――。


 リアが元気良く宣言し、俺はギルドメンバーのみんなとグラスを合わせた。


 フロストドラゴンや呪術士ガルゴと戦った上級クエストの結果についてギルド協会のキールさんに報告したところ、ギルドランクがC級からB級に昇級し、リアがお祝いのパーティーをしようと提案した結果このようになっている。


「こらリア。お酒を注ごうとしないで下さい。まったく、油断ならないんですから」

「えー? いいじゃないですかぁ。あの温泉でのルルカさん、かわいかったですよぉ?」

「ぐ……。もう思い出させないで下さい……」

「そ、そうだよリアさん……。確かにお兄ちゃんと一緒にお風呂は入れたのは久々で楽しかったけど……」

「おやぁ? ルコットさんは満更でもないみたいですねぇ。今度またみんなで一緒にお風呂入ります?」


 まったくあの女神様は相変わらずだな。

 あながち冗談とも取れないので後で釘を刺しておこう。


「いやぁ、本当にめでたいですなぁアリウスさん」

「パーズさんも今回の件、ありがとうございました」

「いえいえ。元はと言えばウチの不始末のせいですから」


 グロアーナ通信の記者パーズは手を振って決まり悪そうにしていた。

 そこへリアが膨れ面になりながらやって来る。


「ちょっと待って下さい。何で記者のオジサンが普通にいるんですか?」

「まあリア、そう言うな。パーズさんが今回の件を記事にしてくれたおかげで俺たちのギルドに対する風評も収まってるみたいだし」

「そうですな。自分で言うのもなんですが、やっぱりギルドの活躍を取り上げるのと一緒に訂正記事を出したのが良かったみたいです」


 パーズはそう言って酒が入っていたグラスを勢い良くあおる。


「何ですぐに訂正記事出さないかと思ったらそういうことだったんですね」

「ええ。ああいうのは単に訂正記事を入れるだけじゃ効果は薄いんですわ。クレームがあったから訂正した、と思われる可能性もありますから。元々の悪い評価を覆すには善行を取り上げるってのが一番というわけです。ま、これはブンヤのテクニックの一つですな」


 パーズとしては自身の会社の記事が元で風評被害が発生している件について、どうにかしようと色々考えてくれていたらしい。

 今回ガルゴの居場所を突き止めてくれたのもあるし、今後も情報提供もしてくれると申し出てくれていた。

 ギルド活動をしていく上でも頼もしい存在だ。


「でもそれ、結局アリウス様が活躍したから丸く収まっただけじゃないですか。しかもグロアーナ通信がバカ売れして通信社の方は随分と儲かってるみたいですし? まだそちらの借りは返せてませんからね」

「ぐっ、痛いところを……」


 俺はそんなリアとパーズのやり取りを苦笑しながら見ていた、その時だった。


 ――バンッ!


 ギルドの扉が勢い良く開き、黒髪の少年が駆け込んでくる。

 それは俺が《黒影の賢狼》で部隊リーダーを務めていた時の部下だった。


「アリウスさん! アリウス・アルレインさんはいらっしゃいますか!?」


 俺をはじめ、リアやルルカ、ルコットも何だ何だと目を向ける。


「ポール? ポールじゃないか。どうしたんだ、そんなに慌てて?」

「突然すいません! でも、アリウスさんの力を貸して欲しくて――」

「落ち着くんだ。まず何があったか説明してくれ」

「は、はい……」


 ポールは一旦切らしていた息を整え、そして話し始める。


「実は……、クリス副長の部隊がモンスター討伐のクエストに出発したまま戻ってこないんです」

「クリスさんが?」

「はい。向かったのは《黒水晶の洞窟》。出発したのは今日の朝のことです」

「今日の朝……」


 確かにそれは妙だ。

 黒水晶の洞窟は俺とリアが最初に出会った遺跡の近くに位置しており、この王都からもそう離れてはいない。


 それが夜も遅いこの時間になって戻ってきていないのか。

 クリス副長は冷静な判断ができる女性だ。

 部下を引き連れたまま危険なダンジョンの中で夜を超そうとしているとは考えにくい。


「クリス副長も今日の夕方には帰還すると仰っていました。黒水晶の洞窟で何かあったとしか思えません!」

「……ポールがここに来たのはギルド長――、レブラが動かないからか?」

「さすがアリウスさん、察しが良くて助かります。……その通り、ギルド長は増援を送ればコストがかかるしギルドの沽券にも関わると言って取り合ってくれません。それに、明日になれば戻ってくると楽観視しているようで……」


 ポールは悔しそうに手を握りながら言葉を絞り出していた。


「うわぁ。あのギルド長、相変わらずな糞っぷりですね。仲間の危機に保身のことを考えるとか、頭おかしいんじゃないですか?」


 言葉は辛辣だが、リアの憤りももっともだと思う。

 何故この状況でレブラはそういう判断を下せるのか。

 そう思ったが、俺がギルドにいた時からそんな感じだったなと思い返す。


「だからポールは俺たちのギルドに救援を頼みに来たってわけか」

「お願いします! ウチが受注しているクエストのことをアリウスさんのギルドに頼むのは筋違いだって分かってます。それでも……」

「分かった。すぐに準備しよう」

「本当ですか!? あ、ありがとうございます!」


 俺が承諾するとポールは顔を輝かせ、精一杯に頭を下げる。


「気にするな。俺だって元いたギルドの仲間の危機を見過ごすことなんてできないさ。リア、ルルカ。悪いが付いてきてくれ」

「わっかりました、アリウス様!」

「かしこまりました師匠。すぐに向かいましょう!」


 俺の言葉にリアとルルカも快く反応してくれる。

 迷うこと無く一つ返事を返してくれるとは、いい奴らだ。


 俺は外套を纏い、立て掛けてあったショートソードを手にしてギルドの出口へと向かう。


「いいんですかい? アリウスさん。他のギルドの受注したクエストに正式な手続き無く首を突っ込むのはトラブルになりかねませんぜ? それにあの《黒影の賢狼》のギルド長のこと。何を言い出すか……」

「そうかもしれませんね、パーズさん。……でも、それよりも大切なことがありますから」

「……そうですか。引き止めて失礼しました」


 パーズは微かに笑って、俺のことを送り出してくれた。


「お兄ちゃん、気をつけて。リアさんとルルカさんも。何も力になれないのは悔しいけど……」

「何を言うんだ。ルコットがこのギルドで待っててくれれば頑張れるさ」

「そうですよ! ルコットさんは温かいスープでも用意して待ってて下さい!」

「ルコットが作ってくれた料理、後でちゃんといただきますからね」

「皆さん……」


 リアとルルカも俺に続き、俺はポン、とルコットの頭に手を乗せる。


「それじゃ、行ってくる」

「うん……。気をつけて」


 そうして、ルコットが手を合わせて見送る中、俺とリア、ルルカはポールとともにギルドを出発する。


 ――クリス副長がいるのは《黒水晶の洞窟》か。最近では凶暴なモンスターが現れると言われているが……。もしかするとこれにも呪術士ガルゴが関わっているのか?


 俺はクリスの身を案じながら、洞窟への道を急いだ。


   ◇◆◇


「やれやれ、アリウスさんはホントお人好しですなぁ」

「ふふ。でも、それがお兄ちゃんのカッコ良いところだから」


 お兄ちゃんたちを見送った後、私は隣で頭を掻きながら苦笑しているパーズさんに向けて言った。


 そう。

 お兄ちゃんは本当に優しい。


 前のギルドにいた時、ギルド長から散々な扱いを受けていたのに私の病気の治療のため努力してくれていたとリアさんから聞いたことがある。


 今回も、お兄ちゃんは自分がトラブルに巻き込まれるかもしれないのに人のために動いている。

 そんな行いが、どうか報われて欲しいと強く思う。


 ううん、違う。


 そんな行動が報われるように、私にだってできることはあるはずだ。


「パーズさん、お願いしたいことがあるんですが」

「ん? 何です、ルコットさん」

「さっきリアさんが言ってた話。グロアーナ通信社としては私たちのギルドに借りがあるんですよね?」

「え……」


 そうだ。ただ待つだけじゃない。


 私は私にできることをしなくちゃ。

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