第30話 《黒水晶の洞窟》での戦い


「ハァッ――!」


 突然飛びかかってきたモンスター、黒兎くろうさぎの群れを俺は連続剣技で退ける。


 黒光りする鋭利な水晶で埋め尽くされた洞窟。

 そこは、幻想的な光景とは裏腹にモンスターの巣窟と化しているようだった。


聖なる水撃ティンクルレイン――!」

「中級風魔法、ソニックダート――!!」


 後ろではリアとルルカが魔法を放ち、他のモンスターを一掃していた。


 入り口からここまで、ブラッドウルフやダークトロール、先の黒兎など、様々なモンスターに襲われていた。

 これまでに倒したモンスターの数はゆうに100を超えている。


「す、凄い。これがアリウスさんのギルド……。これだけのモンスターを相手にこの人数で戦えるなんて、A級ギルド……、いや、それ以上の実力があるんじゃ……」

「ふふーん。私たちもそれなりに強いですからねぇ。もちろん、最強のジョブを持っているアリウス様には敵いませんが」

「それに、俺もアリウスさんに《称号付与》してもらってから今までにない力が湧いてきて……。本当に凄いです」


 ここへ来る前に付与してやった称号の効果を実感しているのか、ポールが自分の両手をまじまじと見つめていた。

 確かに《黒影の賢狼》で共に戦っていた時よりも遥かに戦闘力が上がっている。


 ――俺自身、称号士のジョブ能力やその可能性には驚かされてるしな。


 フロストドラゴンや呪術士ガルゴとの戦闘を経て新たに称号も会得しているし、きっとクリス副長を助けることもできるはずだ。


「それにしても凄いモンスターの数だな……」


 俺も《黒水晶の洞窟》には来たことがあるが、ここまでの量ではなかった。

 明らかに異常な状況だ。


 もしかすると今日の朝、クリス副長がこの洞窟に足を踏み入れた時より悪化しているのかもしれない。

 クリス副長もかなりの実力者だったが、この状況ではかなり苦しいはず。


「とにかく今は奥の方へと急ごう。ポールは危険だと感じたら後衛からサポートしてくれ。前衛は俺が務める」

「は、はい!」


 俺たちはモンスターを撃退しながら洞窟を進んでいった。


 そうして結構な距離を進んだ頃だろうか。


 ――ズゥウウウウウン。


 腹の底に響き渡るような轟音。

 黒水晶で覆われた洞窟の壁面が激しく揺れる。


 ――これは……。洞窟の下の方からか?


「師匠、今のは……」

「……何かの戦闘音なのは間違いないだろう。グズグズしている暇は無さそうだ。確かこの先に洞窟の下層に降りる道があったはず」


 しかし今の音は、洞窟中に響くような規模だった。

 もしかするとクリス副長は何か強大なモンスターに襲われているのかもしれない。


 俺は念の為、称号士の能力を使用し選択可能な称号を確認する。


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【選択可能な称号付与一覧】


画竜点睛がりょうてんせい 【※新規】

・刺突剣技《ライトニングバッシュ》の使用が可能になります。


●閃光

・一時的に素早さのステータスがアップします。


●疾風迅雷

・《連続剣技》の使用が可能になります。


●豪傑

・筋力のステータスがアップします。


●紅蓮

・初級火属性魔法の使用が可能になります。

・中級火属性魔法の使用が可能になります。

・上級火属性魔法の使用が可能になります。

=====================================


 確認し終えた後で俺は皆に向けて声をかける。


「よし、急ごう!」


 皆が頷き、俺たちは洞窟の下層へと歩を早めた。


   ◇◆◇


「う……。申し訳ありません、クリス副長。俺たちのせいで……」

「そう言うな。今は傷の治療に専念するんだ」


 私は4人の部下の治療を行いながら声をかける。


 《黒水晶の洞窟》に足を踏み入れたのが今朝のこと。

 少人数のため疲弊しながらも、入り口から洞窟の最奥部に至るまでモンスターを掃討してきたのだが、ある時点で洞窟内の状況が一変する。

 突如として大量のモンスターが出現し、ギルドへ帰還しようとした私たちの行く手を阻んだのだ。


 モンスターの強襲を受けて負傷した部下を連れ、今は洞窟の最奥部へと引き返し、治療するための陣を敷いている。


「すまない。私の判断ミスだ」


 私が告げると部下たちは揃って首を横に振る。


「そんな、副長のせいでは……。あれだけのモンスターが突然現れるなんて、予測できないですよ」

「むしろ俺たちを守るためにクリス副長はモンスターと退けてくれて……」

「そうです。それに、もう少し待てばきっとギルドからも救援が来ますよ」


「…………ああ、そうだな」


 分かっている。

 あのレブラがすぐに救援を寄越すなどという判断をしないということくらい。


 保身を第一に考えるレブラのことだ。

 きっと「増援を送ればコストがかかる上にギルドの沽券にも関わる」などと言って、すぐには動くまい。


 ――まったく。最後と決めたクエストでこうなるとはな。


 私は考えても仕方のないことかと頭を振り、部下の治療を続けようと膝をつく。


 その時だった。


 ――ギギ、ギギギギギ。


「な、何だ?」


 きしむような音が奥の方の壁から聞こえてくる。


 そして――、


 ――ガガガガガガガッ!


「っ!」


 壁の中から現れたそれは、黒水晶で体を覆った巨人型のモンスターだった。


「馬鹿なっ!? あれはエンシェントゴーレム!」


 ――かつて《災厄の魔物》の魔力によって動いていたとされるいにしえの岩石巨人。災厄の魔物が現れていない今、何故動いている……!?


 エンシェントゴーレムは黒水晶の奥から無機質な赤い目を覗かせ、こちらへと体を向ける。


「考える暇は無し、か……」


 私は腰に付けた鞘から剣を抜き放つ。


 ゴーレムは数歩進んだかと思うと、肩を突き出し突進してきた。


 私は素早く横へと躱し、その顔面目掛けて攻撃を仕掛ける。


 が……、


 ――ギィンッ!


 剣が硬質な外殻に阻まれ、ダメージを与えることができない。


「ぐっ……!」


 攻撃を弾かれて体勢を崩した私に、エンシェントゴーレムは巨大な腕を振り回してきた。


「ああっ――!」

「クリス副長!」


 咄嗟に剣でガードしたものの、その攻撃の勢いは止まらず、私は大きく吹き飛ばされる。


 ――なんという、威力だ……。


 これをまともに喰らえば、無事ではいられない。

 そう思わせるだけの破壊力。


 私はよろめきながらも、負傷している部下たちを背に立ち上がる。


「クリス副長! 俺たちのことは捨てて逃げて下さい! クリス副長だけなら……」

「馬鹿なことを言うな」


 振り返らずに答え、私は再度剣を構える。


 ――ガガガガガガッ!


 黒水晶が擦れ合う不快な音を鳴り響かせながら、エンシェントゴーレムが眼前まで迫る。


 私は最後の力を振り絞り、ゴーレムの中心へと刺突攻撃を繰り出した。

 が、ゴーレムが割り込ませた腕によってそれは防がれる。


 ――パキィッ。


 その結果として訪れたのは無残なものだった。


 私の剣は根元から折れ、防御手段の無くなった私に向けて攻撃を仕掛けようと、エンシェントゴーレムが反対の手を大きく振りかざしている。


 ――ああ、ここまでか……。


 それは諦めるに足る光景だった。


 ――アリウス。君ともう一度話がしたかったがな……。


 振り下ろされる黒水晶の拳がやけにゆっくりと感じられ、最後の瞬間にそんなことを考えた。


 そして、エンシェントゴーレムの攻撃は眼前まで迫り――、


 ――ギィイイインッ!


 私に届くことなく、一人の少年によって受け止められる。


「大丈夫ですか!? クリスさん!」


「アリ、ウス……?」


 振り返った彼を見て私の胸にある感情が湧き起こる。


 それは安堵などではなく、やっと再会できたという場違いな歓喜だった――。




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