第28話 【SIDE:黒影の賢狼】A級ギルドは衰退へ向かう


「くっくく、ははは!」

「ク、クリス副長?」


 部下に差し出された広報誌を見て、私は思わず笑ってしまった。

 普段と違う様子に驚いたのか、目の前にいる部下が困惑した表情を浮かべている。


「すまんすまん。あまりに痛快だったものでな」

「いえ、アリウス部隊長……、正確には元ですが。あの人の活躍が知られて俺たちも嬉しいですから」

「そうか。未だに部下であった君たちにも慕われているとは、アリウスも喜ぶことだろう」


 私の執務机に広げられているのは最新号の《グロアーナ通信》だ。

 そこにはアリウスのギルドがタタラナ温泉郷の上級クエストを受注し、見事完遂したとの記事が取り上げられていた。


 しかもタタラナ温泉郷の異常気象の原因となっていたのは、あの伝説の氷竜フロストドラゴンだったのこと。

 かつて誰も倒すことのできなかったその竜を、アリウスは撃破したらしい。


「しかし、この記事を書いたパーズ・ラッセルという記者も中々粋なことをしてくれる。以前書かれた記事は恐らくウチのギルド長の画策だろうが、今回の記事で打ち消してくれたのだからな」

「ですね」


 以前刊行されたグロアーナ通信の記事。

 そこではアリウスが《黒影の賢狼》の労働環境を悪しきものにしていたというレブラのインタビューが掲載されていたのだ。


 根も葉もないデタラメな内容に、もちろん私やアリウスの元部下たちはレブラに対して激しく抗議した。

 が、レブラはグロアーナ通信側が勝手に脚色した記事だと言って聞かなかったのだ。


 そこへ今回の記事である。

 そこにはアリウスが授かったジョブが原因で《黒影の賢狼》を解雇処分となったこれまでの経緯と共に、以前の記事を訂正する趣旨の内容と謝罪が記載されていた。


 アリウスがギルドメンバーたちと仲睦まじそうにしている様子やタタラナ温泉郷の人々に深く感謝されている写真も目を引くもので、これは単なる訂正文だけを載せるよりも効果的だ。

 レブラのあの愚行はアリウスのギルドを貶めることが目的だったろうが、これでアリウスのギルドの風評も覆されることだろう。


 ……何故ギルドメンバーが女の子ばかりなのか、少し気にかかるところだが、今は置いておく。


「それにしても凄いですね、アリウス部隊長のギルド。今回の上級クエストの報告をギルド協会にしたところ、B級ギルドへの昇格が認められたとか。立ち上げからこんな早さでB級までいったギルド、これまでに例がありませんよ」

「まあ、今回の内容からすればそれも当然かもしれんがな」


 私は膝に乗せた熊のぬいぐるみ、ゴンザレスを上機嫌で撫で回す。

 まったく、人をこき使ったり貶めることしか考えていないウチのギルド長とは偉い違いだ。


「そういえばクリス副長。そろそろクエストに向かわれる時間では?」

「む、そうだな」


 今回、私の部隊に課せられたのは《黒水晶の洞窟》と呼ばれるダンジョンにおけるモンスター討伐だ。

 以前は低級のモンスターしか出なかった洞窟だが、このところ凶悪なモンスターが見られるようになってきているということで《黒影の賢狼》に白羽の矢が立つことになった。


 私はゴンザレスをはじめ、執務机に並べていた猫や兎のぬいぐるみを元いた窓辺へと戻しながら準備をする。

 それを見ながら部下が苦笑しているように見えたが気のせいだろう。


「それでは、行ってくる」

「あの、クリス副長……!」

「ん? どうした?」


 私は部下が上げた声に反応し、扉に伸ばしかけた手を止めて振り返る。


「やっぱり今回のクエスト、俺たちも一緒に……」

「いや、それはできない。君たちは他の依頼任務を命じられているだろう? 勝手に編成を動かしたとなれば君たちにもギルド長の制裁が下るかもしれない」

「ですが……。《黒水晶の洞窟》は最近妙なモンスターも出ると噂なんですよね? それなのにたったの5人では……」


 今回のクエストの人員はギルド長レブラが決定したものだ。

 未知の敵が出現するかもしれないダンジョンに挑むにしては明らかに少なすぎる編成と言える。

 人員の調整を進言したものの、レブラは「他の依頼にも人員を割きたいんだよ。それにA級ギルドとしてあまり躍起やっきになってると思われたくなくてねぇ」とかふざけたことを抜かしていた。


「あの……、俺たちクリス副長には無理して欲しくないなって思うんです」

「別に私は無理などしてないさ。今回のクエストだって果たしてみせ――」

「いえ、今回のことだけではないんです。クリス副長がギルド長にこれまで強く反抗しなかったのは、俺たち部下のためだって知ってます。クリス副長は自分が抜けたら部下にしわ寄せがいくと考えてたんですよね? でも、もう我慢しなくていいんじゃないかと……」

「……」

「俺たちも、確かに今まではこのギルドしかないって思ってました。それは家族のためにも。ですが、今なら……」


 部下の言わんとしていることは分かる。

 確かに今まではギルド長のレブラがどんなに横暴な施策をしようと、皆がそれに付き従うしかなかった。

 それは収入のためであり、家族のためであり、自分の部下や仲間のためであり。


 しかし、今なら……。いや、今こそアリウスと共に行動できるのではないかということだ。


 皆でこのギルド《黒影の賢狼》から脱退して、アリウスのギルド《白翼の女神》に移る。

 それはとても理想的なことのように思えた。


「もちろん、アリウス部隊長が受け入れてくれるかは分かりませんが。俺たちはもうこのギルドを抜ける覚悟はできています! だからクリス副長も……」

「そうか、そう言ってくれるか……」


 部下が力強く頷く。


 確かに、私がこのギルドに残っていたのは部下のことが気がかりだったからだ。


 ――その憂いが断たれるのであれば、もういいか……。


 そんなことを考える。


「ありがとう。考えておく。もちろん、君たちも自由にするといい」

「はい。お気をつけて、クリス副長」

「ああ。行ってくる」


 私はそう言って、黒水晶の洞窟へと向かうため扉を開く。


 ――そうだな。これをこのギルドで最後の仕事にしても良いかもしれない。そうすればまた君と……。


 後ろ手で扉を閉めた後、私はアリウスに思いを馳せて一つ大きく息をついた。

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