第27話 称号士と呪術士ガルゴの戦い


「よもや、私の操るフロストドラゴンをこうもたやすく倒すとはな。アリウス・アルレイン」


 フロストドラゴンを撃墜し、俺は黒いローブの男と対峙する。


「さあ、答えてもらうぞ。お前は何の目的でこんなことをしている?」

「良かろう。但し、私に勝てたら、だ」

「……っ!」


 そこで男はフードを上げ、初めてその素顔を晒した。


「赤い瞳……」


 男の髪色は燃えるように赤く、その奥からは髪色と同じく赤く鋭い眼光が覗いていた。


「お前、この大陸の人間じゃないな……?」

「ほう。よく分かったな」


 このグロアーナ大陸ではない別の大陸に、赤い瞳を持った種族がいると書物で読んだことがある。

 確か名前を赤眼族と言う。

 赤眼族は例外なく高い身体能力を持ち、戦闘で右に出るものはいないと言われていた種族だ。


 しかし――、


「何故だ? 赤眼族は100年前に絶滅したとされているはずだ」


 100年前。

 災厄の魔物である漆黒の竜が顕現したと言われている年だ。

 その漆黒の竜が赤眼族を滅ぼしたと、伝承ではそう伝えられているが……。


「その通り。確かに私たち赤眼族はかつて黒き竜によって滅ぼされた」

「お前はその生き残りなのか?」

「ククク。まあ、そういったところか。……さあ、そろそろお喋りも飽いた。ゆくぞ……」


 赤眼の男が手を掲げると、その両脇から小型の黒い渦が出現する。

 男はその渦の中に手を入れ、抜く。


 その手に握られていたのは白と黒の柄が施された双剣だった。


「シッ――!」

「っ!」


 赤眼の男が地面を蹴り、俺の眼前まで迫る。

 それと同時に双剣を逆手で構え、俺に向けて斬りつけてきた。


 ――っ、疾い。


「アリウス様っ!」

「称号付与、《閃光》――!」


 俺は即座に素早さを上昇させる称号閃光を付与し、バックステップで回避する。


「今のを躱すか。む――」


 今度は赤眼の男が後ろに跳躍し距離を取った。

 男のいた位置には上空からリアが放った水撃魔法が突き刺さる。


「ああん、惜っしい!」

「そういえば女神もいたのだったな」

「そういえばとは何ですか、そういえばとは!」


 立て続けにリアが旋回しながら水魔法を放つが、男には命中しない。


「さすがに二対一は分が悪いのでな。女神には大人しくしていてもらうぞ」


 男が双剣を顔の前で交差させながら何か唱えると、リアの周囲に複数の黒い渦が現れる。


「これは……、ブラッドウルフやリビングデッドの時と同じ――」

「ククク。そらっ!」


 赤眼の男が言って、案の定リアを囲んだ黒い渦からはモンスターが現れる。

 翼竜、ワイバーンだ。


「ちょわっ!」


 ワイバーンの大きさは小型だが、数が多い。

 突如現れたワイバーンの攻撃をリアは上手く回避していたが、あれではこちらのサポートをするのは難しいだろう。


「リア、そっちは頼む! この男は俺が倒す!」

「かしこまりました! お願いします!」


 俺は赤眼の男に視線を戻し、剣を構える。


「フッ。そう簡単にいくかな?」

「やってみせるさ。――ハァッ!」


 今度は俺が男の元まで駆け、剣撃をお見舞いする。

 赤眼の男が俺の攻撃をいなしつつ、下方から双剣による攻撃を繰り出してきた。


 回避し、上段斬り。

 更に返してきて剣でガード。


 そんな一進一退の攻防が続き、俺は機を窺う。


「むっ――!」

「今だっ!」


 男が雪に足を取られた一瞬の隙を見逃さず、俺は瞬時に《閃光》と《疾風迅雷》の同時称号付与を試みた。

 そしてそのまま、《閃光》でアップしたスピードに乗せて連続剣技を繰り出す。


「三連続剣技、《トリプルアサルト》――!」


 体勢を崩した男の胴に、瞬速の剣撃が決まる。


「ぐっ、おおおおお!」

「どうだ――!?」


 しかし、確かに捉えたはずの俺が覚えたのは、虚空を斬ったような手応えの無さだった。

 男は片膝をついているものの、その体からは血も流れていない。


「やるな……。やはりこの姿では勝てんか……」

「……どういうことだ?」


 俺が男に問いかけた時、後ろから声がかかる。


「お兄ちゃん!?」

「師匠っ! これは一体!?」


 見るとルコットやルルカが駆け寄ってくるのが見えた。


「さすがに魔道士まで出てこられては多勢に無勢だな。仕方ない。ここは一旦退くとしよう」

「待てっ! お前は一体……」

「私の名はガルゴ・アザーラ。赤眼族の遺した最後の呪術士だ」

「最後の、呪術士……?」


 ガルゴが双剣を収めると、その体が霧のように揺れて消え始める。


「ちょっと! アリウス様に敵わないからって逃亡ですか!? 男らしくないですよ!」

「ククク。慌てるな女神よ。それにアリウス・アルレイン。いずれ貴様とはまた相見あいまえよう。レブラもお前には執着しているようだしな」

「レブラが……? お前はレブラと手を組んでいるのか?」


 俺は唐突に出された《黒影の賢狼》のギルド長レブラの名に反応する。


「勘違いするな。あの下衆は私にとってただの駒に過ぎん。じきに分かるさ。じきに、な。フフフ……」


 赤眼の男、ガルゴはそれだけ言い残し、霧散するかのように消えていった。


「謎だけ残して消えてくなんて、まったく怪しい奴ですねぇ」


 ガルゴが消えるのと同時に、召喚されていたワイバーンも消えたらしく、リアが地上に降り立ち憤っている。


「師匠、一体何があったのです?」


 ルルカとルコットは大きな音を聞きつけて宿からここまで来たらしい。

 恐らくフロストドラゴンと戦闘していた時の音だろう。


 ガルゴとの戦闘中は夢中で気付かなかったが、いつしかタタラナに降っていた雪も止んでいた。


 俺はルルカとルコットに状況を掻い摘んで説明する。


「なんと、そんなことが……。すいません師匠。大変な時に」

「いや、仕方ないさ。それに元はと言えばそこにいる女神様のせいだしな」

「リアのせい? ………………あ」


 ルルカはそれで昼間の温泉酒風呂事件を思い出したのか、一気に赤面する。


「そういえば、もう酔いは覚めたか?」

「オ、オカゲサマデ」

「大丈夫か? ルルカ」

「ヘ、ヘイキデスヨ?」

「……」


 そこまでぎこちなくされると俺まで恥ずかしくなってくるんだが……。


 その後、今回の件の依頼主であるブラス地区長やタタラナの住人たちが集まってきて、異常気象の原因を突き止め解決したことを明かすと、色んな人からこちらが恐縮してしまうほどの感謝を告げられることになった。


「ガルゴ・アザール……。また戦うことになるんでしょうね」


 タタラナ温泉郷の人たちが歓喜に震える中、リアが珍しく真面目な顔をして呟いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る