第10話 称号士の帰郷
「おう、アリウスじゃねえか! って誰だそのお嬢さんは!?」
「アリウスくんお帰り! どうしたの、その女の子!?」
「アリウス兄ちゃんだー! え、誰そのかわいい子!?」
俺の故郷、エルモ村に到着すると面々からそんなお言葉をもらう。
背中には相変わらずリアが乗っかっている。
まあ、そういう反応になるよな……。
「ふふ、アリウス様の妹さん。ルコットさんでしたっけ? 会うの楽しみです」
溜息をつく俺とは対照的に背中のリアはやけに嬉しそうだ。
とりあえず夜も深くなってきたので妹、ルコットのいる家に行くことにした。
家の扉の前まで来てノックをする。
「はーい」
可愛らしい声の後にゆっくりとした足音が聞こえ、扉が開く。
――良かった……。今日は立ち上がれるくらいには元気そうだ。
「ただいま、ルコット」
「お兄ちゃん! …………って、ええっ!?」
俺の顔を見て明るく弾けたルコットだったが、俺が背負っているリアに目を向けて素っ頓狂な声を上げる。
黒く綺麗な髪の奥に困惑した表情が浮かんでいた。
「初めまして、ルコットさん。私、リアと申します!」
俺の背中からリアが快活に挨拶をする。
そろそろ降りてほしいんだが……。
ルコットは俺とリアの顔を交互に見て、目をゴシゴシとこすっている。
そして目を開けて、
「ええっ!?」
もう一度素っ頓狂な声を上げた。
***
「もー、ビックリしたよ。お兄ちゃんに彼女ができたのかと思っちゃった」
――シュッ。
「ああ。だから俺とリアはそんな関係じゃないって」
「うんうん。でも、お兄ちゃんはずっとお仕事ばっかり頑張ってたし、それでも私は嬉しかったんだけどなぁ」
――シュッ。
「そういえば、リアさん、でしたか? お兄ちゃんとはどのようにして知り合ったんです?」
「え、えと……。私が困っていたところをアリウス様に助けていただいて――」
「へぇー、アリウス
――シュッ!
(……あの、アリウス様?)
リアが小声で俺に話しかけてくる。
(なんだ?)
(どうしてルコットさんは包丁を研ぎ続けているのですか!? 怖いんですが!)
(ああ。きっと手持ち無沙汰でやっているだけだよ。ルコットは人見知りなところがあるからな。緊張してるんじゃないか?)
(そ、そうなのですか?)
「さてと……」
ルコットは包丁を手にしたまま振り返る。
「ヒッ……!」
「これで準備できました」
「じ、準備って、何のです……?」
「ふふ。お兄ちゃんの連れてきたお客様ですからね。料理を作らないと」
「ほ、ホントに?」
ルコットはとてもにこやかな笑いを向けていた。
長い黒髪を後ろで一本に束ねエプロンを付けている様は可愛らしいのだが、まだ包丁は持ったままである。
ソファーで俺の隣に腰掛けている女神様はビクビクだ。
仕方ない。
「なあ、ルコット。リアが怖がってるから包丁を置いてやってくれ」
「あ、これは失礼しましたリアさん」
俺の言葉で、ようやくルコットは包丁を置く。
まったく、人見知りなのも困ったものだ。
その後、俺たちはルコットの振る舞ってくれた料理をいただくことになった。
「ルコットさんの料理、美味しいです!」
「ふふ、そう言っていただけて何よりです」
リアは始めこそビクビクしていたが、ルコットと話すにつれて徐々に収まってきたらしい。
ちなみに俺とリアの出会いについてそれとなく話したが、女神であることは念のため伏せておいた。
「そっか。お兄ちゃんはギルドをクビになっちゃったんだ……」
「でも、それは全てあの糞ギルド長が悪いんです! アリウス様はとーっても強いのに」
「……それでリアさんは、お兄ちゃんのギルド立ち上げに協力してくれてるってことなんですね?」
「そうですね。アリウス様みたいな方が理不尽な仕打ちを受けるのは納得いきませんでしたから」
それを聞いてルコットはリアに対して頭を下げる。
「本当にありがとうございますリアさん。正直言うと最初はお兄ちゃんが悪い女の人に騙されてるんじゃないかって、ちょっぴり思ってしまいました」
「いえいえ。誤解が解けたようで何よりです」
「でも、あんまりお兄ちゃんをたぶらかしちゃ駄目ですよ? お兄ちゃんは私以外の女の人に免疫がほとんどないんですから」
ルコットは可愛らしく「めっ」という感じで言う。
しかし始めの印象が強すぎたのか、リアは恐々としながら頷くばかりだ。
「それで、お兄ちゃんたちは依頼のあったモンスターを倒しに行くんだよね?」
「ああ。今日は夜も遅いからな。明日にしようと思ってるが」
「村長さんたちは気にし過ぎだと思うんだけどね。実際にモンスターを見た人がいるわけじゃないし」
「まあまあ。村長もそれだけこの村のことを考えてくれてるんだよ」
ルコットの話によれば、このエルモ村の近くでモンスターの痕跡が見つかったらしい。
どんなモンスターなのかも不明だが、その痕跡から大型のモンスターのものに違いないだろうということだ。
「ま、どちらにせよ明日になってからだな」
俺はソファーを立ち上がる。
「それよりルコット。今日はまだだろ?」
「ああ、うん。そうだね」
「……?」
リアは俺たちのやり取りの意味がよく分からないといった様子だ。
まあ、この機会に見てもらうのもいいだろう。
「早速始めよう」
「うん。分かったよ、お兄ちゃん。優しくしてね」
「それじゃ、まず服を脱いで。ああ、リアも手伝ってくれないか?」
俺の投げかけに、一瞬ぽかんとした顔を浮かべるリア。
そして――、
「え、えぇえええええ――っ!?」
小さな家に絶叫が響き渡るのだった。
***
「ったく、何を勘違いしてるんだ」
「びっくりしました……。もしかしてお二人がそういう関係なんではないかと……」
「んなわけないだろうが」
俺は湯を用意しているリアを尻目に大きく溜息をつく。
どうやらこの女神様は俺と妹が良からぬ関係にあるんじゃないかと勘違いしたらしい。
「もう一度言うが、ルコットの病気の治療のためだ。それ以上でもそれ以下でもない」
俺はリアの準備した湯に王都で調達してきた薬草を浸ける。
これ一本でもかなり上等なものだが、妹の病気のためだ。背に腹は代えられない。
「お兄ちゃん、準備できたよ」
「ああ、それじゃそこに座って」
俺が促して、上着を脱いだルコットが背を向けて座る。
ちなみに前はタオルで隠してもらっていた。
俺の目の前にルコットの背中が晒される。
そして、その背中には黒い蛇のような模様が刻まれていた。
「……あ」
リアが小さく息を呑む。
――そう。これが妹の病気の正体だ。
発現したのは今から数年前。
高級薬草を染み込ませた湯を塗ればいくらかは楽になるものの、酷い時には激痛で立ち上がれないくらい調子が悪い日もある。
今日などはかなり快調な方なのだ。
ルコットの病状は手紙などのやり取りによって注視していたが、調子が悪い日の頻度は年々高まってきている。
病気の進行を示すかのように、ルコットの背中にある黒い蛇の刻印は日に日に濃くなっていた。
この病気を治す方法が見つかれば良いのに。
そんなことを何度思ったか分からない。
「なるほど。そういうことですか」
「……?」
ルコットの背中に薬草の湯を塗っていると、後ろでリアが呟くのが聞こえた。
処置を終えた後でルコットは着衣を済ませるために自室へと向かう。
――さて、そろそろ俺も休むか。
そんなことを考えていると、リアがパタパタと寄ってくる。
そして、
「アリウス様ぁ! 夜のデートに行きましょ、夜のデート!」
そんなことを
この女神は何を言っているんだろうか。
「お前な、もう遅い時間なんだぞ。村の案内なら明日付き合ってやるから」
「やーですぅー。今行きましょ! ほらほら!」
「ちょっ――」
そう言ってリアは俺を無理矢理に玄関の方へと引っ張り出す。
まったく、何を考えてるんだ?
「ルコット、少し出てくる!」
「ええ? こんな時間に!?」
部屋の中からルコットがそんな反応を返すのも当然だろう。
そして、俺はリアに押し出されるようにして家を出た。
「お前なぁ――」
文句の一つでも言おうとして、先を歩いていたリアに声をかける。
しかし、リアが振り返って言った言葉は予想外のものだった。
「――アリウス様、あれは《呪い》です」
「え……?」
普段のリアとは雰囲気が違う。そんな表情。
その蒼い目は至って真剣だ。
月明かりに照らされるその様は神秘的だとすら思えた。
「呪いって、どういう――」
「ルコットさんの背中にある黒蛇の刻印のことです。あれは単なる病気ではありません」
「ほ、本当に……?」
今までルコットの刻印は何人もの専門家に
しかし、高位のヒーラーや神官のジョブを持つ者でもルコットの背中の刻印のことは分からないと言っていたのだ。
リアは……、目の前にいる女神様は、それが《呪い》なのだと言う。
「アリウス様が知らないのも無理はありません。あれは太古に存在したとされる【呪術師】のみが使う禁呪によるものなのですから」
「……呪術師?」
「はい。人の道を外れた者に発現するとされる、禁忌のジョブです。もっとも、私が女神になる前のことでしたし、今の時代では失われているジョブのはずですが。その呪術師のジョブを持つ者が使う禁呪に、あのような黒蛇の刻印を施す呪いがあるのです」
リアが告げる言葉に俺は息を呑む。
「そんなものがルコットに? どうして……」
「すいませんが、そこまでは分かりません。ただ一つはっきりしていることは、あの呪いが進行すれば、ルコットさんの命は無いということです」
「――っ!? そんな……!」
リアの言葉で真相を突きつけられる。
嫌な予感はしていた。
年々濃くなっていく黒蛇の刻印。
明らかに不吉を思わせるそれが何を意味しているか。
そんなことを考えたことが無いわけではなかった。
けれど……。
――そんな……、そんなことってあるか?
ルコットはまだ14になる歳だ。
まだ、これからのはずだ。
まだこれから、色んなものを見せてやりたい。
そう、思っていたのに……。
――どうにか、ならないのか……?
俺は藁にもすがる思いでリアを見る。
リアが浮かべていたのは、柔らかい笑顔だった。
「大丈夫です。アリウス様」
リアは一度言葉を切り、そして告げる。
「アリウス様の【称号士】の能力を使えば、あの刻印を打ち消すことが可能です」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます