第9話 称号士と黒いローブの男


「フフフーン、フンフフーン♪」


 グラグラと揺れる馬車の中、隣でリアが鼻歌を歌っている。

 上機嫌な女神様と俺の距離は肩が触れるくらいに近い。


「……なあリア。少し近くないか?」

「えー? だってこれだけ荷物満載ですし、仕方ないですよ」

「そうだろうか?」

「そうですよぅ」


 キール協会長との勝負に勝って、めでたく……、と言っていいかはわからないがC級ギルドとしてスタートすることができた。

 そこで提示された初依頼は俺の生まれ育った故郷、エルモ村での大型モンスター討伐依頼。

 故郷の村が危機に瀕していると知った俺は即決でその依頼を受けることを決めた。


 そうして今はリアと二人でエルモ村に向かうため、行商人の馬車に乗せてもらっている。


「ところで、何でそんなに上機嫌なんだ?」

「エルモ村には妹さんがいるんですよね? アリウス様の妹さん、どんな方なのかなぁと思って」

「妹……、ルコットは至って普通の子だぞ。あんまり変な絡み方するなよ?」

「ルコットさんって言うんですねー。アリウス様の妹さんですし、きっと可愛いんでしょうねぇ」


 俺の妹だからってどういうことだろうか……。

 実際ルコットは少し……、いや、かなり可愛いとは思うけど。


「これでアリウス様のご家族にも挨拶ができますね。もしかしたら恋人に間違えられたり? フフ、ンフフフフフ」

「おい」


 リアはまたしても自分の世界に入っているようだ。

 怪しい笑みを浮かべるさまは、とても女神には見えない。


「そういえば、何であの依頼を引き受けてくれるギルドがいなかったんでしょうね? モンスターの討伐依頼なら普通に受け手もいそうな気がしますが」

「たぶん、報酬の問題だろうな……。依頼書を見せてもらったが、大型モンスターの討伐が絡む依頼とは思えないほど安かった」

「ああ、なるほど……」


 エルモ村は俺がいた時から貧困に苦しんでいた。

 だから、今回の依頼に適切な報酬が設定できなかったんだろう。


 俺を解雇処分にした《黒影の賢狼》のギルド長レブラも拝金主義だったからな。

 レブラなら低報酬の依頼はまず受けないだろうが……。


「それでもアリウス様は依頼を受けた、と」

「……? 当たり前だろ?」

「へへへー、やっぱりアリウス様は素敵です」


 リアがにへっと笑う。

 そして、こともあろうか、俺の腕に抱きついてきた。


 ――いや、何で!?


 腕に柔らかい感触がして、それが何かなんてことは明らかで、肩が触れている時とは比べ物にならないほどに緊張してしまった。


「お客さーん、もう少しでエルモ村に着きやすぜー」


 ナイスタイミングで御者台の行商人から声がかかる。


「…………チッ」


 おい、舌打ちしなかったかこの女神様。


 ……まあいい。

 とにかく、降りる準備をするか。

 そうしてリアを引き離そうとして――、


「おわあああああ!」


 行商人が悲鳴を上げて、馬車が急停車した。


「きゃあっ!」

「わっ、とと……!」


 俺は咄嗟に倒れかかったリアを抱きとめる。

 さっきよりも密着する形になったがそれどころじゃない。


「リア、大丈夫か!?」

「……行商人さん、グッジョブ」

「……」


 大丈夫そうで何よりだ。

 とにかく今は状況確認をしないと。


「どうしたんです?」

「あ、ああ。あれを見てくだせぇ」

「……あれはっ!?」


 見ると、街道の真ん中に黒い渦のようなものが出現していた。


 ――リアと会った時、ブラッドウルフが出現した渦だ……。


「たぶん、またモンスターが出てきますね……」


 真面目モードに戻ったリアが俺の隣で呟く。

 案の定、黒い渦の中心からはモンスターの気配が感じ取れた。

 俺は愛用のショートソードを手に取り、リアと一緒に馬車から飛び出す。


「行商人さん、ここまでで結構です! 俺たちが何とかしますのであなたは逃げてください!」

「か、かたじけねぇ。ご武運を!」


 さて、鬼が出るか、蛇が出るか……。


 俺は剣の切っ先を黒い渦の中心へと向けて構える。

 そして――、


 ――コカカカカカ。


 黒い渦の中心から現れたのは黒い瘴気に身を包んだ骸骨兵リビングデッドだった。


 数はおよそ10。

 リビングデッドは邪気の集合体とされるアンデッドモンスターだ。

 頭蓋を砕かない限りは永遠に動き回るとされていて、討伐依頼を受けることができるのもB級以上のギルドに限定されている危険なモンスターだったはず。


 しかし――、


「こんな街道に現れるモンスターじゃないんだけどな……」

「アリウス様、私たちの愛の力でこんなモンスターども蹴散らしちゃいましょう!」


 一言多い気がするが気にしない気にしない。


「いくぞっ!」


 俺は最も近いところにいたリビングデッドに向けて突進しながら剣撃を見舞う。

 ショートソードが頭部を捉え、頭蓋を粉砕するとそのリビングデッドは塵となって地面に崩れた。


 ――コカカカカカッ!


 その一撃を見て脅威と感じ取ったのか、散開していたリビングデッドが素早く一箇所に固まる。


 ――これに突撃するのは避けた方がいいか。


 と、背後でリアが動くのを感じる。


「ふふーん、私だってアリウス様のお役に立ちますよぉ!」


 背中から翼を生やして飛翔するリア。

 リビングデッドの上空に位置すると、両手を広げて魔法を唱え始める。

 普段の言動がアレだったから意外に感じたが、そこだけ見ると神々しくて何とも女神っぽい。


「女神の力、パート2! 聖なる水撃ティンクルレイン――!」


 リアが唱えると、光の雨がリビングデッドたちの頭上に降り注ぐ。


 ――コカッ!?


 雨に打たれるとリビングデッドたちの動きが目に見えて鈍った。

 あれはどうやらアンデッド属性のモンスターに有効な聖属性の効果を持つ魔法らしい。


「いまでーす、アリウス様。やっちゃってください!」


 リアの声に反応し、称号士のジョブ能力を使用。

 青白い文字が目の前に表示させる。


=====================================

【選択可能な称号付与一覧】


●豪傑

・筋力のステータスがアップします。


●紅蓮

・初級火属性魔法の使用が可能になります。

・中級火属性魔法の使用が可能になります。

・上級火属性魔法の使用が可能になります。

=====================================


「称号付与! 《紅蓮》っ!」


 そしてすぐさま動きの鈍っているリビングデッドに向けて上級火属性魔法を放った。

 リビングデッドたちの足元から業火が立ち上り、その火柱は全てを飲み込んでいく。


 ――コカカカカァッ!!


 断末魔なのか分からない悲鳴が収まると、そこにいたリビングデッドたちは全て消滅していた。

 頭蓋とか関係なしに全て焼き尽くしてしまったらしい。


「やったぁ! さすがアリウス様!」


 そうして地上に降りてきたリアと健闘を称え合う。

 どうにか撃退できたようだ。


 しかし、ブラッドウルフの時に続いてここでも黒い渦か……。

 モンスターが発生する黒い渦の話なんてギルドにいた頃から聞いたことがない。


「アリウス様、あれ……」

「え?」


 俺はリアの指差した方を見やる。

 いつからいたのか、そこには黒いローブを纏った男が立っていた。


 ――何だ、コイツは?


 黒衣に身を包んだ男はフードを目深に被り、その顔色は窺えない。

 しかし、不気味な雰囲気を放つその様子から俺は構えを解けずにいた。


「称号士に女神、か……。これは面白い。ククク……」

「……」


 剣を握る手に力を込める。


「そう焦るな、まだ戦う時ではない。いずれ、な。フフフ……」


 男はそれだけ言い残すと、体を黒い霧のようなものに包んで消えてしまった。

 何も無くなった街道を見つめ、俺は剣の構えを解く。


「……何だったんだ?」

「うーん、気味が悪いですねぇ。大体ああいうのって何かの黒幕なんですが……」


 リアもまたよく分からないことを言っている。


「……念のため後で王都に戻った時、ギルド協会のキールさんに報告しよう。今はエルモ村に向かわないとな」

「そうですね。とりあえずはアリウス様の故郷に――」

「……? リア、どうした?」


 リアが一瞬何かを閃いたような顔をして考え込んでいる。

 嫌な予感がした。


 そして、


「ああー、何てことでしょうー。さっき使った女神の力でまた魔力切れを起こしてしまったみたいですー。このままでは歩けそうにありませんー」

「おい」


 リアは力無さそうに地面へとへたり込む

 絶対に演技だろ。


「アリウス様ー、すいませんが私のことおんぶしてくださいー」

「はあっ?」


 何度か問答を繰り広げた後、結局もう暗くなるからということで俺の方が折れた。

 俺は仕方無しにリアを背負う。


「んふふー。すいませんアリウス様」


 久々の故郷への帰郷は、女神様を背負いながらというよく分からないものになるようだ。


 俺は溜息を漏らしながらも、先程出会った黒いローブの男のことが頭から離れなかった。


 ――あの雰囲気、人というよりモンスターに近い気がしたが。気のせいか?


 ――それに、モンスターが出現するあの黒い渦……。今年の暮れに現れるという《災厄の魔物》と関係があるのか?


 考えても答えは出そうにないので、俺はリアを背負いながらエルモ村へと向かうことにする。


「ふんふん。なるほどなるほど」


 リアが俺の背中で何か呟いていたが、何がなるほどなのかは分からなかった。


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