第30話 枢機卿

「金狼の双爪!」「銀狼の重拳!」


「リパルションシールド」


 アルケスティスへと襲い来るカナイロとギンイロによる金と銀の色を纏った攻撃が届く寸前、アルケスティスが何かを呟いた途端二人の攻撃は弾かれ、色はその場に残る様に霧散し大きく吹き飛ばされる。


「ちぃ!なんなんだあの防壁は!」


「分からへん!けどっ!」


岩檻陣カビアサグスム!ノーちゃん!」


「縛り上げろ!」


 二人が吹き飛ばされ、アルケスティスの周囲を囲う半透明の防壁がチカチカと点滅したのを見たルシィーナは、岩の檻でアルケスティスの退路を断つ。

 そこへ白い蛇へと変わったノートゥーンの腕がアルケスティスを囲い込み、ひと鳴きすると四方からアルケスティスを縛り上げようと一息に取っていた距離を縮める。


「1箇所じゃなく全方位からなら!」


「無駄である」


「ぐっ!」


「ノーちゃん?!」


(僕は大丈夫!でも暫く大人しくする!)


 しかしその蛇がアルケスティスの体へと至る直前にバヂンという音が鳴り響き、衝撃の逃げ場を無くしたノートゥーンの蛇となった腕は血飛沫を上げながら弾け飛び、片腕を失ったノートゥーンはルシィーナへテレパシーを飛ばしつつ大きく後ろへと下がる。


(ノーちゃんは暫く戦闘不能、あの2人もさっきの防壁に弾かれたダメージがある……ならここは──────)


「他を気にしてる暇があるなら、己の心配をすべきだ」


「くっ……!せあっ!」


 ノートゥーンの方へと一瞬だが目をやり、どうするか考えたルシィーナの懐に潜り込むように迫ってきたアルケスティスの掌底を、何とかすんでのところでルシィーナはブレード部分で受け止める。

 その掌底の衝撃がまだ残ってる中、ルシィーナは追撃を防ぐべく無理矢理その掌底を受け止めた剣を振り抜き、弾き飛ばしたアルケスティスへとノートゥーンが態勢を立て直す為の時間を稼ぐべくブレードロッドを肩に担いで迫る。


「舐めたマネを、穢れた術士の癖に迫って来るか!」


「っ!岩盾陣サグストゥム!はぁっ!」


(三人が立て直す時間を稼ぐっ!)


「ほぅ、近接戦は拙いが術を織り交ぜてくるか。厄介だな」


 追撃を加えたルシィーナはブレードロッドを大きく振ってアルケスティスを牽制しつつ、その攻撃の隙を着いてきたアルケスティスの攻撃を術によって防いでいた。

 しかし魔術を織り交ぜながらとはいえ、慣れない近接戦にルシィーナが押され始める。だがそこで──────


「すまん変わるで!」


「助かったぜお嬢ちゃん!」


「カナイロさん!ギンイロさん!」


「ふむ、先程と比べて一撃が軽い。もう休んで居た方が身の為ではないかな?」


「ハハッ!さっき全力で殴って腕が痺れたからな!少し手加減してんだよ!」


 大技を弾かれた反動から回復した二人が、岩の盾でアルケスティスの攻撃を防いだルシィーナの後ろから現れると、アルケスティスに攻撃する隙を与えないよう波状攻撃を仕掛け始める。

 その隙にルシィーナは後方へ下がると、ノートゥーンの様子を確認する。


「ノーちゃん!怪我は?!」


(大丈夫。問題ない)


「良かった。お二人共!下がってください!四方岩壁陣サグスムルズ・クヴァル!」


 ルシィーナの声に合わせ後方へと二人が飛び退ると、アルケスティスの四方に岩壁が作られ、一時的にだがアルケスティスの動きを封じる事に成功する。


「でっかい岩の壁やなぁ……」


「時間稼ぎか。正直助かった」


「ノーちゃんも腕を回復させたので仕切り直しにと思いまして。それでお二人、手応えはどうでしたか?」


「ダメやな。見てたと思うけど、ギンイロと大技ぶち込んだのにあの防壁ビクともせーへん」


「俺らと同じ能力ならば、そんなに連続使用は出来ないはずなんだがな」


 そしてアルケスティスの動きが封じられているこの隙に、四人はアルケスティスの防壁に対する最初の作戦であった「とにかく殴って壊せないか試す」の結果について話し合い始める。


「そっちはどうだ?何か観察してて分かったか?」


「一つだけなら、確実じゃないけど分かった事があります」


「「おぉ」」


「私がブレードロッドで攻撃しながら魔術で攻撃を防いでた時、あのアルケスティスって人は私の攻撃を防壁で受け止めるんじゃなくて回避してきた。これってつまり防壁を張りながら攻撃は出来ないんじゃないかなと思います」


「攻撃と防御は一緒に出来ない……なるほどなぁ。つまりアイツがウチらに攻撃して来る時があいつの弱点って訳なんやな」


「なら上手いことあいつをあの神座から引き離している内に足止めすれば、その隙に神座を崩せるな」


「その作戦でいいと思います。……ただもしかしたら──────」


 ギンイロの立案した作戦に同意しながらもアルケスティスの能力について考えていたルシィーナが何かを言おうとした途端、ルシィーナの作った岩壁が粉々になって砕け散る。


「ここは戦場だ、幾ら足止め出来たとてそんな悠長に話している暇があるのかね?」


「もう出てきたか……どうする?」


「……相手は1人です!二手に別れて神座へと行きましょう!ノーちゃんはカナイロさんと一緒に!」


(それでシィー、僕は何をすれば?)


(合図するまでカナイロさんからほんのちょっと距離を取った位置で立ち回らせて!)


(了解!)


 壁の中から出てきたイオンを前に、一瞬だけ考え込んだ後指示を飛ばしたルシィーナを見て、ノートゥーンはテレパシーで作戦を聞くと言われた通りカナイロについて行く形で行動を開始する。


「フンッ、小癪な。ならば先ずは術士の方から処理してくれよう!」


「それをっ!」


「待っていたっ!」


 そう言うが早いかまっすぐアルケスティスへと向かうルシィーナとギンイロの前に立ち塞がり、拳を振りかぶったアルケスティスへルシィーナが合わせるよう振るったブレードロッドと空いた腹部へとギンイロの拳が襲いかかる。

 だが──────


 ガァン!


「んなっ?!」


「攻撃中、それも回避した後なら防壁は無いと思ったか?」


 ギンイロの拳とルシィーナのブレードロッドはアルケスティスの防壁に防がれ、それに驚いていたギンイロはそう言ったアルケスティスに殴り飛ばされ、ルシィーナもブレードで受け止めたものの大きく後ろに吹き飛ばされる。

 そしてその2人に今度はアルケスティスが追撃を加えるべく一気に距離を詰めてくる。


「さぁ、これでまず2匹だ!」


「クソっ!」


「やっぱりダメだったかっ!でもっ──────」


(本命はこっち!ノーちゃん!)


「背部変容「背棘グラーキ」!」


「ぐぅあっ?!なっ、何がっ!」


 吹っ飛ぶ二人へ距離を詰めたアルケスティスがノートゥーンの腕が弾け飛び、血が撒き散っていた場所へ差し掛かった途端、その血から数多の棘が飛び出し、アルケスティスの体を貫く。


「そんな驚かないでよ。たまたまお前が上を通り過ぎようとしたその血溜まりが「本体」だった、というだけなんだから」


「貴様……化け物、か…………」


「化け物とは人聞きの悪い。僕はお前達が神と崇める存在と同族なのに」


 頭以外の全身を貫かれ、驚愕した顔で口からドボドボと血を流しながらそう尋ねたアルケスティスに、血溜まりから元の姿へと戻ったノートゥーンはそう答える。


「そう……か…………何処で、我の能力に……気づいた……」


「貴方の能力の正体は分かりませんでした。ですが、貴方が防壁を張っていたのは「攻撃をしてない時」もしくは「動いていない時」でした。なのでノーちゃんが血溜まりの方を本体にしてるってわかった時、そのタイミングを両方狙えるこの作戦を思いついたんです」


「なる、ほど……な…………次、は……気をつけさせて……もら………………」


「……命は1つなんですから。次なんて、ありませんよ」


 ノートゥーンの棘に刺されたまま地面に放り投げられていたアルケスティスが、ぐったりと息絶えたのを見送ったルシィーナは一言そう言い放つ。


「おい!四人共大丈夫か?!そっちに枢機卿が……って、え?妹ちゃんが二人?」


「二人じゃないよ、こっちが本体。元通りになるからちょっと待ってて」


「……なぁ、本当にこいつら人なのか?」


「…………竜……やったしなぁ……」


「だとしてもだろう……これは」


「三人とも何か言ってた?」


「「「イエナニモ」」」


「っとそうだ、無事に問題の枢機卿は倒せたみたいだな。他の信者やら教皇はまだ誘導部隊の方で抑えられてる、神座を崩すなら今しかない」


 カナイロと一緒に居た分体の方と合体して服を着直したノートゥーンは、そう言ってくるバギーに頷き返すと静かになった広間の中央にある氷塊へと手をかざす。


「ここから、ここからがやっと僕の目的への第1歩だ」


 そして─────


「さぁ、目覚めろ!」


 バキンと何かが壊れた様な音が響き渡り、続いて崩れ始めた氷の中より一対の巨大な翼と強靭な四肢、そして長く伸びる尻尾をまるで氷の様な青色の鱗で覆った竜が姿を表した。

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