第2話 冒険者

「おいおい」「なんだあれ……」「うそだろ?」「もう見えねぇよ……」「あの体のどこに……」「いいなぁ」「勝てねぇ……」


「あの……私が言うのもあれですが、お財布大丈夫ですか?」


「はははっ、一応俺がパーティーで財政管理していたからな。五人分の金があるから大丈夫だ。大丈夫な……筈だ」


「〜♪おかわりっ!」


 あんなに尻尾振っちゃって……気が緩んで元に戻らないといいんだけれど。


 港湾都市のそこそこ賑やかな酒場の一角、人が囲む机の奥で皿に囲まれたノートゥーンを見ながら、ハグラァドとルシィーナはそうボヤいていた。


「その、ハグラァドさん。ノーちゃんがご飯食べ終えるまで時間かかりますし、少し他大陸のお話しなんか聞かせてもらってもいいですか?」


「ん?あぁ、勿論良いとも。だが君たちは旅人と言っていただろう?俺よりも詳しいんじゃないか?」


「あの時はまだ信じきる訳にも行かなくてそう言ったんですけど、実は数日前にあの子と旅に出たばかりなんです」


「女の子2人で?いや、確かに妹さんは強かったが……」


「……本当は私達の村は1週間程前に魔物の襲来で壊滅しかけまして、村と共倒れにならない為に私達だけでもと村を出るように……と」


「……そうか。いい村だったろうな」


「はい。カルラドアコアの最北端の拠点として、時々ですが人の来る活気のある村でした」


「あぁ、そういえば二人は極北の村出身って言ってたな」


「その通りです。それで村を救ってくれたノーちゃんの目的の為に、あの子の契約者になった私は一緒に旅をする事になったんです」


「なるほどなぁ。それで、その妹さんは一体何者なんだ?」


 ハグラァドにノートゥーンの事を聞かれたルシィーナは、少し考えた後協力者を手に入れるためにはここで隠すべきでは無いと、知っている範囲でノートゥーンの事を話す。


「拾い子だった子が、祠で竜にね……ハハッ!こんな世界、何があっても可笑しくないがその中でもとんでもなく可笑しい話だな。だがまぁ、認めざるを得ないな」


「おなかいっぱーい」


「っと、やっと食べ終わったみたいだな。宿は取っておいたからそこで休んでくれ。話の続きはー……そうだな、明日の朝、中央広場の噴水前で会おう」


「ハグラァドさんは?」


「俺か?俺はこれでもタガティマに報告する必要があるからな、この街のタガティマ大陸間支部に寝泊まりするさ」


 そう言ってハグラァドは二人分……というよりはほぼノートゥーンの食事代を払うと、ルシィーナに宿の場所を伝えて去っていった。


 ーーーーーーーーーー


「んみゃかた」


「良かったねぇ。でもご飯沢山奢って貰ったんだし、少しくらい私達もあの人のお手伝いしなきゃね」


「ん、ご飯も美味しかったし吝かではない」


「そうね、なら先ずは────」


「おいおいおい、お嬢ちゃん方がこんな夜中に危ないぜ?」


「なんなら俺らが宿まで送ってやろうか?」


(いかにも典型的って感じね……)


(どうする?殺っちゃっていい?)


(ここはタガティマに所属する場所だからね。流石に殺しちゃうのは不味いかなぁ)


(なら、痛めつけるくらいは?)


(それくらいならー……うん、やっちゃって)


「まっかせてー!」


「あ?なにがまかせてだっ────!」


 帰り道、柄の悪そうな男共に絡まれたノートゥーンはルシィーナと念話でそう会話すると、近くにいた男の顎をつま先で蹴り飛ばす。

 すると男は首を曲がっちゃ行けない角度に曲げながら吹っ飛んで行き、それに呆気に取られていたもう1人を返す刀で伸ばした尻尾を首に巻き付け壁に叩きつける。


「ね、ねぇノーちゃん?」


「ん?」


「あれ、死んでないー……よね?」


「大丈夫大丈夫、あのガタイの良さなら全身骨折程度で済んでるよ。最初の一人はー……多分大丈夫、寝違えの上位互換みたいなもんだよ。ほら、片付いたんだし早い所宿に行こ」


「あ、まっ、まってよノーちゃーん!」


 ルシィーナはそう言って歩いて行くノートゥーンを走って追いかけていくのだった。

 そして翌日。


「お、来たな2人共。こっちだ」


 綺麗にレンガで整えられ、装飾も凝られている中央広場の噴水前で宿から歩いてきた二人へとハグラァドが手を振る。


「いやぁ良かった良かった。なんか昨日の夜に暴行事件があったみたいでな、幸い被害者は死んでないそうだ」


「へ、へぇー……そんな事がぁ……」


「まぁその被害者ってのがよく女性に対して悪さをしてる奴らでな、因果応報って奴だ。それに、この件に関しては都市行政側も加害者側にお咎めは無いようにするそうだ」


 良かったぁ……


「さて、それじゃあ来てもらって早速だが。冒険者組合に行こう」


「「冒険者組合?」」


「そうだ。昨日ルシィーナちゃんから聞いたが二人は世界中あちこちを旅するつもりなんだろう?なら登録だけでもしとけば色々便利だと思ってな」


「……僕、あんまりそういったのに縛られたく無いんだけど」


「まぁそう言うなって。竜を探すなら危険度が高い立ち入り禁止区域なんかに入るだろう?なら尚のことだ」


「尚のこと?」


「あぁ。なんせ高ランクの冒険者になれば、国が立ち入りを禁じてる場所にも合法的に行けるからな」


「なるほど!確かに国が立ち入り禁止区域にするような危険な場所なら竜が居ても可笑しくありませんもんね」


「つまりは?」


「竜がいる可能性が高い場所に行くには冒険者になるのが手っ取り早いのよノーちゃん」


「なるほどわかった。シィーがその冒険者とやらになるなら僕もなるよ」


 最初から理解する気が無かったのか、ハグラァドの懇切丁寧な説明の後にルシィーナに簡単に纏めてもらったノートゥーンは直ぐにそう答える。


「んじゃ、決まりだな。そうとくれば善は急げ、さっさと冒険者組合に行こうぜ」


 ーーーーーーーーーー


 カランカラーン♪


「あ!いらっしゃいませ!ようこそ、永劫不朽の氷結地カルラドアコアのタガティマ港湾都市冒険者組合へ!」


「ど、どうもー……ハグラァドさん、冒険者組合って何処もこんな感じなんですか?」


 ドアベルのちょっと上品な響きと共に、こちらに突撃するように受付口を乗り越えて来たふんわりボブの受付嬢に出迎えられ、ルシィーナは思わずハグラァドにそう尋ねる。


「んーにゃ、ここが寂れてるだけだよ。だから久々の客に受付嬢ちゃんも張り切ってるって訳だ」


「し、仕方がないじゃないですか!さっきも言いましたけどここは永劫不朽の氷結地とも言われる北西の大陸、カルラドアコアなんですよ!お客さんなんて月に1回あるかないかで────」


「とまぁこんな塩梅だな。この大陸は知っての通り年間通した極寒と大型の魔物のせいで冒険者にも敷居が高くてな。ここの受付嬢は出会いに飢えてるんだわ」


「ちょっ、ハグラァドさん!それじゃあ私がまるで男に飢えてるみたいな……いやまぁ出会いは確かに……こほんっ!所でその人達は?」


「ルシィーナさんとノートゥーンちゃんだ。極北の村出身だそうで、俺の命の恩人だ。今日はこの2人の冒険者証を発行して貰いたくてやって来たってとこだ」


「まぁ!そうだったんですね!改めまして、この組合支部の受付嬢を任されております。エコーと申します」


「あ、どうも私はルシィーナと言います。そしてこの子は」


「ノートゥーン」


 さっきまでのハグラァドとの言い合いはどこへやら、優しげなな雰囲気はそのままに仕事モードのキリッとした面持ちで名乗られ、二人も改めて名乗る。


「ではこちらの契約書に目を通して頂いて、問題が無いようでしたらサインをお願いします」


「はい。えーっと……」


 1、人、他種族に向かって武器を抜く行為は厳禁であり、自らが襲われた場合を除きこちらから手を出してはならない。

 2、環境に影響を与えるレベルの動物の乱獲、環境の破壊は厳禁である。

 3、年に一度、冒険者証の更新を行う事。


 これなら大丈夫ー……かな?


「……はい、サイン出来ました」


「ありがとうございます。ではお二人共、冒険者証に魔力の波長を記録しますのでこちらの魔具に手を。その間に冒険者の基本的な規則等を説明させていただきます」


 エコーに言われるがまま二人は手を魔具に乗せ、魔力の波長を記録してもらっている間に冒険者の基本的な規則ややる事を説明してもらった。

 まず冒険者は討伐隊と違い依頼を受けモンスターを討伐するのではなく、新たなる地や種の発見、及びそれらとの共存、元からある生態系と人類の調和を目的とする。

 稀に街へと被害が出るような大規模な魔物の襲来や災害等があった際にのみ、街の防衛や復旧に携わる事になる。

 そして冒険者にはランクがあり、それは昇格試験に合格するか、発生した異変の解決や新天地の開拓といった冒険の活躍で決まるそうだ。


「要するに?」


「試験に合格するか新しい物を見つけたり、なんか異変があった時にそれを解決すればランク上がるの。で、街が危ない時だけ街のお手伝いすればOKよ」


「なるほどわかった。でもちょっと意外」


「あら、何がですか?」


「こういった危険がある職って大抵男の仕事だから、こんなあっさり冒険者にさせて貰えた事が」


「なんだ、そういう事だったんですね。ただ魔物を倒せばいい討伐隊と違って、意外と冒険者って学がいるんですよ」


「学?」


「はい。見つけた物が新種かどうか、未開の地をきちんと記録できるかどうか、新しく見つけた種族と友好関係を結べるかどうか、そして無事に帰って来れるか、これらを全てこなす為には相当な学が居るのよ」


「なるほど」


(ノーちゃん、お礼は?)


「お姉さん、ありがとうございました!」


「はうっ!い、いいのよー。ノートゥーンちゃんはまだ小さいし、お姉ちゃんから色々学んで覚えて行ってね」


「はーい」


 ハグラァドとルシィーナは、説明の後そんなやり取りをする二人を前になんだかほっこりとした気分になるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る