第1話 出会い
キラキラと黄金色の朝日を反射するどこまでも続く真っ白な雪原の中、林が点々と存在する程度の見晴らしのいい雪原に残る足跡の先に必死の形相で走る男が2人居た。
「走れ!止まれば死ぬぞ!」
「んな事……言われても…………もう走れねぇよ!それにもういいだろ!あいつも流石に追ってきてねぇよ!」
「ばっかお前!そんな所で足を止めたら…………何も起きねぇ……?」
「ほら、だから言ったろ?もう大丈夫だっ─────」
ドゴォン!
「くっ……!」
足を止めても何も起きない事に安心しかけた男は、目の前に降ってきた魔物が相棒の男を潰すのを目の当たりにしてしまう。
そして残された男は相棒を潰した魔物にニヤリと悪意に満ちた笑顔を向けられ、一瞬とはいえ怯んでしまう。
「畜生が…………」
クソっ……!
カルラドアコアには大型の魔物が多数生息してるのは分かってたが、いくら何でも運が悪すぎるだろ!
カァルルルルルル……
クソっ、武器もねぇしどうしようも……俺は、俺はまだ、こんな所で死ぬ訳には─────
「ふせてっ!」
「?!」
「ほっ!」
ルァカァ!?
突然可愛らしい声が聞こえ、男が反射的に声の通りに頭を下げた次の瞬間、何者かが物凄い勢いで頭上を通ったかと思うと、魔物を蹴っ飛ばし男の前にふわりと着地する。
「……白か」
「何ぼーっとしてるの!とりあえず早くっ!こっちに来て!急いで!」
「お、おう!」
「それじゃあ頼んだよ!」
「ん、任せて」
突然の出来事に呆気に取られていた男は目の前に立つ翼と尻尾のある少女を背にし、早く来いと急かす緋色の髪の少女の元へと走り出した。
ーーーーーーーーーーーー
「はぁ……はぁ……ゴホッ……はぁ…………ありがとう、助かったよ」
「こっちも助けられてよかったです。朝ご飯の準備をしてたらいきなり轟音がしたから何事かと思いましたよ」
「実は魔物に追われてな……俺も昨日までは5人でチームを組んでたんだが…………クソッ!」
なるほど、それで跳ね箱に目をつけられて全滅させられたと。
「心中、お察しします」
逃げていた男を連れ近場にある林の中へと逃げ込み、昨晩寝泊まりした大木の洞に隠れた緋色の髪の少女は外から聞こえる「妹」が戦闘している轟音の中、男の話を冷静に分析していた。
「そうしてくれると助かる。お嬢ちゃんも仲間は大切に…………そうだ……俺を庇ったあの子は!?置いてきちまった!助けねぇと!」
「あぁ、あの子なら───────」
「何をそんな悠長にしてんだ!お嬢ちゃんの仲間が死ぬかもしんねぇんだぞ?!」
もう、少しは落ち着いて話を聞けばいいのに。
「大丈夫だから落ち着いて───」
「こうしちゃいられねぇ!今からでも遅くない、あの子を助けねぇと!それに俺達の危険にあんたらまで巻き込まれる必要は───────」
「だから」
「大丈夫だってば」
「!?」
後ろから聞こえてきた声に男が驚いて振り返ると、そこにはあの魔物と戦った妹と呼ばれていた金と白の入り交じった髪の少女が尻尾を揺らして立っていた。
「た、倒したのか……?あいつを!?1人で?!」
「うん。跳ね箱自体重さにものを言わせて獲物を潰すしか能がないからね。そこまで強くないし、簡単だったよ。あ、これ取ってくれば良かったんだよね。シィー」
「うん、ありがとうノーちゃん」
(それで、この人は大丈夫なの?)
(うん、とりあえずは大丈夫みたいよ。本当に跳ね箱から逃げてただけみたい)
「…………お嬢ちゃん達すげぇんだな……あんなのに襲われた後だってーのに」
「まぁあれくらいなら」
「奇襲、混戦でもない限りそこまでだよね」
「あの魔物をそこまでとは…………お嬢ちゃん達は一体何者なんだ?」
「私達?私達は……そうね、旅人ですよ」
妹に手を引っ張ってもらい洞から出て、一瞬考えるような素振りを見せた後、そう言って緋色の髪の少女は男に手を差し伸べた。
ーーーーーーーーーーー
「それであの極北の村から姉妹揃って出てきたという訳か」
「まぁ、そういう事」
「……ノーちゃんも元が可愛いんだからもうちょっと愛想良くすればいいのに…………」
「うるさい、そもそも僕は関わるのに反対だったんだ」
「もう、ノーちゃんはまたそんな事言って!」
「はっはっはっ!素直じゃないんだな妹さんは」
ザボザボと雪を踏みしめつつ、代わり映えしない景色の中他愛もない会話をしつつ、二人は今朝助けた男と共に雪原を歩いていた。
「そういやまだ名乗ってなかったな、俺はハグラァドって言うんだ。お嬢ちゃん達は?」
「私はルシィーナです。そしてこっちは─────」
「ノートゥーン」
「……です。本当に愛想がなくてすいません」
「いやいや、気にしないでくれ。ルシィーナにノートゥーンだな、どういう意味が込められた名前か俺には分からんが、とても響きの良い名前だ」
「ふふっ、ありがとうございます。それでハグラァドさんはなぜカルアドアコアに?」
ルシィーナがハグラァドにそう問いかけると、ハグラァドは一瞬話すかどうか迷った後、失った仲間達を思い出すかの様にポツポツと話し始めた。
「──────ってなわけさ」
「そうだったんですね」
ハグラァドの話を聞いた所、どうやら数ヶ月前にこの大陸にある「コルド・ア・カルド」という国からの情報がピタリと止まったそうだ。
そしてその原因を突き止める為に送り込まれた調査団の先遣隊として来ていたのが、このハグラァド達だったと言う事だった。
「それが原因だったのかな……いやまだ他にも…………」
「声、出てるよ」
「あらいけない」
「ん?どうかしたのか?」
「いえいえ、気にしないでください」
「そうか?っと見えてきたな。あれが貿易国家タガティマの港湾都市だ」
「「おぉー!」」
真っ白な地平線の先に見え始めた大小様々な建物の影を見て、ルシィーナとノートゥーンは思わず歓声を上げる。
「さて、この距離なら後一日……いや、半日で辿り着けるな。とはいえ……」
「……?なに?」
「ノーちゃんがどうかしました?」
「流石にその子の見た目は目立ち過ぎるからな。なんとか出来たりはしないか?」
「んー……そうなの?シィー?」
「そうだねぇ……確かに人間、獣人、人魚、エルフにドワーフ、ミノタウロスに狼男、そして鬼なんかが居るわけだけど……うん。ノーちゃんみたいな見た目の種族は居ないねぇ」
「ガーン!」
「……おいおい、そんな目で見らんでくれ。本当にお前さんみたいな種族は居ねぇんだ。お前さんみたいな種族はそれこそ伝説にある浮遊大陸アルフルヘルカに住むドラゴニュート、ハーピィくらいなもんさ」
「という訳でね、ノーちゃん何とか出来ない?」
「むぅー……シィーに言われたら仕方ないなぁ。んーよっ、と」
ルシィーナとハグラァドに説明された後、ルシィーナにお願いされたノートゥーンはそう言うと仕方なさそうに背伸びをする。
すると翼は大きく伸びた後もふっと毛が生え、まるで骨が抜けたかのようにふにゃふにゃと縮み小さいマントの様になり、尻尾は短くなって甲殻ではなく毛が生える。
そして金の混じった白髪の頭からはぴょこんと耳が飛び出し、パッと見てもじっと見ても獣人の様な見た目に変わる。
「えっ、はっ?じゅ、獣人になった?どうやって?」
「あはははは……まぁあれがあの子の能力なんです。この事は他言無用でお願いしますね?」
「お、おう。勿論だ。命の恩人を裏切る様な真似、俺には出来んよ。これでも忠には熱い男でな」
「ほんとー?」
「ほんとだよお嬢ちゃん。さ、今の姿ならば問題ないしさっさと港湾都市に行って美味い飯でも食おう。勿論奢らせて貰うぞ」
「あ」
「ご飯っ!」
「あーあ……」
「え?な、なんか俺不味いことでも言ったか?」
「う、うーん……あの子食べ物には目が無くてー……」
「そ、それがどうしてっ────」
ハグラァドが言い終わる間もなく、美味しいご飯を食べられると聞いたノートゥーンは2人を小脇に抱き抱え、ものすごくいい笑顔と速度で港湾都市に走るのだった。
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