第二章 新メンバーはキューピッド
2-1 三人目のメンバー
元々、真柳日夏は即興シネマパークで活動する役者の中でも知名度がある方だ。
日夏のシネマパーク歴は一年ほどで、本人は「まだまだ」と言い張っている。しかし、すでに日夏のSNSには大量の感想が送られていて、二人の物語は想像以上に注目を集めているようだ。
透利も父親からノートパソコンを借りて「即興シネマLIVE」のアーカイブをチェックしたが、怒涛のシリアス展開に期待するコメントを多く見かけた。まぁ、視聴者の大半は日夏目当てで、ひまわりの妹感が安定して可愛いという声がほとんどだったのだが。
やはり日夏は妹キャラが得意なのだろうと密かに納得した――というのは、もちろん内緒の話である。
ともあれ、物語の続きは一週間後に行うことになった。
今回は兄妹の仲を深める回で、場所は遊園地。それ以外は何も決めずに始めよう、と思っていたのだが。
一つだけ問題があった。
それは、このまま二人だけで話を進めるかどうか、ということだ。
初心者の透利としては、いきなり人数を増やすのはハードルが高いと思っていた。しかし日夏は「色んな人を巻き込むからこそ面白い」の一点張り。確かに即興シネマパークのことを理解した今ならそれなりの対応はできるだろう。おっさん三人に対しても、もう少し上手くできたような気がする。もちろん相性もあるが、少なからずあんな放送事故になることはないだろうと透利は断言できた。
「……じゃあ、間を取って一人だけ」
日夏がそう提案すると、透利はそれならと頷くのであった。
***
観覧車にジェットコースター、メリーゴーランドにコーヒーカップなど。
即興シネマパークの中の一つの施設とは思えないほど、遊園地は充実していた。普通に遊びに来たような気分になるが、よくよく考えたら即興劇のためだけに開放された施設である。何だかもったいないような気もして、透利は唖然としてしまった。
「はぇー、凄い人ですね……」
思わず間抜けな独り言を漏らすと、トントンと何者かに背中を叩かれる。
振り向くと、ひまわりのヘアゴムでおさげにした日夏がいた。黒いパーカーワンピースに身を包んだ日夏は前よりもクールな印象だ。しかしパーカーに描かれた猫のイラストが愛らしく、やっぱり妹感が溢れ出している。何も考えずに白シャツ&黒スキニーで来てしまった透利とは大違いだ。
「……待った?」
「あ、いや、今来たところです」
「…………そ、そう」
一瞬だけ、「まるでデートみたい会話だな」と思ってしまった。しかしそれは日夏も同じだったようで、気まずそうに視線を逸らす。
少しの沈黙のあと、日夏は咳払いをして辺りを見渡した。
「相変わらず騒がしい……」
「いやいや、日夏さんが遊園地にしようって言ったんじゃないですか」
「……ひまわりの性格なら、遊園地ではしゃぎたいと思って。まぁ、ここはだいたいデートシーンの撮影に使われてるんだけど」
遠い目になりながら、日夏はぼそりと呟く。
釣られて透利も辺りに視線を向けてみると、滅多に見ないピンク色のバングルライトを灯している人をちらほら見かけた。日夏が言っていたピンク=出会い厨の印象が強すぎて、透利は慌てて目を逸らす。
「何か俺、怖くなってきました。場所変えます?」
「十時から始まるって告知してあるから無理。あと数分しかない」
変に焦る透利に、日夏はバッサリと言い放つ。
日夏は慣れているのかも知れないが、透利は即興劇をやるのだと意識して演技をするのはこれが初めてなのだ。あと数分という事実も相まって、鼓動が激しくなる。
「あのっ、俺、ちゃんと恋愛方面にいかないように気を付けますから! 絶対に手は出しません、約束します!」
「…………」
「……あの?」
「いや、私にも乙女心ってものが存在したんだと思って…………な、何でもない」
もう一度咳払いをし、日夏は俯く。
早口&小声すぎて上手く聞き取れなかったが、乙女心がどうのと言っていたのはわかった。しかし意味はわからず首を傾げてしまう。
「ええと、あの、ちゃんと妹としての愛情は出せるように頑張りますから。と、とにかくよろしくお願いしま……」
「時間だよ、お兄ちゃん」
「えっ」
顔を上げるとともにひまわりモードへと変わった日夏に、透利――ミズキは大袈裟にビクリと身体を震わせる。
一週間振りの甘ったるいひまわりボイスに、気が引き締まるのを感じた。緊張するのはもう仕方がない。それは日夏もわかってくれているはずだから、自分はとにかく放送事故にならないように乗っかるまでだ。
即興劇においてあってはいけないことは「否定」と「無意味な沈黙」だと、日夏から何度も言われている。
「……よろしくな、ひまわり」
少しだけ間が空いてしまったが、許容範囲内だろう。
ひまわりと頷き合い、二人はそっとバングルライトを青色――即興劇が進行中で、飛び入り参加が可能な色――に変える。
こうしてまた、ミズキとひまわりの物語が動き始めた。
「はーっ、着いた! 着いたよお兄ちゃんっ」
ひまわりは両手バンザイのポーズをして、瞳をキラキラと輝かせている。そんなに遊園地が嬉しいのか、落ち着かないように身体を揺らしていた。
(こ、これがカメラアピール……)
早速全身を使って動き回るひまわりに、ミズキはただただ圧倒される。プロ根性というか何というか、本当に知名度のある役者なんだなと改めて思ってしまった。
唖然とするのが自然の流れであることに感謝しつつ、ミズキは訊ねる。
「そんなに遊園地が嬉しいのか?」
「そりゃーそーだよ! だって再会してから三日も経つのに、お兄ちゃん何かぎこちないんだもん。まぁ、記憶喪失だから仕方ないんだけどさー」
「ごめんごめん。今日は楽しもうな」
不服そうに唇を尖らせるひまわりに、ミズキはへこへこと頭を下げて謝る。
もっと普段通りの敬語が出てしまうと思ったが、割とミズキとしての感覚は残っているらしい。静かに安堵していると、突然ひまわりに小指を握られた。
「ほら、ぼーっとしてないで行こう? 私、観覧車に乗りたいなぁ」
ねっ? とひまわりはウインクを放つ。ハートのエフェクトが飛び交ってもおかしくないほどに愛らしいのだが、近くで見ているミズキは気付いてしまった。
ほんのりと頬に赤みがさしているということに。
その表情は手を繋いだ――明確には小指を引っ張った――からなのか、ウインクが恥ずかしいからなのか、はたまた両方なのか。ひっそりと気になるミズキだった。
「観覧車って、兄妹で乗るものなのか?」
「えーっ、良いでしょ別にぃ。私、ジェットコースターとか苦手だもん」
「……だったら遊園地じゃなくても良かったんじゃ」
「もー、うっさいうっさい! とにかく観覧車に……」
無理矢理ミズキを引っ張ろうとするひまわり――だったのだが、唐突にピタリと動きを止めた。掴んでいた手も離れ、ミズキは頭上にクエスチョンマークを浮かべる。
「ひまわり?」
訊ねても返事がない。気が付けば、ひまわりの瞳はあらぬ方を向いていた。視線を辿ると、ミズキの動きも同じように止まってしまう。
そこには、一人の少女が立っていた。
多分、同い年くらいだろうか。
バングルライトの色は赤――即興劇の相手を探している合図――で、菫色の大きな瞳をこちらに向けている。オーバーオール姿がよく似合う、活発そうな少女だった。
(さ、早速来た……っ)
反射的に動揺してしまうミズキをよそに、少女は黄金色のポニーテールを揺らしながら近付いてくる。
同時に、ひまわりがバングルライトを緑色――メンバーを固定で進める合図――にした。そっとアイコンタクトを向けられ、ミズキも頷きながら緑色に変える。ここで緑色にしなければ、どんどん参加メンバーが増えていってしまう可能性があるのだ。
それはそれで面白いかも知れないが、今回増やすのは一名だけという約束がある。だいたい、人数を増やしすぎるとカオスになるから容易に増やすのは危険! とのことだ。
まぁ、まず一人加わるだけで緊張が止まらない……というのは内緒の話である。
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