1-4 バングルライトの意味

「動くカメラってそういうことだったんですね……。まさかネット中継されているとは思いませんでした」

「…………私が急に嬉しみの舞をやったのも、映像的なアピールがしたかっただけだから。一応、言っておく」


 思い切り視線を逸らしながら、日夏はぼそりと呟く。ほんのりと頬が赤くなったような気がして、透利は静かに笑ってしまった。


「…………」

「え、あ、何か……すいません」

「まだ、大事な話が終わってないから。……これのこと」


 ジト目で透利を睨み付けてから、日夏はため息混じりに鞄の中を探る。何を取り出すのかと思えば、先ほどまで手首に付けていたバングルライトだった。


「さっき、ライトを赤色にしてたでしょ?」

「あ、はい。確か赤だったかと……」

「あれ、即興劇の相手を探してるっていう合図だから」

「…………え?」


 思わずポカンと大口を開ける透利を見て、日夏はクスリと笑う。呆れているというよりは、最早透利の反応を楽しんでいるような表情だった。

 日夏の話によると、入場口でもらったバングルライトには重要な意味があるらしい。

 それは、即興劇における意思表示ができるというもので、


 青は即興劇が進行中で、飛び入り参加が可能な合図。

 赤は即興劇の相手を探し中。

 緑はメンバー固定で進行していて、飛び入り参加は不可。

 黄はヘルプカラーで、積極的な参加希望。

 ピンクは即興劇の相手を探し中で、赤と違う点は「恋愛要素含む」というところだ。相手の同意(カラーをピンクに変える)がないと参加できない仕様になっていて、ピンクのみ十八歳以上限定という年齢制限もある。


 ちなみに、即興劇に参加しない場合(帰宅中など)は必ず消灯しなければならない。でないと透利のように、知らないうちに巻き込まれてしまう可能性があるのだ。


 ――という具合に、バングルライトの色には明確な意味があるらしい。


「そんな意味があったんですね……」


 透利はそっと息を呑む。

 赤が好きだからという理由だけで、透利はずっとバングルライトを赤にしていた。だからかとようやく納得するとともに、透利は心の内側から苦笑が溢れ出る。謎のおっさん三人に絡まれたのも、妹を名乗る日夏に声をかけられたのも、やっぱりどうしたって自業自得だったという訳だ。


「だから入場口で年齢確認をされたんですね。……あー、なるほど……」


 透利は装着したままだったバングルライトを点灯する。赤、緑、黄……と色を変えていくと、確かにピンクだけ存在しなかった。これは十七歳以下専用のライトなのだろう。


「え」


 すると何故か、日夏が驚いたように瞳を瞬かせた。口元に手を当てて本気で驚愕しているようだが、透利にはよくわからず首を捻る。

 日夏は一瞬だけため息を吐いてから、透利の真似をするようにバングルライトの色を変えていった。


 赤、緑、黄、ピンク、青、赤、緑、黄、ピンク――。


 見間違いだろうか。

 さっきから色を変え続けているバングルライトの中に、透利にはなかったピンクが何度も見えているような気がする。


「……えっ」


 思わず、透利は先ほどの日夏と同じような反応をしてしまった。視線を合わせると、日夏は小さなため息を漏らす。


「私、高三なんだけど。……もしかして、年上じゃ……ない?」

「えっと……あの、その。高二、です」


 恐る恐る答えると、日夏は「あぁ」と呟いた。何とも言えない渋い顔になっている。年上だと思われていたということは、大学生くらいに見られていたのだろうか? 確かに透利は背が高い方だが、普通に等身大の高校生らしい容姿をしていると思っていた。心外とまでは言わないが、予想外ではある。でも、本当の問題はそこではない気がした。


「あの……俺、誕生日は迎えているので十七歳ですよ」


 何故か、日夏を気遣うように言葉を重ねる透利。

 きっと自然と浮かべた愛想笑いも引きつってしまっていることだろう。だって、仕方ないではないか。透利も透利で、日夏のことを当たり前のように年下だと思い込んでいたのだから。ひまわりのイメージを引きずっている、というのも大きな要因かも知れない。でも、一番はやはり日夏の容姿にあった。小柄で、どこか幼さを感じる顔つき。ひまわりを演じている時よりは落ち着いたものの、声も冷静さの中に隠しきれない甘さを感じる。

 つまるところ、せいぜい高校一年生くらいだと思っていたのだ。


「…………そう」


 少しの沈黙のあと、日夏は至って冷静な声を返した。まるで「何も気にしてなんかない」とでも言いたいように、澄まし顔でパンケーキを口に運ぶ。透利は思わず、その姿をじっと見つめてしまった。


「何?」

「いや、あの。……クリーム、口に付いてますよ」

「……っ」


 透利の指摘に、日夏はビクリと背筋を伸ばす。すぐにおしぼりで口元を拭い、瞬き多めでこちらを見つめ返してきた。


「あ、ありが、とう」

「……日夏さんは、あれですね。意外とすぐに顔が赤く……」

「…………」

「いえ、何でもないです」


 日夏の眼力に負けて、透利は慌てて視線を逸らす。しかし、正直なことを言うと容姿の可愛らしさが勝ってまったく怖くはない。

 まぁ、それを言うとますます機嫌を損ねそうなので、これ以上は何も言えない透利だった。

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