1-3 面白い人

 透利とひまわりは今、即興シネマパークの近くにあるパンケーキ専門店に来ている。透利が今までのことを理解できていないのなら尚更、腰を据えて話をする必要があるとひまわりが判断したからだ。

 パンケーキ専門店なのはひまわりのお気に入りの店だかららしい。


「……ここまで理解できた? まだ私が妹だとか思い込んでないよね?」


 ――で。


 結論から言うと、彼女は透利の妹でも何でもなかった。

 アンドロイドでもないし、寿命が残り一年なんてこともないし、もちろん透利が記憶喪失だという事実もない。


 だって――今までのはすべて、即興劇だったのだから。


「はい、すいません、大丈夫です……。理解しました……」


 透利はペコペコと頭を下げる。

 もう何度目のお辞儀だろうか。すべては即興シネマパークについて何も知らなかった透利が悪いのだ。正直、何度謝っても気が済まなかった。


「私、本当の名前は真柳まやなぎ日夏ひなつだから。ひまわりって呼ぶのも演技中だけにして」

「は、はい。真柳さん……あっ、俺は須堂透利って言います」

「……よろしく。それと、私のことは日夏で良いから」

「へ? あ、はい……日夏、さん」


 ひまわり――改め日夏は、満足したように小さく頷く。それから、ブルーベリーと生クリームがたっぷり乗ったパンケーキを口いっぱいに頬張った。


「……何?」

「あ、いや……。美味しそうに食べるなぁ、と思いまして」

「…………別に、特別甘いものが好きな訳じゃないから。さっきは頭を使ったから、補給してるってだけ」


 でも、お気に入りの店なんですよね? とは、流石に訊けなかった。

 まだ頭の中が混乱していて、日夏をからかうほどの余裕はない。だいたい、ついさっきまで妹だと思い込んで接していたのだ。最早、自分の口調すらもよくわからなくなってしまっている。


「……美味しい……」


 しかし、結局のところ透利も疲れていたのだろう。

 あなたもどうぞと言わんばかりにアイコンタクトを向けられ、透利も一口食べる。すると、どんよりとしていた脳が甘さとともに軽くなっていく。どうやら、「脳の疲れには甘いもの」説は間違っていないようだ。

 ちなみに種類がありすぎて選べなかったため、ついつい日夏と同じものにしてしまった。透利の反応に日夏は満足そうに微笑を浮かべている。ひまわりの時とは違うクールな笑みに、透利は一瞬ドキリとした。


(本当にこの人は、ひまわりを演じていただけなんですね……)


 日夏は今、ひまわりのヘアゴムを外して髪を下ろしている。

 童顔だったり背が低かったりするはもちろん変わらないが、妹キャラ全開だったひまわりと比べてだいぶ大人っぽく感じる。なんとなく中学生くらいに思っていたが、もしかしたら同い年くらいなのかも知れない。


「それで、何で?」


 じっと日夏を見つめていると、ぶっきらぼうな視線を返された。「何で」が何を指しているのかがわからず、透利は首を傾げる。


「ええと……?」

「即興シネマパークについて何も知らないのに、何でいたの?」

「…………あぁ」


 日夏が目を細めると同時に、自分の笑顔が引きつるのを感じた。一瞬だけ目を泳がせてから、透利は咳払いをする。


「そ、それはですね……」


 こうして、透利はこれまでの経緯を話し始めた――。



 須堂透利という人間は、流行りものに興味を持たない人間だ。

 だから、「即興シネマパーク」も当然のように知らなかった。

 強いて言えば名前に聞き覚えがあるくらいで、クラスメイトが話題にしていたのを聞いたことがある。でも、本当にそれだけだ。


 だから透利は想像した。

 たくさん想像して、やがて「映画のテーマパークだろうか?」という結論に至る。だから透利は、ふらりと遊びに来た感覚で即興シネマパークへ訪れてしまったのだ。


「ねぇ。…………あなた、もしかして良いところのお坊ちゃんだったりするの?」

「? いや、ごくごく普通の一般家庭ですよ」


 透利が年間パスポートを取り出すと、日夏は一気に渋い顔になった。言葉の意図がわからず、透利は首を傾げる。


「だったらどうして、年パス……」


 ぽつりと呟かれた言葉に、透利はようやくはっとした。

 確かに、普通に考えれば意味のわからない話だろう。即興シネマパークにまったく興味のない息子に年間パスポートを買い与える親など、世界中のどこを探しても須堂家しかありえないのではないだろうか。


 多分これは、荒療治なのだと思う。

 透利はあまりにもマイペースすぎるのだ。流行りに乗らずに我が道を進む。それが正しいことだと思い込んでしまっている。


 駄目なことかも知れない、という自覚はあった。でも、自覚があるだけで変わろうともせずに十七年間生きてしまったという訳だ。


「たはは……すみません。俺の生き方、ドン引きですよね」


 頭を掻きながら、透利はへらへらと笑う。

 改めて自分の性格を人に伝えると、我ながら変人だなと思ってしまった。しかもただの変人なだけじゃなくて、初対面の日夏を巻き込んでしまった――なんて。


「ホント、すみません」


 呟く声が小さくなる。

 自分だけの問題ならともかく、人様に迷惑をかけてしまった。やり直しのできない現実に、得意のへらへら笑いすらも消え失せるのを感じる。


「透利さん、だっけ」

「え……あ、はい。そうです、けど」


 唐突の名前呼びに、透利は一瞬だけ動揺した。しかし日夏からも「日夏で良いから」と言われたことを思い出し、透利は必死に冷静な声を返す。


「あなた、だいぶ変わった性格をしてるのね」


 放たれた言葉は、あまりにもストレートなものだった。

 なのに何故だろう。心が痛くない。その理由は、日夏の表情にあった。


「何も知らないならただの偶然かと思ってた。…………でも違う。あなたは……面白い人だと思う」


 ――面白い人。


 それは、普通に考えれば馬鹿にされたような言葉に聞こえるかも知れない。

 でも、その優しい微笑から届けられる言葉は、驚くほどにすっと透利の耳に入り込んできた。


「……あなたとなら、物語を面白くできると思う。だから……」


 こらちを見つめる瞳が、爛々と輝いて見える。

 ひまわりの時と比べると明らかに冷静沈着なはずなのに、心は静かに燃えているように感じてたまらない。



「即興シネマパークのこと、私が教えるから。ちゃんと、聞いていて」



 ***



 即興シネマパークとは、即興劇をするためのテーマパークだ。

 敷地内のすべてが即興劇の舞台であり、『即興シネマLIVEライブ』という専用の配信サイトで生中継される。放送事故で打ち切りになる場合も多々あるが、作品として人気が出れば映画化やドラマ化されることもあるのが人気のポイントだ。


 即興における細やかなルールはなく、タレントやアイドルなどが番組の企画で行うバラエティー的なものから、役者や役者志望による劇場化に向けた真面目なものまで様々ある。SEやBGMをリアルタイムに付けたり、完成してから主題歌を付けたり……。無限の可能性があるからこそ、即興シネマパークに引き込まれる者が多いという。


 日夏のようにソロで活動する者もいれば、劇団で活動する者もいる。元々舞台役者だった場合が多いが、即興劇で出会った者同士で結成することもあるらしい。劇団として人気が出れば劇場で客を入れて即興劇をやることがあり、そこを目標にする劇団も多い。日夏も憧れてはいるようだが、自分がさっぱりとした性格だからか劇団を組んだことは一度もないらしい。


 入場券は一日お試し券から年間パスポートまで、種類は様々だ。役者として参加するキャストスタッフや音響スタッフなどもいて、スタッフを派遣できるスペシャルプランも存在する。何なら小道具や衣装なども園内の建物の中にあり、何も考えずに手ぶらで来ても成立するのが即興シネマパークの凄いところだ。


 ――というのが、日夏が説明してくれた「即興シネマパーク」の全貌だった。

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