第4話

「やっぱ主人公が一番格好よくできてるのよ、これマジで。」


かつて友に話した言葉は虎太の想いを表していた。強くなって敵を倒す、どんな逆境でも諦めない。そんな少年に虎太は憧れ、夢中になった。


それ以来虎太の所謂推しというものはトビタカだった。トビタカの事を思わずくん付けで呼んでしまったのもオタク化してしまったからだ。

大好きなキャラクターを呼び捨てにするのんて恐れ多いに決まってる。


原作主人公の鷲空トビタカを前に大ファンである虎太はパニックに陥る。

考えてた事もさっきまでやってた事も自分が今どういうこ状況なのかすら忘れ、ただ目の前の大好きなキャラクターを前に混乱するだけの人形と化した。

再起にはまだまだ時間がかかると思われるが現実は待ってはくれない。



トビタカは思案する。どうして自分の名前を知っているのかと、何故自分の顔を見た瞬間にこんなにも慌てているのかと。

生まれた疑問は至極当然。トビタカは生じた疑問を解消すべく声を再びかける。


「失礼ですが、どこかで会ったことがありましたか?」


「あっ、いや、その」



要領を得ない解答をする虎太に先程までは強力な技を使う人だと、尊敬の眼差しで見つめてキラキラと輝いていたトビタカの瞳は疑心により鋭くなる。


(やはりそうだ。この男、僕が声をかけて明らかに動転している。)


目は虫のように四方八方を飛び回り、たまにトビタカを見ては直ぐに視線は散らばる。

顔には先程見た時には無かった滝のような汗がびっしりと頬を濡らしている。明らかに怪しい。

先程自分とか会ったことがあるか、と訪ねたがそんなのは聞くまでもなかったようだとトビタカは思い、同時に嫌な考えが頭に浮かぶ。


(この男がお母さんに何かしたからお母さんは倒れたんじゃないだろうな。)


まさか。思いついた後にいや、と自分の考えを否定する。母は恨みを買うタイプではないだろうし、あの病は話を聞く限り人為的に起こせるようなものでは無い。


それにそうだとしてもタイミングが良すぎる。母の件とは何ら関係はないだろう。しかし、油断はならない。

何せこの男は強力な力を持ち、なおかつ自分の名を知っていたのだ。どちらにせよ注意はして話すべきだろう。と、持ち前の冷静さを表すトビタカ。一方虎太はと言うと



(やっべえええええ!!!名前言ったの明らかに怪しまれてるし主人公なんでいるのって顔がめっちゃいいしああああああああ心無しかいい匂いする気がするかっこいいやばああああああああ!!!!!)


盛大に限界オタク化していた。

何度も言うが虎太は漫画の大ファンでなおかつ好きなキャラは主人公であるトビタカだ。大好きなアイドルに街角でファンが声をかけられたらこんな風になってしまうに違いない。きっと。


しかしいつまでもパニクっては居られない。知るはずのない名前を言うなんていう失敗をしてしまったからにはそれを取り戻さねば。

明らかに今の自分は怪しい、このままじゃ敵認定だ。


(まずは名前を呼んでも問題なさそうな弁明、駄目だ!思いつかねぇ!いや待てよ、さっき技を教えてくれって言ってたな。さっき何故か出た技は主人公の技だし中盤辺りで出る技のはず、それなのに教えて欲しいと言ってきたなら……!)


脳をフルで使って考える虎太は瞬時に自分の用いる情報を使って今考えうる最善の弁明を構築、意識を切り替える。


(頑張れ頑張れできるできる!)


テンパる自分を出さないように必死になって自分に鼓舞を。


スっと背筋を伸ばしてニヤケないように表情筋を意識する。トビタカの目を真っ直ぐに見つめてはあっ、顔がいい……なんて思うと同時に先程考えた事を頭に浮かばせながら口を開く。


「トビタカ君……君の名前をどうして知っているか、だったかな。それとも技を教えて欲しいの方、どっちを先に答えようか。」




先程とは人が変わったように問い掛けてくる虎太に驚きつつもトビタカはそれを悟られぬよう平成を務めつつ答える。


「勿論、技を教えて欲しい。あなたの技は教えて欲しいほど素晴らしい力を持っていた。可能であれば教えて欲しいです。」


「ほう、それなら……」


「ですが」



ニヤリと笑う虎太に対して言葉を被せるタカトビ。相手のペースに乗らないようにと思っての行動だった。


「あなたは何故僕の名を知っていたのか、そのワケを聞かせてもらいたいです。」


明らかに不審な男に対して攻めるトビタカ。彼としては大会で勝つために力が欲しい。

強い技を教えて貰えるなら母を助けられる確率が高くなる。


でもだからといって名前を知る訳を聞かなければ、この男は自分達に不利益をもたらすかもしれない。

なら、話の流れを持っていき、主導権を握る。そう思っての発言だった。


「名を知るワケか……」


虎太はありもしない顎髭をなぞりながら務めて平坦に続けた。自分の思惑に誘導するため。


「その前にひとつ聞きたい、君は戦う力はどの程度持っている?例えばそう、先程私のを見ていたように技、この技はどんなものが出せるんだ?」


困ったのはトビタカ。主導権を握る為の質問で質問を返され、なおかつそれを咎める空気にはなり得てない。

つまりこの場ではトビタカが答えるべきターンという訳だ。


マズイぞ、と彼は思う。技は何一つ出せない。そんなもの初めて見たのだ。

自分には普通の子供のようにしか動けないだろうという自覚があった。当然先程男がみせた何やら立ち上る赤いものを纏ったり飛ばしたりなんて出来ないのだから。


刹那、彼は悩む。このことを正直に話すべくか。未だに不審な男に対して自分が弱者、抵抗する力がないと言う事を教えてもいいものかと、しかし葛藤するも束の間。彼の頭に浮かぶのは倒れふす母の姿。


「……何も、できません。あなたが言うようなものは僕には。」


目線を下げて言う真実の言葉。トビタカの危惧した通りの男であればもうこの交渉の場は相手のターンだ。

祈るようにグッと拳を握り締めるトビタカ。それを見る虎太は再びニヤリと告げた。



「なら、教えてやるとも、その技を。それに私は君を知っている。君には強い力が眠っているのだからね。私は君の味方だ。トビタカ君。」



(おし!!!読みは成功!!!技はまだ覚えてねえなら原作序盤だッ!それなら俺でも手が出せるッ!!!!!!

何とか敵対しないように話を纏めてやる!こっちは命がかかってんだ、死ぬ気で演じてやるッッ!!!)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る