第2話
その日、鷲空トビタカは首都オクーラに訪れていた。
初めて見る天まで届かんとする建物や地元の祭りの日よりも賑わう大勢の人々。
のどかで平坦。彼が住まう田舎町とは異なり目まぐるしく変わる周囲の状況に目を回しつつも、家を出た時から握り続けているチラシにギュッと再度力を入れる。
「絶対に、母さんを助けるんだ」
トビタカの家は母子家庭だ。物心ついた時から父はいない。女手一つで文句もこぼさず愛情を注ぎ、育ててくれた母をトビタカは尊敬していたし大好きだった。
ある日の事、家に帰ったトビタカを待っていたのは床に倒れふす愛しき母親の姿だった。
気が動転しながらも慌てて隣の家に駆け込み事情を説明。隣人が慌てふためくトビタカに気を使い町医者を連れて来てくれてテキパキと慣れた手つきで容態を確認。
その後、注射を刺してひと段落。苦しみ、顔の中央に皺を寄せていた母が意識はなくとも安らかな表情となる。
ホッと安堵したトビタカだったが町医者に診断結果を伝えられ、その安堵は束の間のものとなった。
「果汁病です。」
「果汁病、ですか?」
若いトビタカはその病を知り得なかったが、付き添ってくれていた壮年の隣人はあぁ、と気の毒そうに声を出す。
「果汁病とは、体に必要な栄養素のほとんどが吸収される前に老廃物となって過剰に体外に放出されてしまう病です。」
「それは、危険なものなのですか?」
「対策をしなければ数日も持たずに命を落としかねない病ですが、以前流行病として猛威を奮った際に薬を開発出来たのです。それを服用すれば治癒する事が可能です。しかし……」
言い淀む町医者に変わりトビタカの肩にそっと手を置いて隣人が後を引き継いだ。
「高いんだ。薬が、それもこの町中の金を集めても足りないようなうんと高い薬なんだよ。」
血の気の引く思いだった。
トビタカの家は貧乏だし、住んでいるこの町も高額の給料が出る仕事なんてものはない。トビタカが考えていたのは、どうやってお金を工面しよう。ということではなく、母が死んでしまう。という事だった。
彼は適度に客観的に物事を見る能力を持っていた。故に直感で分かってしまったのだ。母の命はもうどうしようも無い、ということを。
その後医者や隣人が何度か説明や声をかけ、励ましてくれたがトビタカの耳には入らず、ただただトビタカは呆然と抗えない事実に打ちのめされていた。
医者と隣人が帰った後、彼はノロノロと緩慢な動きで意識のない母に近づくと横で泣きながら丸くなって眠った。
翌朝、母が起きてこないという事実に再び泣きそうになるもどうにか体を起こす。トビタカが働かなくてはトビタカ自身生きていけないのだから。
それに、万に一つ。極めて安く売ってくれる医者がいるかもしれない、という言葉を自分に言い聞かせて体を動かした。
労働をいつもより早く切り上げさせてもらい家に帰る。母は寝たきりでその補助として世話をしなければならないからだ。
暗澹とした面持ちで帰ってきたトビタカは家の戸を見ると怪訝な顔をする。
チラシだ。珍しい。
チラシが来ることが初めてという訳では無いが閉鎖的で田舎のトビタカの住む町ではあまり使われない。
使う必要がなく、伝言や噂ですぐ広まるからだ。故にチラシで乗る情報はほとんどが外部のものや物珍しい知らせ。
手に取って確認する。そこにあるのは武術大会、賞金あり、参加者求むという旨のものであった。
「賞金……」
諦めていた彼の心に希望の炎が灯る。
勝ち上がっていけば賞金が貰える、愛する母を助けることが出来るのだ!と。
「母さん。待っててくれ!」
虚ろな顔をした男はもう居ない。
ここにいるのは気力に満ち溢れた鷲空トビタカだった。
その後トビタカは来てくれた医者と知人隣人に話をし、2.3日の間母を見てくれるように頼み込み、武術大会の開かれる首都オクーラへ向かったのだった。
「大会の受付会場はどこだろう?」
初めての都会で目を回しつつも目的地を懸命に探すトビタカ。
彼は特別方向感覚が良くないわけでは無いのだが如何せん人の数が桁違い、さらに言えば初めての町だったので行き方が分からなくなってしまっていた。
「あの、すみません。」
これはダメだと悟り、果敢にも道を歩く人々に道を訪ねようと声を掛けるも
「……」
止まってくれることは無く、それどころか振り向いてすらくれないでいた。途方に暮れた彼は人の波に押されつつも周囲の人に声を掛けるも返事は無く、落胆と焦りが浮かぶ。
そのまま人の波に押されていくと途中で静かな広場を見つけた。
(ここなら人に道が聞けそうだ!)
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