第239話 海老のビスク

「美味いなぁ」

「美味しいわねぇ」

「ありがとうございます」


 カウンターに腰をかけ、並んで料理に舌鼓を打つ牛人族二人に向かってソラノは礼を言う。

 白と黒のまだらな皮膚。人の良さそうな顔、牧歌的な雰囲気。揃いでつけている金の耳輪。

 二人はバッシたちの親戚であり、酪農業を営んでいる夫婦だ。

 バッシが宣言した通り、二人は店に訪れ、こうして店の料理に舌鼓を打っているところだった。


「ヤァ、カウマンさん。忙しいところお邪魔して申し訳ないねえ」

「いいってこった、たまには顔も見たいと思っていたところだ」


 厨房の奥からカウマンがぬっと顔を出して会釈をする。本日は開店からずっと忙しく、人の波が途切れなかったため、まだ昼を少し過ぎた時間帯である現在、カウマンとマキロンが店に残って午前の片付けをしていた。


「本当に、顔を合わせるのは久しぶりだねぇ」

「マキロンさん、お元気そうで何より。それにしてもこのビスクは美味いな。カウマンさんもバッシ君も、いいものを作る。うちの牛達も喜ぶってもんだ」

「そういえばバッシ君といえば、とうとういい人ができたと聞いたが……」

「そうなんだよ、今度きちんと紹介するが、そこで給仕係として働いているクララ・リントさんだ」


 言ってバッシは、皿を下げてカウンター内に戻ってきたクララを紹介した。紹介されたクララは軽く会釈し、「クララ・リントです」と手短かな挨拶をする。


「あの小さかったバッシ君に、婚約者が出来るなんてなぁ」

「時が経つのは早いわね、あなた」


 カウマン一家三人に、カウマン達の親戚二人、おまけにクララまでいるので現在店内には牛人族が計六名も存在している。

 右を見ても、左を見ても、牛、牛、牛。

 大型の種族にも対応できるようゆとりを持った店内設計にはなっているが、流石にカウンター内に四人、牛人族が詰めかけると若干の狭さを感じる。

 背丈のあるレオはともかく、日本人女性の平均身長しか持ち得ないソラノなどは間に挟まれると埋もれて見えなくなってしまいそうであった。

 それはそれとして、クララが店の手伝いをしてくれるのは非常にありがたい。

 クララはまだ中央エリアにある酒場『青天の霹靂亭』を正式に辞めたわけではないので、空いている時間に手伝うといった程度ではあるが、長年給仕係として立ち働いていたクララが店にいるとソラノの負担もぐんと減る。

 酒場とビストロ店では覚える事や所作なども異なるが、やる気に満ち満ちているクララは年下のソラノのアドバイスを素直に受け、ぐんぐんと接客スキルを伸ばして行っていた。

 この調子で本格的に店に入るようになればすぐにでも戦力になるだろう。そうすればレオが厨房に回る機会も増える。

 第二の看板娘の誕生を、皆が歓迎した。

 ソラノはカウマン一家の親戚夫婦の接客をしながらも、空いたテーブルの食器を下げたり、新しく入店してくるお客様の案内をしたり、注文を取ったり、ワインのおかわりを尋ねたりと忙しくしていた。

 特によく出ているのが、海老のビスク。

 有頭海老を炒めて旨味を引き出した後、春野菜と共にじっくり煮込み、裏漉ししてから生クリームとバターを加えたポタージュだ。時間をかけて丁寧に作られた濃厚な海老の味は絶品で、一度食べたらやみつきになること間違いなしである。


「バッシさん、海老のビスク三人前お願いします」

「よしきた」


 寸胴鍋を開けると海老の香りがフワッと広がり、それが呼び水となりさらにオーダーが入る。実にいい流れだ。


「ウチの乳製品がこんな上品な料理に変わるなんてなぁ」

「諦めないで酪農続けてよかったわねぇ」


 親戚夫婦はのどかに海老のビスクを食べ続けながら会話をしている。なんだかこの二人の周りだけ、時間がゆっくりと流れている感じがした。周囲にお花が飛んでいるようにさえ見える。平和を体現しているかのようだ。


「本当に、フゥファニィ一家のおかげだよ」

「フゥファニイ一家のパン屋が繁盛していなかったら、こうして酪農続けていられなかったものねぇ」


 どうやら本当に親戚夫婦の酪農業は経営が危なかったらしい。


「二人の作っている乳製品は質がいいんだが、売り込みがどうにも下手くそでな……危うく破産寸前だったんだよ」


 海老のビスクを取りに行ったソラノにバッシが小声で耳打ちをする。

 売り込み下手は一族の血筋なんだろうかとソラノは思った。カウマンもそうであったが、作る事に長けているが、誰にも買ってもらえないのでは宝の持ち腐れだ。

 親戚夫婦の作るものがフゥファニイ一家とやらに見出され、運よくそのパン屋がブレイクして良かったと心底思う。


「あそこの兄弟も、随分と大きくなっていたなぁ」

「犬耳族の男の子二人、今では立派に店を切り盛りしているって言うんだから、時の流れは早いわよねぇ」


 のんびりほのぼのとした会話を聞きながら、ソラノは海老のビスクを一度に三皿、手に持ちながら料理を待つお客様の元へと向かっていった。


+++

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