第232話<番外編>深夜に味わう背徳の料理

 それは、店が閉店した後。

 営業も終わり一息つき、賄いを食べてさっさと閉店作業をして帰ろうかという頃合い。

 店の中で、ソラノの神妙な声が響き渡った。


「バッシさん、レオ君、私……お腹が空きました」

「おう、そうだな」

「わかってる。練習がてらに俺が賄いを作ってやるよ」

「違う。レオ君は、わかってないよ」


 ソラノは残り物で賄いを作ろうとするレオの手首を掴んで、フルフルと首を横に振る。


「私、今日は本当にものすごくお腹が空いてるの。ものすごくパンチが効いていてお腹に溜まって、それでいて美味しくて色んなものがあって飽きない料理が食べたい」

「お前は……どうしてこんな時間にそんな無茶を言い出すんだ」


 レオの顔は呆れている。

 ソラノとて、無茶を言っているのはわかっていた。

 深夜に近いこの時間、しかも材料は限られている。

 そんな時に賄いにこんな注文をつけられてはたまったもんではないだろう。

 それでも、ソラノには譲れないものがあった。

 今日は忙しくて、店に来てから閉店に至る今の今まで休憩を取っていないのだ。

 そりゃあお腹も空くというものだ。


「だから今日は、私が賄いを作る!」

「えっ、お前が!?」

「どいてレオ君!」


 仰天するレオを押し退けて、ソラノは厨房に立った。

 この世界に来て二年と少し。

 伊達にカウマン一家の料理を見ていたわけではない。

 ソラノは、料理というものを、以前よりも理解している。

 呆気に取られるレオを置き去りにソラノは素早く動いた。

 まずはソースを作る。

 店にある赤ワインとトマトソース、醤油、デミグラスソースなどを混ぜて鍋を火にかけて軽く煮詰める。アルコールが飛んでやや水分がなくなりとろりとしたらいい。

 次に、卵と小麦粉、水とを混ぜて卵液を作る。

 それからバゲットを細かく削ってバットにパン粉を量産した。


「肝心の食材は……!」


 ソラノは冷蔵魔導具を開けて中身に素早く目を走らせた。


「バッシさん、この豚肉とキノコとアスパラガスとエビとミニトマトと玉ねぎジャガイモとチーズ使ってもいいですか?」

「エビはダメだが他は大丈夫だ」

「ありがとうございます!」


 ソラノは材料を抱えて調理台に戻る。

 材料全てを一口サイズに切ると、鍋に油をたっぷりと注ぎ入れ、点火。

 油が温まる時間を使って、材料を卵液に潜らせてからパン粉をまぶした。


「一体、何を作るつもりなんだ?」

「ふっふっふ、レオ君。それは食べてからのお楽しみだよ」


 ソラノは勿体ぶってそう言うと、レオが見ている目の前で衣をつけた食材を油の中にそっと入れた。


「まずは、ミニトマト……!」


 ジュッ。

 パチパチパチパチ。

 閉店後のヴェスティビュールに、食材が揚がる音と匂いとが充満する。

 油の海深くに潜った食材は、火が通るとカラカラカラと音を変え、表面に躍り上がってくる。すかさずひっくり返してしっかり火を通した。


「はい、どうぞ。バッシさんも熱いうちに召し上がってください」


 ソラノは明日の仕込みをしようとしている背後のバッシにも声をかけた。


「このソースにつけて食べて下さいね!」

「ミニトマトを揚げる……?」

「珍しいが、美味そうだな」


 どん、と置いたソースに、訝しげな顔をしながら二人がミニトマトを少し潜らせて口に運ぶ。


「「!」」


 二人の顔つきが変わるのを見て、ソラノは口元に笑みを浮かべつつ、自身も揚がったばかりのトマトに豪快にソースをつけて放り込んだ。

 程よい厚さの衣がザクっと音を立てて噛み締められ、熱々のミニトマトの果汁が弾けた。

 火傷しそうな温度が口内で躍っているにも関わらず、嫌な感じはまるでない。

 濃厚なソースはソラノが知っている味とは少し違うのだが、それでも衣にマッチしていて我ながらよくできているなと自画自賛した。


「う、うめぇ……! なんだこのトマトの揚げ物!?」

「ほう、ソラノちゃんが作ったソースによく合う」

「まだまだこれからが本番ですよ!」


 ソラノははりきってじゃんじゃんと食材を揚げていった。


「まずは、野菜から!」


 キノコ、アスパラガス、玉ねぎ、ジャガイモ。


「ただの野菜が、揚げたらボリュームあるメインのおかずになってやがる……!」

「シャクシャクした歯ごたえがいいな。ソラノちゃん、料理の腕を上げたな」

「えへへ。がんばってます」


 実はひそかに料理をしていたソラノは、料理人であるバッシに褒められて頬を染めた。

 揚げながらも自分でも食べている。


「んーっ、特にアスパラが美味しい!」


 ホクホクした食感のアスパラガスは今が旬で、太さもあって食べ応えがあるし、甘みがある。実にソラノ好みの味わいだ。


「次はチーズ!」


 チーズは揚げるのが難しい。

 あまり揚げすぎると中身がドロっとしてしまうので、衣に色がついたらさっと取り出す必要がある。

 鍋の中を真剣に見つめるソラノ。


「今だ!」


 無駄に声を上げながらチーズを箸でさっと取り出す。


「どうぞ!」


 そしてレオとバッシの皿の上に置く。

 二人は間髪入れずにフォークでチーズを刺し、流れるようにソースに浸し、そして口に運んだ。


「おっ、チーズの味わいが衣の中に凝縮されている」

「カマンベールチーズを揚げるとは、すごい発想だ」


 ソラノも当然自分の分を食べてみた。

 ソースの濃ゆい味わいと、チーズの濃厚な味が、衣によって絶妙にマッチしている。


「んー、幸せ!」

「おい、次はなんだ?」


 レオがワクワクしながらソラノに聞いてきた。


「次はいよいよメインの、豚肉だよ!」

「おー、待ってました!」

「豚肉を揚げたやつは美味いからなぁ」


 レオが頭の上で手を叩いて喝采し、味の検討がついているバッシは腕を組んでしきりに頷いている。

 ソラノは最後にしてメインの豚肉を油の海に投入した。

 一際いい音を立てて油へと投入された豚肉は、細かな泡を纏って静かに揚がっていく。

 じーっと鍋の中を見つめているのは、ソラノだけではなかった。

 レオとバッシの視線も釘付けだ。

 店内は妙な静寂に満たされていた。

 音といえば、豚肉が揚がる音だけだ。

 肉をひっくり返し、満遍なく揚げる。

 そうしてこんがりきつね色になった時、ソラノの箸が動いた。


「はっ!」


 無駄に大げさな動きで豚肉を油の海から引き上げる。


「どうぞ」


 ソラノは、一口大に切った豚肉を、各々の皿に盛り付けた。

 三人は黙ってソースをつけ、食べる。

 口の中が幸せに包まれた。

 衣のざくさくとした食感。

 中の豚肉は脂がぎゅっととじこめられていた、じゅわっと柔らか美味しい。

 ソースの濃さが、これまでに食べたどの食材よりもマッチしていた。

 ソラノはじんわりと幸せを噛み締める。


「…………くぅ〜!」

「バッシさん、俺、エール飲みたい!」

「俺もだ。ソラノちゃんは?」

「じゃあ、グラスで一杯だけ……」

「そうこないとな」


 バッシがいそいそとエールを取り出した。

「乾杯!」という声と共に、ソラノはグラスで、レオとバッシはジョッキでエールを飲む。

 エール独特の苦い味わいが喉を過ぎると、口内に残っていた脂っぽさが綺麗さっぱり洗い流された。


「やばい、おいしい……私いまいちエールの良さがわからなかったんですけど、これはエールに合いますね」

「ソラノちゃん、これはなんて名前の料理なんだ? フリットとは違うようだったが」


 バッシに聞かれ、ソラノは目をきらりと輝かせる。


「よくぞ聞いてくれました。これは、『串カツ』です!」

「串には刺さってなかったぜ」

「本当は一品一品串に刺して揚げるんだけど、今日は串がなかったから省略したんです」

「なるほど、そうか……」


 料理について考え込むバッシと対照的に、ジョッキを干したレオが上機嫌に言った。


「なんにせよ美味え! なあ、ソラノ。オレ、豚肉のやつもう一回食べたい。なんならオレが揚げる。バッシさんは?」

「オレは野菜のが面白かったな」

「私はチーズ!」

「おーし、ソラノ。作り方は見てたから、次はオレが揚げる!」

「揚げすぎないようにね」


 厨房に立つ役をレオとバトンタッチし、ソラノはカウンターでバッシの隣に座った。

 腕まくりをして張り切るレオと、楽しそうな表情を浮かべているバッシ。

 閉店後のビストロ ヴェスティビュールで始まった串カツパーティーは真夜中をとうに過ぎるまで続いたのだった。


 +++

コミカライズ二話目更新されています。

https://comic-growl.com/episode/2550689798423869835


それから最近書籍化が決まった新作も、ぜひよろしくおねがいします。

冒険者都市の料理人〜絶品魔物料理でグルメ三昧な毎日!〜

https://kakuyomu.jp/works/16817330669730532121

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