第231話<コミカライズ記念SS>今日のまかない


 その日ソラノはいつものように店へ向かうべく飛行船へと乗り込んでいた。

 店で着替えるスペースがないため制服にしている緑色のワンピースを家から着て来ているソラノは、三つ編みにした髪の先の白いリボンをいじりながら、真剣な表情で考える。


(今日の賄い……なんだろう)


 カウマンとバッシの作る賄いは美味しい。

 味の説明などのため、基本的に店で出しているものと同じものを出してくれるのだが、いつもいつもソラノはこの賄いを楽しみにしている。

 店では立ち仕事で声を出すためお腹が空く。なので仕事前の腹ごしらえは重要なのだ。

 ソラノは賄いに思いを馳せる。

 チキンとハーブの包み焼き。

 チーズたっぷりのじゃがいものグラタン。

 ひき肉と玉ねぎがたっぷりのミートパイ。

 様々な具材が入っていてボリュームたっぷりのキッシュ。

 どれもこれも美味しいのだが、ソラノが特に好きなメニューといえば。


(やっぱりビーフシチューかな!)


 初めてこの世界に来て食べたビーフシチューはソラノにとって衝撃だった。

 とろとろに煮込まれた肉は舌で潰せばほぐれるほど柔らかく、しかし他の具材には適度な歯応えが残っている。ソースから丁寧に作られたビーフシチューは至福の味だ。定番メニューなのでいつでも店にあるし、頼めばすぐに賄いとして出してもらえる。

 ソラノはよし、と心に決めた。

 今日の賄いはビーフシチューにしてもらおう。

 そうしてまもなく到着するという飛行船のアナウンスを耳にして席を立った。


(賄い、賄いっ)


 賄いを食べて元気をつけ今日も一日がんばろうと心に誓うソラノは、モスグリーンのワンピースを翻して飛行船から降り立ち、第1ターミナルに存在しているビストロ ヴェスティビュールへと入っていく。


「おはようございますっ」

「おぉ、おはよう」

「今日も朝から元気だな」


 カウマンとバッシの言葉に「元気がとりえなので!」と返事をし、ソラノは店の奥に入っていく。客の入りがまだ少ない午前中、店内に流れる空気は緩慢としたものだった。ソラノはすこしワクワクした気持ちで、厨房に立つカウマンに問いかけた。


「今日のまかない、なんでしょう?」

「今日はローストビーフだ」


 そう言ってカウマンは、ソラノの目の前に皿を置いた。

 皿の上には、薄切りにした牛肉が四切れほど載っている。断面が薄いピンク色をしたローストビーフにはカウマン特製の飴色に煮詰めたソースがかかっており、照明に反射してキラキラと輝いていた。付け合わせにはサラダだ。


「わーっ、豪華! 早速いただきまーす」


 ソラノは両手を合わせていただきますのポーズを取り、それからナイフとフォークを手にした。一口大に切ったローストビーフをパクリと頬張る。

 カウマンが作るローストビーフは、バゲットサンドに挟みやすい様に改良が加えられている。冷めても柔らか、噛みちぎりやすく、ソースの味は玉ねぎの甘みと煮詰めた赤ワインが感じられる濃いめのものだ。


「んー、美味しい! そういえばバゲットに挟んでない、単体のローストビーフを食べたのって初めてかもしれません。お肉の味が口の中に広がって、食べ応えありますね」

「ローストビーフは脂が落ちてさっぱりしている分、胃にももたれないし美味いよな」


 カウマンの言葉にコクリと頷いて同意したソラノは、はっととあることに気がついた。


「カウマンさん、ライスもらえませんか」

「ライス? パンじゃなくてか?」

「はい、ライスがいいです。平皿じゃなくて深めのお皿に」


 カウマンはソラノの要望に応え、ボウル状の皿にライスを盛ってくれた。ソラノはそこに、ローストビーフを載せていく。四枚のローストビーフがきれいに白米の上に整列した。ソラノはナイフとフォークから、店に置いてあるマイ箸に持ち替えると、薄切りにした肉で白米を包み込んで持ち上げた。

 そのままパクリ!

 肉のさっぱりとした旨味と、濃いめのソースが素朴な白米に染み込んでなんとも言えない味わいとなる。噛み締める度に感じられる、複雑な味わい。白米の甘み、暴走牛肉の肉肉しさ、濃厚なソース。

 ソラノは至福の表情を浮かべた。


「ローストビーフ丼、美味しい……!」


 和食の王道である白米は、どんな国のどんな料理とでもマッチしてしまう。そのポテンシャルの高さに日本人としてソラノは誇りを持っていた。白米最強だ。

 そんなふうにローストビーフ丼を噛み締めていると、店の入り口から見知った顔が入ってくる。空港職員の証である白を基調とした制服をきちんと着こなし、鮮やかなピンクの髪をかきながら、少し眠そうにしているその姿は、ソラノにとってよく見慣れた人物、デルイだ。デルイはまっすぐに店の奥にやってくると、いつも座っているお馴染みのカウンター席に陣取った。


「お疲れ様です、デルイさん。夜勤明けですか?」

「うん。ちょっと面倒な報告書書いてたらこんな時間になっちゃった。……何食べてんの?」


 カウンター越しに眠たげな瞳でソラノの手元を見つめたデルイは、ソラノの食べている賄いに興味を示したようだった。


「ローストビーフを白米に載せた、ローストビーフ丼を食べてます」

「ふーん。……俺も同じの食べたい」

「え……これ、まかないですよ? メニューにないです」

「でも、材料はあるし、出せるでしょ?」

「まあ、そうですけど……」

「カウマンさーん、俺にもソラノちゃんが食べてるのと同じのちょうだい」

「んん?」 


 呼ばれたカウマンがのっそりと振り向き、それからソラノの食べかけの皿を見た。


「ソラノちゃんは一体何食べてるんだ?」

「カウマンさんが作ったんじゃないの?」

「俺はローストビーフとライスを別々に渡したんだが……いつの間にか合体してるな」

「……ローストビーフ丼です。私がいた国に、そういう料理があって……」

「なるほど、ライスの上にローストビーフを載っけたのか。で、美味いのか?」

「はい、もちろんです! お肉でライスを包んで食べると、一度にお肉と白米が楽しめて、とてもお手軽かつお得なんですよ! 一口で二度おいしい!」


 ソラノが力説すると、デルイは端正な顔立ちに夜勤明けの疲れを感じさせぬいい笑みを浮かべた。


「じゃ、ソラノちゃんオススメのそのローストビーフ丼を俺にもちょーだい」

「おう。わかったぜ」


 カウマンは二つ返事で了承した。

 そして提供されたローストビーフ丼を頬張るデルイ。ソラノが言った通り、肉で白米を包んでパクッと一口で食べてしまう。一口が大きいのに上品に食べるのは、

さすが伯爵家出身といったところだ。


「ソラノちゃんの言う通り、バゲットサンドに挟むのとはまた違った味がして、これも美味しいね」

「ですよね。パンもいいけど、お米が食べたくなった時にはこれもいいですよね」

「ボリュームあるから、冒険者向けに売れんじゃない?」

「確かにいいかもしれんなぁ」


 ぬうっと姿を現したカウマンが相槌を打つ。


「メニューに加えよう」


 こうしてソラノがまかないにちょっと思いつきで作ったローストビーフ丼は正式なメニューに加わり、そしてそれは予想通り冒険者たちにウケたのだった。


++++

コミックグロウルさんで本作のコミカライズが開始しました。

無料で読めるので、ぜひどうぞ。

とても元気でかわいいソラノと美味しい料理が堪能できます!

https://comic-growl.com/episode/2550689798423869831

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