第210話 晴天の霹靂亭②
「あの店か?」
「そうみたいですね」
「でけー店だな、ヴェスティビュールと大違いだ」
「レオ君、うちの店はこぢんまりとしたところもいい点だよ」
三人は空港内を歩き中央エリアまで赴いて、冒険者区画をうろついた。周囲にいるのはこれから旅立つか、あるいは帰途したばかりのバッチリ武装した高位の冒険者ばかりなので、手ぶらで軽装の三人は場違い感が半端ない。
しかしそんなことは歯牙にもかけずにまっすぐ青天の霹靂亭に向かって歩き、入り口前で立ち止まった。三人のメンタルはタフネスである。
店の前はオープンな作りとなっており中が丸見えだ。
高い天井の店内には丸いテーブルが所狭しと並んでおり、その周りには大小様々な種族の冒険者たちが入り乱れて酒を酌み交わしている。ジョッキエールに豪快な肉の塊、飛び交う笑い声、間を忙しそうに駆け抜ける店員たち。この時間にもかかわらず店は大盛況だ。
「よし入ろう。おーい! 三人なんだけどいける?」
ソラノとバッシの返事も待たず、ウキウキとした様子のレオは勝手に店に近づいて店員の一人に声をかけた。巨大なお盆になみなみとエールを注いだジョッキを十個は載せた店員の女性がレオの声に気がついてこちらを見る。
「はい、三名様ですね! 空いてる席にどうぞ!!」
店員は店を見回し、空いているテーブルをお盆で指し示す。それから小走りで他のテーブルへと行き、「お待たせしました、エールです!」と元気に注文の品をお届けしている。
三人はその席に座ると、ソラノは置いてあるメニューに目を走らせ、レオはメニューに目もくれずに店員を呼びつけ、バッシは血走った目で店内にくまなく視線を走らせていた。
「とりあえずエール三つにジャガイモフリット、それから骨つき肉な!」
「はーい!!」
「レオ君、メニュー見ないの?」
「あ? だいたいこういう店で頼むもんなんて決まってるだろ」
「私あの量のエール飲めないよ」
「じゃ、俺が飲むからよこせ」
「クララさん、こんな所で働いているのか!? 彼女は大丈夫なんだろうか……ソラノ、クララさんがいたら俺に教えてくれ」
「そもそも今日この時間に働いてるかどうか、わからなくないですか?」
「まあ、そりゃそうだが……」
「お待たせしました、エールにフリット、骨つき肉です!」
元気溌剌としていて発育もいいお姉さんが、あっという間に注文の品を持ってきてテーブルへと置く。その豪快な料理はヴェスティビュールでお目にかかることはない類のものだった。
「とりあえず乾杯だな!」
レオが楽しそうにジョッキを掲げたので、ソラノも持ち上げる。ガツンとジョッキをぶつけるとレオは中身を一気に飲み干した。かつて冒険者をしていたレオはこの場に馴染んでおり、実に美味そうな飲みっぷりだった。
ソラノもそっとジョッキを傾けエールを口に運んだ。キンと冷えたエールは独特の苦味と発泡感があり、いつも店で飲むワインとは全く異なる味わいだ。
接客で疲れた体に染み渡るそれは、これはこれでアリかも、と思わせる。
そしてお皿に山盛りになったフリットに手を伸ばした。指先から伝わってくる、揚げたてアツアツのジャガイモの感触。
ぽいっと口に放り投げ、歯で噛み砕く。
カリッとした衣の中から細切りのジャガイモのホクホクとした食感がやってくる。表面にまぶされた塩が絶妙な塩梅で、もう一本、もう一本とついつい手が伸びてしまう。
「んーっ、久々のポテト!! おいしー!」
ジャンキーな味わいを求めてしまうソラノにこのジャガイモのフリットはクリティカルヒットした。エール、フリット、エール、フリット。なんならこの二つだけで永遠に食べ進められてしまう悪魔のスパイラルだ。日本にいた時にはコーラにフライドポテトが定番だったソラノだが、エールとフリットも捨てがたいと思えるのはきっと大人になった証拠だろう。
「やっぱエールは体に染みるな!!」
レオはレオで、冒険者時代散々飲んだであろう懐かしのエールに舌鼓を打っている。早速一杯飲み干したレオは追加のエールを注文していた。
そんなわけで酒場のメニューを堪能する二人だったが、一切この場を楽しめていない人物が約一名。バッシだ。
「クララさんはどこだ!? 本当にこんな騒々しい店で彼女は働いているのか? 何かの間違いじゃないか!?」
「あー、この赤身たっぷりの肉の塊もウメェ」
「おいレオ、何をのんきに食べてるんだ。ソラノもフリットばっかりかじってないでクララさんを探してくれ」
「今日はもう仕事上がっちゃったんじゃないでしょうか」
サクサクとフリットをかじる手が止められないソラノはそんなことを言ってみる。実際上がってるのかどうかはわからないが、出くわさない方がいいんじゃないかと考えていた。強肩のクララと呼ばれる彼女の本性を見たバッシがどのような反応を示すのかソラノには想像もつかず、変な修羅場になる前にさっさと退散した方がきっと互いのためになるだろう。
「おいおいお前ら、ヴェスティビュールの新たな従業員になる予定なんだぞ、もっと興味を持ってだなぁ……!」
「あいよーっ、大ジョッキビール二十個、お待ちどうっ!!」
料理に夢中な二人に苦言を呈すバッシの声にかぶせるように、ひときわ大きな声が店内に響き渡る。「おおーっ」「待ってました!」という野太い冒険者の声に答えるよう、その声の持ち主がお盆を持ってバッシたちのすぐ近くを通ろうとしたその瞬間。
「…………あ」
「…………えっ?」
三人はその店員とバッチリ目が合った。店員は牛人族の女性で、右手と左手にそれぞれ
ソラノが普段使っているお盆の五倍の大きさはあるお盆を支えている。その巨大なお盆に普通のジョッキの二倍、一リットルは入っているであろう大ジョッキを十個ずつまるでシャンパンタワーのように縦に積み重ねて乗せ、驚異の腕力とバランス感覚で危なげなく運び、のしのしと店内を歩いていた。
そのなみなみ注いだエールをこぼさないバランス力、と腕力、大量のジョッキを支えてなお余裕の笑みを浮かべる給仕係としての矜持。まさに「強肩」の二つ名にふさわしい出で立ちだ。もしくは「豪腕」とも呼べるだろう。
いずれにせよ、バッシの前で見せている姿とはまるで違うことは否定できない。
「……ク、クララさん?」
「…………バ、バッシさん!? どうしてここに……」
その女性は驚愕の眼差しでバッシを見つめながら、しかしジョッキの中身をひとしずくもこぼさずにその場に立ち尽くす。
バッシとクララを中心に時が止まった。
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