第208話 尾行デート②

 そんなこんなでしばらくの間待っていると寄り添うバッシとクララが役所から出て来た。階段を降りてくる二人は腕を組んで歩いて降り、見るからにラブラブだ。バッシはほんのり頬を染め、クララは幸せそうに笑っている。完全に幸せそうなカップルだった。

 この二人の後をつける事に少しの後ろめたさを感じつつ、ソラノは尾行をやめない。なぜならばこれはソラノに課せられた使命だから! マキロンさんも心配してるし。

 

 その後二人は中心街を歩いて宝飾品店が立ち並ぶ通りへと行き、何軒かの店へと入って行った。

「大型種族用の宝飾品店だ」


 デルイに言われて見上げると、確かに店は入り口からして大きい。ショーケースに並べられているアクセサリー類も、明らかに大きめのサイズだった。ここに二人が入った目的を考え、ソラノは口にする。


「婚約指輪?」


「だろうね。ちなみに獣人族は指輪じゃなくて耳飾りが主流だよ。揃いでつけるんだ、ほら、あそこの二人組見てごらん」


 言われて通りを歩く二人組の猫人族を見ると、確かに揃いの耳飾りをつけていた。


「人間は指輪ですか?」


「そ。それもソラノちゃんの世界の文化が持ってこられたって聞いてるよ」


「確かに、一緒ですね」


 異世界なのだが、この微妙に世界がリンクしているところが面白い。しばらく待っていると二人は満足そうな顔で店を出てきた。


「バッシさん、私とても嬉しいわ」


「俺もだよクララさん。ところで疲れてないか? ずっと歩き詰めだったし、ちょっと休憩でもしようか」


「あら、ありがとうございます」


「昼も近い。ここから近いレストランに予約を取ってあるんだ、行こう」


 そう行って横を向いたバッシの顔が得意満面なのをソラノは見た。


「女王のレストランって知ってるか?」


「まあ、あの人気店の? もちろん知っていますわ」


「実は俺、昔そこで働いていてな。ツテがあるんだ。結婚後の披露パーティーに使うのはどうだろう」


「あのお店で働いていらっしゃったの? 素敵……! 披露パーティも、いい考えだと思いますわ」


 大きな瞳をキラキラとさせるクララ。どうやら二人はこれから女王のレストランへと行くらしい。デルイはポケットから懐中時計を取り出して時間を見た。


「残念だけどそろそろ頃合いだね。尾行はおしまい」


「もうそんなに時間が経ったんですね」


 ハッと我に返ったソラノはデルイとともに踵を返してそっと二人から離れた。角を曲がって見えなくなったところでデルイが再びサングラスをかけてから指を振ると、途端に彼の存在感が増して道ゆく人が振り返る。ソラノはそんなデルイに礼を言った。


「ありがとうございます」


「いいえ。元はと言えば俺が変なアドバイスをしたせいで話が飛躍したわけだし」


「いや、あれはバッシさんが勝手に暴走したせいだと思いますけど……」


 デルイは至極真っ当な助言をしただけで、そこに引け目を感じる必要はない。あそこでプロポーズをするなど誰が思うだろうか。


「どう? 少しはクララさんのことがわかったかな」


「うーん、そうですねえ……」


 ソラノは歩きながら腕を組んで考える。ソラノから見たクララはおしとやかで楚々としている、大人の女性だ。家での受け答えも非常にきちんとしており問題は何も見受けられない。しかしその卒のなさが逆にソラノとしては何か微妙に引っかかるところがあった。

 デルイはポケットに手を突っ込み、軽快に歩きながら言う。


「俺の見解を述べようか」


「是非お願いします」


「あの女性は自分を偽っているよ」


「!」


 ソラノがデルイを見上げると、サングラス越しに目が合った。

 職務上数多の犯罪者の嘘を暴いて来たデルイが言うのだからきっと間違いはない。

 自分を偽っているーーそれはつまり、本性をさらけ出していないということだ。なんということだろう。やはり彼女はバッシをそそのかす悪女だったのか!? ソラノの心がにわかにざわついた。

 そして続くデルイの言葉に驚愕する。


「中央エリア、冒険者区画で最も大きい酒場『青天の霹靂亭<せいてんのへきれきてい>』。そこで働く牛人族の女性、通称『強肩のクララ』」


「きょ……強肩!?」


 唐突に出て来た単語にソラノはたまげた。それはソラノが今まで見て来たしずしずとしたクララからは想像もつかない二つ名だ。

 まるでプロ野球選手のようなあだ名である。あの小花柄のワンピースの下には百六十キロの豪速を投げられるたくましい筋肉が隠れているとでもいうのか。


「大きい酒場だからトラブルが起こる事も多くてね。よく呼び出されるんだけど、そこにそんなあだ名の人がいたなぁって。今日会って確信したけど、まさにその人だよ」


「じゃあクララさんは、実は日夜冒険者相手にバトルを繰り広げる格闘家タイプの女性だったって事ですか……!? 結婚した途端にバッシさんを尻に敷くような人なんでしょうか!?」


 想像が飛躍し、いきり立つソラノにデルイがフォローを入れて来る。


「や、そんな大げさなやつじゃなくてね。好きな人には自分を良く見せたいって誰でも思うでしょ? そんな感じのやつだよ。クララさん自身は悪い人じゃないと思う」


「はぁ……あ、そういう感じのやつですか」


「そうそう」


 ちょっとホッとした。しかし納得はいかないソラノはデルイに言う。


「でもそんな自分を偽って結婚しても、すぐにボロが出ると思うんですけど。それか結婚自体が息苦しくなるか……一緒に住むなら自然体でいられる相手の方が良くないですか?」


「んー、一理あるけどね。ソラノちゃん、この国の結婚適齢って知ってる?」


「いえ……」


「貴族子女で十六、七歳。庶民で二十歳そこそこ。あのクララさんは見たところ三十代半ばだから、きっと焦っているんだと思う。どうしてもバッシさんと結婚したいんじゃないかな」


 なるほど。言われてソラノはストンと腑に落ちた。

 絶対に結婚がしたいクララは本来の自分を押し殺し、バッシに自分を良く見せようとしている……それならば納得できる。

 出会った時のクララをバッシが好んでいるのならば、それを通すしかないだろう。もはや後には引けないのだ。

 にしても。


「バレた時、どうするつもりなんでしょうね……」


「その時はその時で運を天に任せるしかないね」


 ソラノはずっとバッシとともに働いているが、彼の好む女性のタイプというのはよくわからない。そういう類の話はした事がないし。もしクララの化けの皮が剥がれた時、それでも受け入れてくれるといいな、と幸せそうに寄り添う二人の姿を思い出してソラノは思った。

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