第206話 ソラノ、心配する


「お待たせしましたー……デルイさん?」


「ヤッホ、ソラノちゃん。今日も可愛いね」

 

 待ち合わせ場所へといくと、軽くデルイが手を振ってくれた。その出で立ちを見てソラノは首をかしげた。相も変わらずお洒落なデルイなのだが、本日は茶色い大きめのサングラスをかけている。


「変装ですか?」


「まあ、そんなところ。あ、嫌だった? 外す?」


 そう言ってグラサンに手をかけたデルイだが、ソラノは首を横に振った。


「いえ、珍しいなと思っただけです」


「そう?」


「はい。どうぞどうぞそのままで」


「そっか」


 言ってグラサンをかけ直すデルイを横目で見て思う。彼は容姿が目立ちすぎるためにどこかへ出かける時には変装することが割と多いのだが、今日のこれは完全に裏目に出てるんじゃないかなあ。

 アレだ。とりあえず帽子とサングラスをしてみたものの、キラキラオーラを隠しきれていない大物芸能人のようだ。

 そんなキラキラ芸能人デルイの横を、ただの一般人であるソラノは並んで歩き出す。ここで己に引け目を感じないところが彼女の良さであろう。ソラノは決して人の容姿の良し悪しを比較に出して卑屈になったりしない。


「さっきクララさんがご挨拶に来たんですよ」


「あぁ……もうそこまで話が進んでるんだ」


「はい。新居の物件見にいくって言って出かけちゃいました」


 ブラブラと歩きながらもソラノは先ほどの出来事を話して聞かせる。


「マキロンさんが心配しちゃって。大丈夫なのかねえ? ってしきりに言ってました」


「カウマンさんは?」


「そんなに気にしてないみたいでした」


「バッシさんもいい年だから、結婚自体は本人に任せればいいんじゃないかなと俺は思うけど」


「そうですね……あまりにも急な話で皆、ついていけてないと言いますか」


 往来にはついこのあいだまで降り積もっていた雪が陽の光で溶けており、日差しには春の暖かさを感じられる。まだ日陰には固って凍り付いた雪が残っているけれど、それも間も無く溶けるだろう。

 石畳特有のひんやりとした冷気が足元から這い寄ってくるので、ブーツはまだ冬用の内側にボアがついたものを履いていた。ソラノは寒さに弱い。

 さんさんと降り注ぐ日差しを身体中に浴びながらも何となく落ち着かない気持ちでソラノとデルイは建物の角を曲がった。


「あ、噂をすればバッシさんとクララさんだよ」


「えっ?」


「ほらあそこ、乗合馬車乗り場」


 言われてソラノが視線を走らせれば、確かに列に並ぶ人に紛れて見慣れたバッシの姿がそこにはあった。二人とも大型種族なので、その特徴的な頭はにょっきりと人の群れからはみ出して目立っている。


「かっ、隠れましょう!!」


 反射的にソラノはデルイを押しやって、つい今しがた曲がった建物の影へと引きずり込む。それからそーっと頭をのぞかせてバッシの様子を探った。何やら仲睦まじそうに喋っている姿が見えるではないか。


「……何で隠れたの?」


「えっ? あっ、何ででしょう!?」


 本当に何でだろう。完全にただの脊髄反射だった。しかし今更偶然を装ってノコノコと出て行き、「こんにちは、偶然ですね!」と言えるほどソラノは演技が上手くない。仕方なしにそのまま二人の観察を続ける。


「もう物件選びは終わったんですかね。あの乗合馬車乗り場にいるって事は、行き先は中心街かな? 何しに行くんでしょう」


 己もデート中であるということをすっかり忘れ、出歯亀と化したソラノはバッシとクララを食い入るように見つめる。するとソラノの上からひょいと頭をのぞかせたデルイは「んー」と思案するように声を漏らす。


「あの二人、気になる?」


「気になります……けど、こんなの良くないですね」


 ハッと我に返ったソラノはデルイに向き直り、謝罪した。


「ごめんなさい、姿が見えたのでついつい。私たちも、行きましょう」


 デルイはそんなソラノを見、バッシたちに視線を移し、そして再びソラノに視線を落とす。サングラスの奥に見える瞳は何となく楽しそうな色合いを含んでいる。

 彼は人差し指を自身の口元に当てて「シー」のポーズを取ってから、ある一つの提案をして来た。


「じゃあ、今日のデートは尾行デートにしよう」

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