第197話 そしてまた新しいお客様

 冬は深まり、雪が王都を白く染め上げている。

 新年も間近に迫った空港はいよいよもって人が多くなり、店は繁忙をきわめていた。

 無事に店へと復帰したマキロンとともに五人で店を切り盛りする相変わらずの毎日が続いていた。昼下がりのひとときと閉店後だけが一息つける時間だ。

 ソラノはいつも通りに出勤すると賄いを食べながら店の様子を把握している。

 

「一年、経ちましたね」


「あっという間だったなぁ」 

 カウマンが昼の掻き入れ時によって凄まじく荒れた厨房をレオとともに片付けながら相槌を打った。


「本当に、怒涛の一年だったねぇ」

 マキロンは売上票をまとめつつ、想いを馳せるようにペンで顎をカリカリとかく。


「なかなか刺激的な一年だったぜ」

 バッシは食材の確認をしながらしみじみとした口調で言った。


 一年前。店は新装開店をしたばかりだった。これからどうなるのか、売れ行き次第では潰されるかもしれないという状態だった。結局のところそれは杞憂で、この一年間様々な人と出会い、店は繁盛していった。

 春先にレオが来て雇われ、そして春にはフロランディーテがやって来た。あの時にはまさか王女様だとは思わなかったから驚いたし、その後のフリュイ・デギゼの狂想曲にはさらに驚かされた。

 夏には狐人族のアーノルド達がやって来て黒麦のガレットを作ることになり四苦八苦をした。レシピを知らない料理を作るのがあんなにも難しいとは思わず、大分苦労したが何とかうまくいってよかったと胸をなでおろした。黒麦の良さが少しでもこの国の人たちに伝わったのならば嬉しい。

 秋には突然現れたシスティーナがデルイとの縁談話を持ちかけて、それを阻止するためにデルイが森竜討伐へと行ってしまったり、お店にデルイの両親が来たり、最終的にはシスティーナ本人もやって来て何だかキマイラと激突して大変なことになったりと色々あった。

 それに比べれば冬は事件らしい事件も起きずに穏やかに過ごせてよかったな、と思う。年の瀬の影響なのか色々な人が来店してくれソラノとしても知り合いの顔がたくさん見られて嬉しかった。ハウエルのことは気になるけれども、多分ソラノが気にしてもどうにかなるものではない気がしている。


「来年はどんな年になるんでしょうね」


「おっ、気がはやいな、ソラノ。まだまだ冬は長いぜ」


「そうだヨォ、ソラノちゃん。油断しているとまた何かでっかい事件が起こったりするもんだよ」


「えーっ、不吉なこと言わないでください」


 なぜ料理店の看板娘をしているだけなのに色々な事件に巻き込まれるんだろうか。ここがファンタジーな世界なせいだからなのか。何にしてもソラノとしては平穏無事な毎日を送りたいと願っている。


「ま、季節を先取りすんのも悪くないだろうよ。次の春にゃどんな料理を作ろうか」


「バッシさんもほらこう言っていることですし」


 味方を得たとばかりにソラノはその話題に食いつく。


「春となると見た目も華やかなお料理がいいですよね!」


「今年と全く同じとなるとつまらんから、何か変化を加えたいな。使える食材も増えるから作り甲斐があるぜ」

「なー、俺もそろそろ客に出せる料理作れるかな」


「ああ、簡単なものから試していくか」


「じゃ、接客でもう一人雇ってくれよ」


「その問題もあるなぁ」


「なかなか一筋縄にはいきませんね」


 新装開店しても課題は山積している。お客は空港を利用するためにやって来た一見さんがほとんどなので安定した売り上げを出すためには何かしら考え続けないといけない。常連さんの存在は稀少でありがたいけれどそれだけに頼ってしまうわけにはいかなかった。

 フロランディーテとフィリスの一連の出来事により王都からやってくる客もいたが、そう何年も続くような類ではないのは明確だ。

 大切なのは空港を使う人々に興味をそそる店づくりができているか、だ。

 異国から来た人にはこの国で初めて食べる料理として。

 帰って来た人には祖国を思い出す懐かしい料理として。


 大小様々な問題を解決しつつも店はこれからも続いていく。

 来た人にとってホッと一息つけるような、心地いい店を提供できればいいな、と思いながら。


「あ、客が来た」


「私いくよ」


 レオの声にソラノは席を立ってエプロンを締める。

 さあ、今日はどんな日になるか。

 どんなお客様がやってくるか。

 ワクワクする気持ちとともにソラノはカウンター内から客席へと軽快な足取りで躍り出る。

 その顔にとびきりの笑顔を浮かべて、初めて見るお客様を迎え入れた。



「いらっしゃいませ、ビストロ ヴェスティビュールへようこそお越しくださいました」


-------

これにて二年目・冬編完結となります。

ご愛読いただきましてありがとうございました。

面白かったと思いましたら、ぜひ★にて評価をお願いいたします。

また、お陰様で今作品は【カドカワBOOKS様より書籍化を予定】しております。

今後は番外編となる話をポツポツと投稿予定ですので、

ぜひまだお付き合いの程よろしくお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る