第191話 チーズ捜索隊②

「呼び出しちゃってすみませんデルイさん」


「やー、会えるの夕方くらいって聞いてたから早めに会えてラッキーだよ」


「ほらな、兄ちゃんならそう言うと思ったぜ」


「今度は臨時で働いてる空港職員のために故郷の味を再現するって? ソラノちゃんは色々と思いつくね」


「まあ、喜んでもらえるかわからないので半分は私の意地みたいなものなんですけど」


「そこまでソラノちゃんの興味を引く職員がどんな人なのか、俺としてはちょっと興味がある」


「兄ちゃんが気にするような人じゃねえ。冴えないオッさんだ」


「そうなんだ。俺は昼のヴェスティビュールにはほとんど行かないから、会うことないだろうな」


「デルイさんは夜にお店に来ますもんね」


「仕事帰りの一杯が楽しみだからね」


 三人で異国街を闊歩しながら雑談を交わす。黒いコートを羽織ったデルイは機嫌が良さそうで、唐突に変な理由で呼び出されたにも関わらず何も気にしていなさそうだった。


「ここなら貴族連中も来ないから顔を隠す必要もないし気が楽」


「そう言われれば今日は帽子被ってないですね」


「うん」


 ハーフアップにした鮮やかな髪色が襟足のあたりで跳ねており、歩くと毛先が踊っている。頭にもコートにもうっすらと粉雪が降り積もっていた。 

 隣を歩くデルイを見つめていると、気づいたデルイが声をかけてきた。


「どうしたの?」


「デルイさんのコートも薄手だから……寒くないのかなと思いまして」


「ん? 火鼠の毛皮を使ってるから暖かいんだよ。ほら」


 差し出された袖口を触ってみると、確かにほんのりと熱を持っている。


「良いなぁこれ! コート全体がホッカイロみたいですね!」


「ホッカイロが何だかわからないけど、暖かいよ。ソラノちゃんも買いに行く? この買い物終わったら一緒に店行こうか」


 はい、と口にしかけてはたと止まった。さっきカウマンは店の給料じゃ無理だと言っていたからきっと凄い高いに違いない。一緒に行ったとあらば、デルイは「じゃあ買ってあげるよ」くらいの事を言い出しかねない。彼はそういう人物だ。

 

「……今度、アーニャと一緒に買いに行きます」


「そう? 残念。じゃあ今日はとりあえずこれをあげる」


 はいと渡されたのは小瓶だった。丸いフォルムの掌大のガラスの小瓶は中で炎がちらついており、じんわりとした暖かさが手のひらに広がって来る。


「特殊な瓶に入った炎だよ。二時間くらいで燃え尽きるからポケットに入れておくといいんじゃないかな」


「わあ、ありがとうございます」


 言われた通りにコートの左ポケットに入れておき、指先で転がす。


「反対の手はこうね」


 デルイがソラノの右手を取ると、自分のコートのポケットに誘導する。ポケットの中で指先を絡めて握られにこりと微笑まれると、掌どころか顔までもが熱くなってしまう。


「あったかいでしょ」


「はい……」


 こういうところがスマートすぎてずるいと思う。デルイさんは、ずるい。

 前を歩くカウマンが「あーあ、若いっていいなぁ」とこぼしていた。顔が赤いのはソラノだけでデルイは機嫌よく鼻歌でも歌い出しそうな雰囲気だ。

 かじかんでいた指に熱が戻り、心も一緒にぽかぽかする。

 少し気持ちに余裕ができたのでキョロキョロと今いる場所を改めて眺める。

 今まで見てきた王都の中とは全く異なる場所だった。まず通路が狭い。普通サイズの大人が三人並べばいっぱいになる幅しかない。そこに露天のテントが立ち並び、売り物を手にした店員がこちらに向かって早口で売り口上を述べて来る。

 異国情緒漂う市場は雰囲気があり、吊るされた薬草や並んだ雑貨など一見しただけでなんだかわからないものも多かった。じっくり見たいところだが、本日の目当てはここにはない。食糧市場はどの辺りだろう。


「ソラノちゃん、気をつけて」


「えっ?」


「スリ」


 デルイが言葉短かな忠告と同時に、何者かの腕をねじり上げる。


「イッテテテ!!」


「人の物を盗んだら駄目でしょ」


「ックショー」

 

 舌打ちをしながら去って行く人間を冷めた目で見つめながら、デルイは隣を歩くソラノを見る。


「治安悪いからね、気をつけて」


「あ、はい」


 ポケットに入れていた左手を抜き出して、ショルダーバッグを前にずらした。


「コラコラ、ひったくりは犯罪だ」


「クソッ」


「俺は男に触られる趣味はないよ」


「イデェ!」


 この三人組は目立つようで、数歩歩くごとにデルイは犯罪者を取り締まっていた。

 とうとう四人がかりでものを奪おうと襲いかかってきたチンピラ達を魔法も使わず素手で叩きのめしたデルイは、肩をすくめた。


「手応えがないね」


「なんだこいつぁ、ただの金持ちの観光客じゃねえのかよ!」


「心外だ。俺はエア・グランドゥールの保安部職員だよ」


「ゲェ、役人じゃねーか!」


 デルイの一言により蜘蛛の子を散らすように去って行くチンピラ。


「デルイの兄ちゃんは頼りになるなぁ」


「逮捕しなくていいんですか?」


「ここは俺の職場じゃないし、今日は休日だからいいのいいの。ルドだったらきっちり騎士団に連絡取るだろうけどね。さ、道も開けたことだし、目当ての店を探そうか」


 騒ぎのせいですっかり目立ちまくったソラノ達は、道ゆく人が場所を空けてくれるようになった。おかげで見通しがいい。


「ああ、この辺りかな」


 先導するカウマンがそう言うと、一つの店の前で立ち止まった。

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