第190話 チーズ捜索隊①
「さぁ、今日はお店がお休みです!!」
「休みの日だなぁ」
「では、チーズ探しに行きましょう!」
元気にえいえいおーとポーズをとるソラノの横に並び立っているのはカウマンである。今回バッシとレオは不在だ。店で仕込みをしている。マキロンはまだ自宅で療養中の身である。
粉雪が舞う王都の中心街を二人で歩く。中心街は年の瀬に向けての買い物客でごった返しており、さらに皆着膨れているので行き交うのもやっとの有様だ。
獣人族、特に猫人族や犬人族といった人種は元々の毛皮があるので薄着で往来を闊歩しており、寒がりなソラノからすると羨ましい。外套の襟元をかき抱いて歩くも、石畳からの独特な冷えまでは防御しきれない。
「うーっ、寒いですね」
夏が過ごしやすい分冬の寒さが身に染みる。粉雪とともに頬に当たる冷気がソラノの体温を容赦無く奪った。
普段暖かい空港で一日の大部分を過ごしている分、こうして外を歩くと寒さをとても感じる。
見かねたカウマンが声をかけてきた。
「ソラノは寒がりだな。魔法糸の織り込まれた外套でも買ったらどうだ?」
「そんなのあるんですか?」
「おう。火属性の魔法が練りこまれてるから保温性に優れてておすすめだ。もっと金があれば火鼠の衣とかサラマンダーの加護付きの服も買えるけど、まあ店の安月給じゃ無理だな」
「でも去年に比べてお給料上がりましたよね!」
安月給の部分に反応したソラノが言う。実際、店に勤め始めた頃に比べれば給料はうなぎのぼりだった。衣食住までまかなってもらい、給料までそこそこ貰ってる身としては文句なしである。そんなカウマンは獣人族の例に漏れずに薄手のコート一枚羽織っているだけだ。
「いいなぁ、そんなに薄着で平気で羨ましいです。厚着してると太って見えちゃう」
「ソラノはもっと筋肉つけた方がいいんじゃないか?」
「うーん、頑張ってみます」
仕事前にちょっと筋トレしようかなぁ。などと考えながら歩いていると、目当てとしていたチーズ専門店が見えてきた。二階建ての立派な石造りの店で、ショーウインドウには丸い塊のチーズやなんだかやたらにカラフルなチーズなどが飾られていた。
「大きいお店ですね」
「中心街の中じゃあ品揃えがいい店として有名だな」
中に入るとひんやりとした店内の棚にぎっしりと色々なチーズが陳列されていた。
「こんにちは、今日は何をお探しで?」
愛想のいい山羊顔のおじさんが出てきて尋ねる。
「アルヴァのチーズとやらを探しにきたんだが、あるかい?」
カウマンがそう聞くとおじさんは渋い顔を作る。
「アルヴァのチーズ? そりゃ、ここには無いよ。西方諸国の山羊のシェーブルチーズだろう? マイナーだし、癖が強いから普通の店には売ってないと思うな」
「ええ、そんな……」
寒い中を歩いてきたというのに。ソラノはがくりとした。
「あるとしたら異国街の方だな。西方諸国から来た奴ら向けの居住区がある」
「あ、そんなところあるんですか」
「だがあんまり治安良く無いから気をつけた方がいいぞ」
山羊顔のおじさんの忠告に耳を傾けた後、二人は店を出て腕を組んだ。
「異国街かぁ、あんまり行きたい場所じゃねえなあ」
「このまま手ぶらで帰るなんて出来ると思いますか!? 行きましょうよ」
「うーむ」
「そんなにまずい場所なんですか?」
渋るカウマンにソラノは尋ねる。
「異国街の市場は騎士団の目が届きにくいからなぁ……エア・グランドゥールがあるのとは別の郊外、王都の外壁近くにある地区でな。ぼーっとしてると犯罪に巻き込まれる。とはいっても王都の中だからそんなにすごい事件は起こらないが、スリとかひったくりは日常茶飯事だと言う噂だ。俺も足を踏み入れたことはない」
「結構すごそうな場所ですね」
「まあ、スラムとまではいかなくても異質な場所には違いないな。西方諸国の人間だけじゃなく、近郊の貧しい国の人間もやってきて住み着いているような場所だ」
そう聞くと少し怖くなってきた。デルイの守りがあるとはいえ、スリのようなささやかな犯罪まで守ってくれるのかどうかは微妙なところでもある。
「お、良い事思いついたぞ。今日デルイの兄ちゃんとこの後会うって言ってたよな?」
「はい。休日らしいので買い物を終えたら会おうかと」
「じゃあもう今呼び出しちまえ。兄ちゃんならソラノが呼び出しゃすぐ来るだろ。護衛にはうってつけだ」
「いやあ、悪いんじゃないですかね。まだ約束してる時間には早いし」
「わかってないな、ソラノは。こういう時、男は頼られたいもんなんだよ」
チッチッチ、と指を左右に振りながらカウマンが言いながら、携帯していた通信石をソラノに寄越した。
「兄ちゃんを呼ぶか、手ぶらで帰るかのどっちかだ。ほれほれ」
「う……」
手渡された通信石を見つめ、少し悩む。
カウマンの顔を見、本日の目的を考え。そして少しばかりのためらいの後、ソラノは石を起動した。
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