第187話 デルイと愉快な家族③
「なあ兄貴たち、なんで二、三体しか倒せなかった? そんくらいだと余裕だったぜ」
酒が回ってちょっと気が大きくなったデルイは鼻先で笑いながら兄ふたりへと話しかける。
「よく言うよ、いつも生傷だらけだった小僧が」
「俺たちに勝てなくて悔しくて夜半に寝室に襲撃をかけてきたくせに」
「今だったら模擬戦で勝てるんじゃねえかなと思うんだけど。俺の方が若い分有利だろ」
「はっ、よく言うな」
ワイングラスをくゆらせながら挑発するデルイに兄ふたりは少々機嫌を損ねたようだった。実際、今となっては年齢でアドバンテージを取れるのはデルイの方だろう。二十六歳。体力でも技術でも今が一番と言っても過言ではない。
「よしではこうしよう」
兄弟の言い合いに静かに耳を傾けていたライオネルは、その太ましい指を一本立てて提案をしてくる。
「五年後の森竜討伐は全員参加しようじゃないか。誰が何体倒せるか勝負だ」
この提案を聞き、口の端を持ち上げたのはデルイだけではない。兄二人も同様に不敵な笑みを浮かべた。
「ほお」
「面白そうだな」
「んん? いいのか兄貴たち、五年経ったら今よりもっとおっさんだ。怪我しないようにやめといた方がいいんじゃないか」
「たわけが、たかが四十過ぎたくらいで森竜ごときにやられるか」
エヴァンテが言い返し、リハエルもそれに頷いた。
「当然俺も参加する」
「親父もかよ。いい加減引退しろよ、このタコ親父」
「生涯現役だバカモン」
デルイの言葉はあっさりと却下された。本当に生涯現役を貫きそうで恐ろしい。
「では五年後の森竜討伐はきっとすぐに片付いてしまうわね。他の騎士たちの出番がなさそうで少しかわいそう」
リリアーチェがさも可笑しそうに言う。
会話は思いの外はずんだ。
互いの仕事の事。
王都で起こった大小の事件について。
兄たちの家族に関する事。
実家での思い出。
リリアーチェの目論見通り、外で食事をしているという状況が良かったのだろう。
そうでなければデルイが挑発した時点で全員庭先に飛び出して腕試しに突入していたに違いない。それはそれで今の自分の実力を知らしめる良い機会だが、会話による交流を深めるという目的は果たせない。
ソラノちゃんにも言われたしな、と思った。
家族に会えないソラノは、デルイには家族を大切にしてほしいと言っていた。
切実な願いだ。
そう言った時の少し寂しそうな横顔は忘れられそうになく、この子を守らなければと愛しさにかられた。
そんなわけでデルイは、あれほどまでに憂鬱で逃げ回っていたこの状況を結構楽しんでいた。
頃合いを見計らって提供される美味しい食事と美味しいワインが会話をまた弾ませる。
両親がソラノを気に入ったというのは本当らしく、料理を持って来る少しの時間にも和やかにリリアーチェと会話を交わしていた。
リリアーチェは貴族の令嬢にしか興味がないと思っていたからこれには驚きだ。
「すっかり話し込んでしまったな」
会計のためにソラノを呼びつけたライオネルがそう言った。
「楽しそうにされているのを見られて、私も嬉しかったです」
「ソラノさんは給仕上手ね。会話が邪魔されなくていいわ。ね、うちで働きませんこと? 王女殿下のお気に入りなら鍛え甲斐があると思うの」
「ああ、それはいい考えだな。いずれ我が家の一員になるのなら、今からともに過ごした方が都合がいい」
「おい、何勝手なこと言ってる。ソラノちゃんをあんな野蛮な邸で働かせられるか。俺たちのことは放っておいてくれと言っただろ」
不穏なことを言い出した両親にデルイは待ったをかけた。ソラノはたじろぎ、頭をさげる。
「身にあまる光栄ですが、申し訳ありません。何分当店の人手が足りておらず……抜けるわけにはいかないんです。それに私も、この店を気に入っていまして」
「まあ、残念ね。もし気が変わるようなことがあれば教えて頂戴。私が自ら、上流階級の振る舞いというものを教えて差し上げるわ」
「ありがとうございます。またのお越しをお待ちしております」
見送られて店から出ると、息をついた。
「外での食事もなかなかいいものだな。ん?」
珍しく怒っていないライオネルの言葉に一同が頷き、「お前はどうなんだ」と問われた。父親の一言一句に反発していたデルイであるが、この時ばかりは同意せざるを得ない。
「お前も少しは素直になったものだな」
「それがあの子のおかげなら大したものね」
「なんでそんなにソラノちゃんのことを気に入った?」
ずっと疑問に思っていたことをぶつけてみる。するとリリアーチェは、その唇を優美な弧に描いた。
「あら、だって、あんなに素直で物怖じしない子は社交界を見渡してもなかなかいないでしょう? デルロイだってそこに惹かれたんじゃないの」
図星だった。やはりその観察眼は伊達ではないなと内心で唸る。
「俺にはよくわからんが、お前が落ち着くんならそれでいいんじゃないか。何せ森竜討伐の時のお前は真剣そのものだったからな」
兄のエヴァンテが言うと、リハエルも頷く。
「フラフラ遊んで変な女性を引っ掛けるより余程いいだろう。なかなか愛想のいい子だった」
どうやら家族からの及第点はもらえたようだ。
そこでホッとしている自分に気がつき、動揺した。
たとえ家族にどう思われても、大反対をされようと押し通そうと決めていたはずなのに、深層心理では認められたかったのだろうか。
嫌われたくはないと思っていたのだろうか。
自分でも自分の気持ちがよくわからない。
「これなら平和に食事ができるから、今度は妻と子も一緒に来たい」
「そりゃいい考えだな、リハエル。俺もそうしよう」
「とんだ大所帯だな、店が満員になる」
「あら、いいじゃないの。せっかくなら貸切にしましょう。デルロイはいつも邸での集まりに顔を出さないから丁度いいわ」
「そうだ、たまには顔を出さんとお前のことを忘れられるぞ」
この間までは、忘れてくれて構わないと思っていた。しかし今はどうだろう。
大人になって、家族との関係性も変わった。こうして落ち着いて食事をしてみると、案外会話が通じるものなのだと気がついた。
邸にいる時は勝つことばかりを考えていて余裕が全くなかった気がする。
「そうだな。ここでなら会ってもいいかもな」
ふとそう自然に口にすると、なんだか肩の力が抜けた気がする。
邸にはいい思い出がないが、ここでならいいかもしれない。
第一ターミナルの窓から見えるのは冬の空気に澄んだ夜空。
ぽっかり浮かんだ月は王都から見るものより大きい。
眺めつつ足を進め、ああ今夜は結構いい夜だったなと思った。
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