第186話 デルイと愉快な家族②
本日のオススメ:ブフ・ブルギニョン
「いらっしゃいませ、お待ちしておりました」
にこやかな笑顔のソラノに迎えられても今日ばかりは嬉しくない。
デルイは諦め半分で案内されたテーブルにつく。いつもはカウンターに座るが、この大所帯でそれは不可能だった。五人で席に着くと母親であるリリアーチェが声をかけてきた。
「そんなにムスッとしなくてもいいじゃないの」
「そうだ、お前の馴染みの店だろう。もっとリラックスしてみろ」
「阿保か、こんなメンバーでどうやってリラックスしろって言うんだよ」
父であるライオネルの無神経な言いようにデルイは頭に血がのぼる。
何が嬉しくてやっとできた自分の行きつけの店に、苦手な家族と一緒に来なきゃならないんだ?
この状況がどうしても受け入れられないデルイは、この予定を聞いた瞬間から今日という日が来なければいいのにと本気で思っていた。
しかし、そう思っているのはデルイだけのようでテーブルを囲む家族も、給仕をしてくれるソラノもご機嫌そのものだ。
果実水を配りながらおすすめメニューを誦「そら」んじ、何かリリアーチェと会話をしているもあまり耳に入って来ない。
ぶすっとし続けるデルイに気づいたリリアーチェが、自分によく似た顔の眉尻を下げて話しかけてくる。
「私思ったのだけれど、貴方たち邸では寄ると触ると殴り合いを始めるでしょう? だから外ならもっと穏やかに食事ができるかと考えたのよ」
「そりゃいい考えだな」
思いっきり皮肉を込めてそう言うも、リリアーチェは面白そうに笑うだけだった。
確かにいい選択だと思う。いくら親父といえどこの場で急に暴れ出すことはないだろう。そこまで分別のない人間が自分の親だとは考えたくはない。
いっそ暴れてくれるのなら店への営業妨害でこの俺が自ら捕らえてやるのに。
通常は罰金を支払って解放となるところだが、親父は何が何でも騎士団に突き出してやる。部下の前で醜態を晒して恥をかけばいい。
そんな益体もない事を考えていると、ソラノが料理を持って再びあらわれた。
「お待たせしました、本日のおすすめメニュー、牛肉の赤ワイン煮込み<ブフ・ブルギニョン>です」
赤ワインと合わせて提供されたそれは、湯気の立つ牛肉の赤ワイン煮込み。
どっしりとした牛肉が皿の中央に鎮座しており、煮込まれたソースがとろりとかけられていた。
付け合わせに人参のグラッセ。
焼かれたバゲット。
ソラノはそっとデルイの横に屈み込むと耳打ちをした。
「ご家族と仲良くなるチャンスですよ! がんばってください!」
見やればトレーを持ってない方の拳をグーにして至極真面目な顔でエールを送ってくれている。全身で「がんばれ!」と応援してくれていた。
体を傾け、聞かれないようにこっそりと耳打ちを返す。
「そうは言ってもソラノちゃん、こいつらは人間の皮を被った凶器だよ。もはや会話が通じるとは思えない」
「大丈夫です、デルイさんならやればできます。過去にとらわれず、今、向き合うんです!」
全力で励ますソラノはそれから笑顔を残して去っていってしまった。
うーん、今日も真っ直ぐで可愛い。
変わらずに可愛い恋人にささくれだった心が少し癒されてテーブルを見やれば、ぽかんとした顔でこちらを見る家族たち。
「な、何だよ」
「デルロイが女性相手にあんな顔をするところを初めて見たわ」
「女性相手どころか、誰かにあんな顔をするところを初めて見たわい」
「お前にも人の心があったんだな。俺たちに奇襲をかけることしか考えてないのかと思っていた」
「父上と母上に楯突いただけのことはあるんだなぁ」
「お前らのせいで俺がこんなんになったんだろうが」
上の兄エヴァンテは三十八歳。二番目の兄リハエルは三十二歳。二十六歳のデルイとの年齢差は結構ある。
初めて剣を握ったのが三歳の時で、以来、子供相手に容赦無く剣を振るう三人相手に屈せずに勝とうとあの手この手を使っていた。が、それが実ったのは十代後半になってからだ。勝った回数十一回は己の集大成とも言える。
ひねくれるなというほうが無理がある。
あまりの言いようにデルイが言い返すと、
「あら、貴方のためを思って色々と教えたのよ」
「武力は騎士の基本だろうが」
「なんだかんだこの間の森竜討伐でも役に立ったのだから、ちょっとは感謝したほうがいい」
「なあ、話はともかく、料理を食わないか」
最後のは二番目の兄であるリハエルの言葉だった。その言葉に一同が目線をテーブルに落とすと、皿の上では美味しそうな料理が湯気を立てて食べられるのを待っている。
確かに冷めてしまっては勿体ない。
一同は静かにグラスを掲げると黙って乾杯し、ワインから。どっしりとしたフルボディのものでなかなかに度数が高い。
そしてナイフとフォークを持って料理に取り掛かる。
よく煮込まれている肉はナイフをいれるとホロリと崩れる。
一口大にほぐし、口に入れれば味がよくよく染み込んだ肉が口の中でさらにホロリホロリと崩れていく。
噛みしめるほどに美味い。
この店では家畜にしている牛肉は使っていないはずなので、これも何かしらの魔物の肉ということになる。さすがに価格を考えると暴走牛<バーサークバイソン>ではないだろうが、上流階級が好んで食べるような高級肉でもないだろう。
とすると、そこそこの肉をここまでのしっとり柔らかい歯ごたえのものに変えたということになる。
相変わらず魔法のようなその料理の腕前にデルイは唸った。
「それで、森竜を四体倒したと?」
口火を切ったのは父のライオネルだった。
「ああ」
言いながら悔しさが滲んだ。最低でも親父と同じ五体、そう思っていたのだが四体討伐した時点で魔素切れを起こした。
しかし家族の反応は、上々だ。
「まあ、四体倒したとあれば中々にいい方じゃないか。俺は二体だった」
上の兄のリハエルが言う。
「俺は三体だった。まあ間近で見るこいつの戦いぶりは中々に鬼気迫るものがあったぞ。相も変わらない特攻気質で、懐に飛び込んではバッタバッタと斬り倒していた。空港で働いてるんだからもう少し落ち着いたかと思っていたが、どちらかというと向こう見ずに拍車がかかっていたな」
「エヴァンデの兄貴は小さくまとまってたな。年食ってビビってんじゃないのか」
「やかましいわ、お前みたいな戦い方をしていたら陣頭指揮が取れないだろうが」
今回の森竜討伐で共に戦った兄にデルイは軽口を叩く。
「まあ、でも、満足いく結果が出せて良かったのではなくて? ねえあなた」
リリアーチェはそう言ってライオネルを見る。ふんと鼻を鳴らしたライオネルは口元をナフキンで拭うと、ワイングラスをつかんで中身を呷る。粗野に見える父親だが、こういう場所に来ると所作の動きが洗練されているあたり油断がならない。
「お代わり」
「はい」
ライオネルがグラスを捧げて短くそう言ったのと同時にソラノがボトルを持って現れた。
「俺もお代わり」
「俺も」
「私もいただけるかしら」
次々にワインのお代わりを注文する家族たちに対応したソラノは、最後にデルイを見た。
「デルイさんは、どうされます?」
「……俺も」
「はい!」
グッと残りを飲み干すと、グラスを差し出した。もう飲んででもいないとやってられない。
リゴレット家の面々は食事の量も多い。
ブフ・ブルギニョンは母をのぞいてふた皿ずつ平らげ、他の料理も注文し、ワインも何本も開けてのちょっとした宴会だ。
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