第185話 デルイと愉快な家族①
その日、デルイの機嫌はあまりよくなかった。
元の容姿が無駄に良い分、怒ると凄みが増して怖い。
デルイの今回の場合、機嫌の悪さをあまり隠そうとしておらず検挙した犯罪人に八つ当たり気味に厳しく対応していた。
年末に向けて帰省する人で賑わいを見せ始めた空港内では小さな事件がしょっちゅう勃発する。中央エリアの酒場で喧嘩を始めた冒険者五人組をスカイと共にとっちめ、その場に一列に並ばせて正座させてのお説教タイムだ。縮こまる大の男を物ともせずにデルイは腕を組んで見下ろし、怒気を含んだ静かな声で叱責をした。
「なあなあ、公共の場で騒ぎちらかしていいと思ってるのかな」
「いや、駄目だと思います……」
「じゃあ何でここでいざこざを起こした?」
取っ組み合いの喧嘩にデルイとスカイが割って入り、穏便に説得を試み、最終的にはボッコボコにして言うことを聞かせた。
ここに集う人間は皆高位の冒険者であるために腕力でねじ伏せるには実力が必要だ。仮に負けでもしてしまえば舐められる。「空港職員の分際で俺たちに挑もうなんて百年はえーよ!」と言われて唾を吐きかけられるのが関の山だ。
なのでデルイは圧倒的な実力差でスマートに鎮圧し、スカイは互角の打ち合いを経て何とか勝利をもぎ取った。ここのところは経験値がものを言う。
「それは、隣に座ってるこいつが俺をバカにしたからで」
「何言ってんだよ、最初に突っかかってきたのは右端の奴だろうがよ」
「あぁん? 元はと言えば左端に座ってる奴が言い出したことだろ?」
「何だと?右から二番目の奴が俺の酒を横取りしたせいだろうがぁ!!」
「左から二番目の奴が俺のつまみを食ったのが始まりだろ!」
一列に並んだ順番でいがみ合う男たちにデルイはげんこつを落とし、黙らせる。「イテ!」「イッテェ!!」と涙目になって頭を抑える男たち。年齢で言えば全員デルイより年上なためにシュールな光景だった。
左手を腰に当て、右手の拳を握ったままに仁王立ちするデルイ。スカイも横で神妙な顔を作っている。
「いい歳した大人が酒場で騒ぐなんて良くないでしょうが」
スカイがそう言えば、冒険者たちは反抗的な目つきでこちらを睨みつけてきた。勝ち方がギリギリだったためにちょっと見下されているのだが、そうは言ってもこれ以上突っかかるほどには愚かではない。
「じゃ、迷惑料払って。もう面倒起こさないでな、はい解散」
こういったいざこさは日に十件は起こるので、罰金をとって解放だ。いちいち捕縛していたらこちらの仕事がパンクしてしまう。
やれやれといった風に立ち上がり、小突き合いながら去っていく冒険者を見送るデルイとスカイ。
空港に設えられた時計を見れば、時間はいい頃合いだ。
「先輩、そろそろ交代の時間なので戻りましょうよ」
そう声をかけると、なぜかデルイは負のオーラを撒き散らしたままにスカイを見た。その視線の鋭さに思わず肩が跳ねる。
「いっ? 先輩、何で今日そんなに機嫌悪いんすか」
「別に悪かねーよ」
「いや、そんな見え透いた嘘つかなくても明らかに不機嫌でしょう」
「煩いな」
珍しく切って捨てるような言い方のデルイに一年共に働いたスカイからしても戸惑いを覚える。怖い。
盛大なため息をつき、デルイは詰所へ向けて歩き出す。スカイは慌ててその後を追いかけた。
詰所へ戻り報告書を書き起こす段階になると、デルイの機嫌はますます悪くなっているようだった。もはや苛立ちを隠そうともせず、頬杖をついて書類を睨みつけている。
書きあがったにも関わらず提出しに行く気配がまるでない。
デルイがこうも負の感情を露わにするのは珍しいことなので周囲の人間はデルイを遠巻きに見つめたり、わざわざ迂回して所内を移動していた。隣に座るスカイからしてみたらたまったものではない。もう嫌だ。早く帰りたい。この不機嫌な先輩から解放されたい。
「あの……先輩」
「何」
「もう勤務時間とっくに過ぎてるんで……さっさと提出して帰りませんか」
「お前先帰ってていいよ」
「え……で、でも」
「俺はまだ残る」
視線をこちらに寄越すこともせず、ぶっきらぼうにそう言葉を投げつけてくる。
何だろう、自分では気づかないままに何か怒らせるようなことでもやらかしただろうか。
「あ、あの。俺なんかやらかしました? 尻拭いする気なら、俺も残りますけど」
するとデルイは非常に重苦しい雰囲気をまとったままに、「お前のせいじゃないよ」とだけ言った。すごい気まずい。どうすればいいのか、入職一年目のスカイにはまるでわからなかった。
スカイがアワアワしていると、デルイは唐突に椅子の向きをくるりと変えて「おーい、ルド!」と所内の奥で黙々と書類をさばいているルドルフのことを大声で呼んだ。
ルドルフは持っている書類から目をあげ、「何だ」と無愛想に答えた。ルドルフは結構誰に対しても親切なのだが、デルイといる時は遠慮のかけらも無くなる傾向にある。
「腐れ縁のせいだ」と答えていたが、デルイの方は懐いている様子なのでよくわからない。きっと過去、この先輩に相当迷惑をかけられたのだろう。
そんなルドルフの様子に構わず、不機嫌なデルイは大股でルドルフのところまで行くと神妙な面持ちで話を切り出す。
「俺、今日残業するわ。なんならこのまま夜勤したっていい」
「アホなこと言うな。もうお前の勤務時間は終わってるんだからさっさと帰れ」
「いやいや、空港内も人が増えてきて忙しい頃合いだろ? 手が足りなくて犯罪者を見逃したら大変だし、残るよ。残るわ。もう決めたから。あ、ユージーンさんが来た。おーい、今日俺残ることにしたからよろしくお願いします!」
勝手に残業することに決めたデルイは、これから夜勤で働きに来たユージーンに手を振った挨拶をし始めた。何のことやらわからないユージーンは、その吸血鬼族特有の蝋のような顔にキョトンとした表情を浮かべる。
するとルドルフは眼鏡の奥からギラついた瞳でデルイを睨みつけ、書類を机に叩きつけた。盛大な音がして、所内の大多数の目が二人に集まった。
「お前ぇ……私情で残業しようとするな! さっさと出て行け!!」
そうしてルドルフによって首根っこを引っ掴まれたデルイは所内の出入り口まで引きずられ、扉の外に追い出されて締め出された。
+++
デルイのテンションは過去最高に落ちていた。
なぜか。
これから待ち構えているイベントが、波乱万丈な彼の半生を振り返ってみてもワースト三に入るほど最低なものだからだ。
そのことを知っているルドルフは、だからこそデルイの残業要請をにべもなく断った。
「はぁ……」
「先輩……マジでどうしたんすか」
「いやもう……聞かないでくれ」
無様に詰所から追い出されたデルイの沈みっぷりにさすがに心配になったスカイが聞くも、まともな答えは返ってこない。
すごすごと肩を落として職員用通路を歩くデルイの姿はいつもより心なしか小さく見えた。
だがデルイは、ハッと何かに気がついたように目線に鋭さを取り戻し、
「いや待てよ、バレないように飛行船に乗っちまえばいいんだよな?」
「はい?」
「スカイ、ちょっと手伝ってくれ。扉を開けて第一ターミナルの様子を確認して、こんな人間がいたら俺に教えてくれないか」
「は、はあ」
突然にキビキビと、まるで職務中に犯人を追い詰めるかのように話し出したデルイに戸惑いつつも相槌を打つ。デルイは指を立てて一人一人の特徴を挙げ出した。
「まず一人目。ブラウンの髪に傷だらけの厳<いかめ>しい顔つき、体格が部門長の倍くらいある中年男」
「はい」
「そんで二人目。一人目とよく似た風貌の三十代後半の男」
「はい」
「三人目。こいつも一人目と似てる三十代前半の男」
「はい」
「最後、髪色が俺と同じで、顔も何となく似てる年配淑女」
「先輩」
「何だ」
「……それってもしかして、ご家族ですか?」
問えば、デルイは非常に嫌そうに顔をしかめる。その顔が何より肯定を物語っていた。
「よし、扉を開けてそれっぽい集団を見つけたら教えてくれ」
背中をぱしんと叩かれて送り出された。スカイは職員用通路から第一ターミナルに続く扉をそっと開け、外を見る。視線をくまなく走らせると待合所の一角にまさに特徴そのままの四人がいた。普通の貴族は護衛を伴っているものだが、この四人にはそれが見られない。
「先輩、いました。待合所の端」
ここからの距離と詳細な場所を伝えたらデルイが神妙に頷く。
「サンキュ、じゃ、俺は行く。また明日な」
スカイの肩を軽く叩いたデルイは扉からわずかに視線を走らせ、標的を捉えた。足元に魔素を収束させている。そうして扉に体重を預けて肩で扉を開くと、外へ出ると同時に一気に走り出した。
速い!
スカイが見た中でも一番の速さだった。圧倒的な速度でターミナルを横断し、駆けて行くデルイはさながら風の化身のようだ。突風がまき上り、周囲の人間の衣服がはためく。
何事かと人々が振り返る時にはもうデルイははるか先を行っている。
疾駆するデルイにしかし、騎士団でも上層部に君臨しているリゴレット家の男性三人が気がつかないはずがなかった。飛行船の接続口へと向かうデルイを追う三人の騎士達。
そちらもまた、もの凄い速さだ。
追っ手に気がついたデルイが一段と速度を上げるも、三人は逃さない。特に大団長であるライオネルは巨体に似合わぬ俊敏な動きを見せ、みるみるデルイに追いすがった。
「先輩頑張れ、あとちょっとで乗り込めます!」
なぜ逃げているのか、なぜ追いかけられているのかスカイにはわからなかったが、ともかく全力の逃走劇を繰り広げるデルイを思わず応援した。
「何やってるんだ?」
「あ、ルドルフ先輩。今デルイ先輩がご家族から逃げているんで応援してました」
「往生際の悪いやつだな……」
共にターミナルを見つめるルドルフ。二人の視線の先で、デッドヒートは終盤に向かいつつあった。
跳躍したライオネル、左右から挟み撃ちにする兄弟。三方からの襲撃にさしものデルイも打つ手をなくしている。デルイに残る理性が、職場内で私的感情により抜刀して攻撃するという手段を封じているようだった。
かくしてデルイは飛行船までほんの後数歩のところで捕らわれた。
そのまま両脇をガッチリと掴まれて連行されて行く。それは常日頃の職務中とは真逆の光景で、なんだかスカイは複雑な心境になった。
「ねえ、ルドルフ先輩。デルイ先輩はどうしてあんなに家族から逃げ回ってるんすか」
「あぁ、簡単なことだ」
ルドルフは腕を組み、捕縛されたデルイをさも面白そうに見つめながら答える。
「今日あいつは、家族と食事の予定があるんだよ。いつもの店で」
「へえ、それで……いや、それであんな全力で逃げますか?」
家族仲が凄まじく悪いことを知らないスカイは、観念して大人しく連行されるデルイを見て首を傾げた。
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