第177話 人員確保

「というわけでどうしましょう」


 翌日の昼に店を一時閉店にして対策会議が開かれた。

 今日はソラノが朝から出勤して対応したが、それはあくまで一時しのぎだ。ソラノは丈夫で体力には自信があるが毎日そんなことをしていたら倒れてしまう。

 円座になって話し合う、マキロンを除いた四人。

 バッシが頭を振り振り難しい顔をする。


「ソラノが言う通り、今から面談して素性を調べて人を雇うのは少し不安があるな」


「ですよね」


「すまんな、俺が黒麦の袋を運んでくれなんて言わなければ……」


 カウマンが心底申し訳なさそうにそう言うが、それを言い出したらキリがない。ギックリ腰というのはある日突然起こるものだし、予測のしようがないものだ。


「レオ君何かいいアイデアないかな」


 ソラノはレオに話題を振ってみた。何なら誰か知り合いを連れて来てくれないかな、と淡い期待すら抱いている。


「うーん、全然思い浮かばねえよ」


「そっかあ」


 ソラノがガクッとうなだれるとカウマンが「よし」と膝を打つ。


「こうなったらもう、商業部門に相談に行くしかないんじゃないか」


「というと?」


「人材を斡旋してもらえるよう頼む」


「できるのか、そんな事……」


 カウマンの突拍子も無い提案にバッシが非常に不安そうな声を出すも、カウマンはもう心を決めたようだった。


「やってみなけりゃわからねえ、よし早速行くぞ、ソラノついてこい」


「はい!」


 一人で行くのは尻込みするのか、カウマンはソラノに声をかけた。一も二もなく立ち上がったソラノは店をバッシとレオの二人に任せ、人員確保のために商業部門へと向かった。


 この場合誰に相談すればいいのか。テナントの担当者だろう。

 カウマンとソラノはガゼットを呼んでもらうよう受付の事務職員に頼みしばし待つ。やって来たガゼットに事情を説明すると腰に手を当てて難しい顔をされた。


「うーん、人手が足りないねえ」


「はい。明日にも人員が欲しいんですけと適当に雇うわけにもいかず」


「まあ、王族が来る店に変な人物が雇われたら困るからねえ」


「ともかくマキロンさんのギックリ腰が治るまででいいんですけど……」


 この時ソラノが考えていたのは、例えば商業部門が仲介になって他の店で働く従業員を斡旋してもらうとかそんな感じだった。同じ空港内で働いている人を手伝いとして派遣してもらえるならば素性は知れているし、飲食業の経験があるからやりやすいし、こちらとしてはかなり有難い。

 しかしガゼットの考えはもう少し斜め上にいっていた。

 彼はしばらくの間一人考えを巡らせていると、やがてポンと手のひらを叩きフロアの奥の自席の方へと歩いていった。そして一人の男と話をするとその人を連れ立って戻って来る。

 誰かと思えば最近入職した表情筋の一切が死んでいる男、ハウエルだ。

 ガゼットはハウエルの背中をぱしんと叩き自信を持って言う。


「彼を貸し出してあげるよ」


「えっ?」


 ソラノとカウマンは聞き間違えたかな、と思って聞き返す。


「聞くところによると、穴が空いたのはマキロンさんがいない午前から昼の営業時間なんだろう? その数時間でよければ彼を手伝いに回すよ。店の接客はレオ君に任せて、職員向けのお弁当販売くらいなら出来るだろう。あと言わずもがな、売上管理なら大得意な人間だよ」


「え、ですが」


「こっちの業務のことならば心配いらないよ。数時間くらいなら何とでもなるし、ここだけの話だが」


 ガゼットはカウマンとソラノにだけ聞こえるように顔を近づけると囁く。


「もうちょっと彼に愛想の良さを身につけて欲しいと思っていたんだよ。おたくで何とかしてもらえないかな」


 あまりにも勝手な願いであるが、相談した手前なんとも言い返せない。ソラノとカウマンはハウエルを見た。七三に分けた髪の合間から感情のない瞳がこちらを見つめ返している。口元は真一文字に結ばれており、顔色は悪い。


「ちょっと笑ってみてもらえませんか、ほら、こんな感じで!」


 ソラノはそう言うと店でいつも見せているとっておきのスマイルを浮かべる。それをみたハウエルは数秒間じっと動かなかったが、能面のような顔の口元だけを唐突に引き伸ばし無理やり上向きにした。

 

「うっ」


 思わず声が漏れた。まるでリアルな人形が急に笑い出したかのような不気味さがある。

 怖い。

 

「あ、ありがとうございます。もう大丈夫です」


 大丈夫かな……。

 いやいや、ポジティブに見よう。

 ソラノはさらにじっとハウエルを見つめる。

 見た目が悪いわけではない。清潔感もある。話したのは昨日の一度だけだが、物腰も丁寧だった。

 ならば、何かなるだろう。多分。

 これでもしも人格破綻者であるならば大問題だが、そんなわけではなさそうだし何より商業部門で働いているような人間だ。素性は確かなのだろう。

 ソラノはカウマンと顔を見合わせた。二人は頷く。


「ありがとうございます、ぜひお願いします」


「ああ、お役に立てたようで良かった。じゃ、明日からだな」


「接客は初めてなので、よろしくお願いいたします」

 

 ハウエルは丁寧に頭をさげると機械的な声でそう言った。

 まあ、どうにかなるだろう。

 ともかく人員不足はこれにて解消となるのだ、明日から仕事を覚えてもらおう。

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