第173話 【閑話】騎士団への誘い

 パサリパサリ。

 ルドルフは書類を整理しながら自分の顔がだんだん険しくなっているのを感じた。

 書面のサインは、騎士団からのもの。

 内容は、一人の職員を引き抜きたい、というものだった。

 ルドルフは今しがた哨戒任務から帰って来た人物に目を留め声をかける。


「デルイ」


「ん? なに」

「お前宛てに、書状が……」


「捨てておいて」


 皆まで言わせずデルイが返答をよこす。ちなみにこのやりとりももう十回目だ。


「読むだけ読んでおけ」


 ばさりと胸に押し付けて無理やり受け取らせると、デルイが苦虫を噛み潰したような顔をして目を通した。ルドルフは腕を組み皮肉交じりに言ってやる。


「すごいじゃないか。先だっての森竜討伐の功績を踏まえて給料は今の倍、位階も上級で文句なしの待遇だ」


「えー、先輩すごいじゃないっすか。転職したらどうです?」


「何度勧誘されようがゴメンだね」


 書状をくしゃっと乱暴に丸めるとゴミ箱に投げ入れ、自分のデスクへと歩き引き出しから一枚の手紙を取り出す。


「はいこれ、返事。『此度の勧誘は若年の身に余る光栄ながら、今現在転職する意思は全くございません』」


 内容を誦んじながら手紙を二つ折りにしてエア・グランドゥールの紋章が入った封蝋で封をしていく。それをルドルフに差し出した。


「これで返事出しといて。よろしくな」


「用意良すぎません!?」


 流れるような動作で断りの書状を作り上げたデルイに、スカイがツッコミを入れた。


「どうせ勧誘は何度も来ると思ってたからまとめて返事を書いておいた。あと十通はストックがある」


 どうでもいい所でさえ用意周到なデルイはそう自慢げに言った。


「こんな高待遇を秒で断るなんて……先輩、そんなにご家族と働くのが嫌なんすか」


「んー、まあそれもあるけどさ。ここでの仕事が気に入ってるから」


「あ、そうなんすか? てっきりもっと腕試しができるようなスリリングな職を求めているのかと思ってたんすけど」


「お前は俺をなんだと思ってんの?」


「いや、だって、前に妖樹を討伐した時は生き生きとしてましたし、森竜討伐だってそれ自体は楽しかったって言ってたじゃないすか。前線で戦う方が向いてそうだなって」


 一年ともにいてスカイはデルイの性質をよくよく把握したようだった。ルドルフから見ても、デルイにそうした気質があることは否めない。こいつは結構好戦的だ。強敵が現れたら逃げるより戦う方を選ぶタイプだ。


「確かに戦うのは嫌いじゃないけどな」


「ほらぁ」


「だからって年中そういう場所に身を置きたいわけでもない。ここはここで、もっと繊細な技術が求められるだろ。それはそれで面白いと思ってる」


 人の微表情を読み取る繊細な観察眼と、探知魔法を駆使した犯人捕縛。

 それは魔物討伐部隊に身を置いていたら経験できない類のものだ。


「時々事件が起こるから、それを解決するのも楽しい」


「例えば?」


 興味本位でスカイが聞くと、デルイはルドルフを振り返ってその顔に二イッといたずらな笑顔を浮かべた。


「例えば……持ち込まれた違法品の真犯人を探し出すとか。な? ルド」


「探偵の真似事だ」


「俺として結構楽しかったわけだけど」


「間一髪だった。一歩間違えば大惨事だった」


「食い止められたからよしとしようぜ」


 危機的な状況であればあるほど楽しむ節があるデルイと、事件を未然に防いで空港の治安を守りたいルドルフとでは同じ事件でも抱く感想がまるで違う。

 

「やー、ルドと組んでいた五年は色んなことがあった。ここ一年は平和だったぜ。何せ一番大きい事件が妖樹乗っ取り事件と王女様のお忍び来訪だからな」


「それも結構重大事件だと思いますけど」


「人が死んでないだけ平和だよ」


「すごい感想っすね。場数が違う……」


 新人職員のスカイは経験値の差を感じで唸りを上げた。


「じゃあその事件について詳しく教えてくださいよ」


「いいよ。さっさと報告書書き上げてあがるとしようか」

 

 デルイはルドルフにポンと手紙を押し付ける。


「ルドも来る?」


「そうしよう。お前に任せると事実がねじ曲がって伝わる可能性がある」


「あ、ひっで。信用ないなあ」


「いつもの店か?」


「ああ」


「先に行ってろ。後から追いかける」


「了解」


 ルドルフは自身の業務を片付けるべくデスクへと腰を下ろす。

 渡された手紙を見た。

 デルイは転職する気が本当に全くなさそうで、それになぜだか少し安堵している自分がいる。

 腕の立つ者は騎士になる傾向が強いから、ここはいつでも人材不足だ。そうした中でデルイのような人間がいると非常に頼もしい。本人に言うと調子に乗るから絶対に言わないけれど。

 あとはまあ、もう少し出世欲を出してもらえるといいんだが。この才能をいち職員で終わらせるのは勿体なさすぎる。デルイは要領がいいから上に立つのも向いているとルドルフは睨んでいた。


「じゃ、俺たち先行ってるな」


「ああ」


 手を振るデルイに短く答えた。

 いつもの店で、いつものメンバーで昔話をするのもやぶさかではない。

 さて今日は何を注文しようかとはやる思考を隅に追いやり、ひとまずルドルフは残った仕事をキリのいいところまで仕上げようかと手をつけた。



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お読み頂きありがとうございました。

次回更新は5月上旬です。

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