第171話 店休日の宴会②

 五人の乾杯の声が響きワインを口に運んだ。どっしりとした重みのある赤ワインで、これに合うステーキはどんな味なのだろうとますます期待が高まる。


「早速頂き!」


「わーい!」


 レオとソラノがいち早くナイフとフォークを握って高級肉に齧り付く。

 適度な加減で焼かれた肉は冷凍されていたにも関わらず硬くなく、びっくりするほど簡単に噛みちぎることができた。

 噛むほどに肉汁が溢れ、旨味が凝縮された脂身の味わいが広がる。

 臭みもないので食べやすい。

 表面に振られた大きめのピンク色の岩塩と胡椒のみの味付けだけれど、それが肉の味を引き立てていた。

 昔に何回か食べた、和牛に何処と無く似ている気がした。

 父や母は食べ過ぎると脂身がもたれると言っていたが、これなら大丈夫なんじゃないかなと思う。

 柔らかいけどしつこくない。

 究極に食べやすい。なんならもう、飲める。飲めるほどに柔らかい肉質だ。


 モグモグモグ。

 ゴクン。

 

 同時の飲み込んだソラノとレオは同時に叫んだ。


「美味しいー!!」

「ウメェー!!」


「今まで食べたお肉の中で一番美味しい!」

「おう、すげえな竜肉!!」


 わあわあ言い合うソラノとレオに比べてオーバー二十歳組はもう少し落ち着いていた。


「バッシさんはステーキメニューお店で出しませんけど、焼くのは慣れているんですか」 

「ああ、女王のレストランでは出していたからなぁ」


「この塩、珍しいヤツ使ってるね」


「前に王女殿下の訪問お礼に頂いた岩塩だ。アリー岩塩窟で採れた王家御用達の塩の結晶」


「さすが王族のお礼の品は豪勢」


「いやいや、この竜肉だって十分豪勢だろう」


「赤ワインが合いますね」


「とっておきのやつ出して来た」


「ソラノちゃん、気に入ってくれた?」


「はい、それはもう!」


 デルイの問いに即答したソラノは自分がここ数日でもっともいい笑顔をしている自信があった。やっと会えたデルイがこんな美味しいお土産を携えて店に来たのだ、嬉しくならないはずがない。

 そこからは色々な話になった。

 デルイの両親が来て、ルドルフにメニュー考案を手伝ってもらった事。

 店を気に入ってくれ、「また来るわ」と言ってもらえた事。

 システィーナの召喚獣である猫妖精とかつおぶしを通して仲良くなった事。

 システィーナがキャビア・ド・オーベルジーヌを食べてくれた事。

 デルイ側の話を聞くのも面白かった。

 久々に乗った飛獣の制御が難しかった事や騎士との手合わせでコテンパンにした事、久々に二番目の兄と会話をした事。ファーラザードの街がこちらより季節が進んでいて寒かった事、森竜が二十二体出現しても全く慌てず確実に騎士達が屠っていった事、久々の全力での戦闘が思った以上に楽しかった事。


「ここで全力出すと建物に損害が出るからなぁ」


 ワインを飲みながら、そう残念そうにデルイがこぼした。雲の上の空港で建物を壊せばとんでもない事態になるだろう。空気圧で人間など簡単に吹き飛んでしまう。


「自分の今の実力が知れたよ」


「きっとこれからしばらくは騎士団からお前を引き抜きたいと誘いが来るぞ」


「断っといて」


 ルドルフはやれやれといった風に息をついた。

 

「家にはいつ行くんだ」

 

「明日行って来る。約束通りに森竜討伐を果たしたんだ、もう文句言わせない」


「まだ行ってなかったんですね」


「帰還を先に職場に伝える必要があったからね。騎士団で解散してからあの忌々しい制服を脱ぎ捨ててまっすぐこっちに来たんだ。おかげであの現場に居合わせてよかった」


 そう言うとデルイはソラノの顔を覗き込んでニイっと笑った。


「俺がいなくても周りの誰かが助けただろうけど……かっこよかったでしょ、俺」


「あ、う……」


 確かにタイミングばっちりだった。長らく留守にしていた恋人が颯爽とやって来て、あんな風に救出してくれるとは出来過ぎなくらいだ。レオの言った通りまさに「おいしいところを持っていった」とはこの事を言うのだろう。

 ソラノは赤面しつつ、正直に白状する。


「……かっこよかったです」


「素直でいいね」


「デルイさんかっこいいって言われるのあんまり好きじゃないんじゃ? なんで私には言わせようとするんですか」


「そりゃあ可愛い恋人にその言葉を言われると嬉しいからに決まってる」


「ううう……!」


 何も言い返せない。レオが「いちゃつくんなら他所でやってくんねーか」と茶々を入れてくるも、「久々に会ったんだからこれくらい許してよ」とデルイが余裕の返しをしている。

 もうだめだ、人生経験が違いすぎる。

 ソラノはこれ以上この件には触れず、大人しくステーキを堪能することにした。


「折角だから他の料理もつまもうか」


「俺も作るぜ。ソラノだけ昼飯食ってたけど俺らは腹が減っている」


 食べ終えた二人ががたんと立ち上がった。


「だって肉じゃが要らないって言ったの二人じゃん」


「システィーナさんがくる前に味見で散々食ったんだもん」


「肉じゃが作ったの? 俺も食べたかった」


「ごめんなさい、もうなくて……次のお休みにでもまた作りますから」


 残念がるデルイにソラノはそう言った。次の休みこそ二人で過ごせるといいな、という思いを込めて。

 デルイは「楽しみにしてる」と言ってくれた。

 

 二人が腕を振るい秋の味覚をふんだんに使った料理が並ぶ。

 きのこ、かぼちゃ、ビーツに秋茄子。

 秋は深まり、夜は長い。空港の窓からはいつの間にか輝く月が覗き始めた。

 ヴェスティビュールでの宴会は、遅くまで続いた。

 

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