第170話 店休日の宴会①

 ヴェスティビュールの面々は再び店へと戻り、仕込みの続きやら肉じゃがの後片付けやらをした。


「あーあー、俺の出番なかったな」


 包丁で器用に野菜の皮を剥きながらレオがつまらなそうに言う。皿を洗っていたソラノはレオを見上げた。


「せっかくあの因縁あるキマイラに一太刀浴びせるチャンスだったのによぉ。デルイさんに美味しいとこ全部持ってかれちまった」


「あはは……」


 なんとフォローしてよいやら分からずに笑ってごまかす。


「お前、一度コテンパンに負けて死の淵を彷徨ったんだから、腕が鈍ってる今立ち向かったら酷い目に合うだろうが」


「いやいやバッシさん。あん時と違って一対一だし、しかもキマイラはソラノたちに夢中で他なんか見えてなかったんだぜ。なら今の俺だって致命打を与えられたはずだ」


「どうかな。デルイの兄ちゃんの戦いっぷりを見てそう言えるたぁ、お前もなかなか肝が太いな」


「そういえばデルイさんはどうやってキマイラ倒してたんですか?」


 あの時のソラノは目を瞑ってシスティーナと抱き合っていたので、何が起こっていたのか見ていない。興味本位でそう聞けば、レオが嬉々とした顔で「おう、よく聞いてくれたな!」と話をしてくれる。


「デルイさんが飛行船から降りて来て騒ぎを見るなり、バッと走り出してだな。中距離から雷撃で攻撃からの懐に入り込んで、抜刀して柄頭で顎を強打。雷撃の時点でキマイラは結構ダメージを受けてたんだけどよ、剣の一撃で昏倒だぜ。凄くね?」

 

「それは凄いね」


 以前に助けてもらった時にも思ったけどデルイは強い上にためらいがない。幼い頃からあのごつい感じのお父さんに鍛えられたらしいから、強さの秘密はそこにあるのかなあとソラノは思った。


「ソラノはもっとデルイさんを敬った方がいい。ありがたがれ。その魔法石だって相当な代物じゃねえか。防御結界、攻撃されてもビクともしてなかったぞ」


「確かに……」


 そう言われるともっと尊敬した方がいいのかなという気持ちになる。


「大体、女一人のために森竜討伐に行く人間なんてどんだけいると思ってんだ? すげーぞマジで。男の中の男。俺が惚れそう。俺もあんな人になりたい」


「えっ、何その展開」


 レオと雑談しているとひょっこりデルイが顔を出す。

 

「やっほ」


「あ、デルイさん。もういいんですか?」


「うん、俺の役目はおしまい。ソラノちゃん怖かったでしょ、大丈夫?」


 保安部で森竜討伐の報告と先ほどのキマイラの事後処理を終えたデルイは店の中へと入って来て定位置に座り込むと心配そうにソラノの事をじっと見つめる。その席に座る姿を見るのも久しぶりだった。


「さすがに結構……助けてくださってありがとうございます」


 ソラノは頭を下げてお礼を言った。攫われた時と合わせてこれで二度目だ。

 そんなソラノを見て珍しくデルイは眉をひそめる。


「ルドから何があったのか聞いたけど、キマイラの前に自分から出ていったんだって? いくら何でも無謀だ」


「ごめんなさい、つい」


 ソラノはシュンとした。同じ事を他の保安部の人にも言われたし、実際ソラノ自身には何の力も無いわけだから無謀というより他ないだろう。

 デルイは小さく息をついて、カウンター越しにソラノの頭を撫でた。


「おかげであの子は助かったみたいだけど」


「はい」


 もしソラノが庇わなければきっとシスティーナは怪我をしていた。とはいえ無謀には変わりなく、「無闇に飛び出さないこと」とまるで子供のように諭されてしまった。

 そういえば、とデルイは話題を変える。


「今日お店休みじゃなかったっけ。何で皆いるの?」


「システィーナさんが私の作った料理を食べたいと言うので作ってたんです」


「あぁ……何か意地悪されてない?」


「特には。何回かいらっしゃって、料理を食べて帰って行くだけでした」


「ならいいけど、貴族のイジメは陰湿だから」


「そういうタイプの人じゃない感じでしたよ。どっちかというと、直情型な人でした」

 

 最後には完敗宣言もしていた事だし、今から何か仕掛けて来るという事は無いだろう。

 それにしても、ソラノを心配そうな瞳で見つめながらあれこれ質問して来るデルイを見て、いやいや違うそうじゃ無いという気持ちが湧き上がって来る。


「デルイさんの方は大丈夫だったんですか? 見た感じ変わってませんけど……どこか負傷していません?」


「俺はこの通りピンピンしてる」


「森竜討伐の方は……どうでした?」


 少しドキドキしながらそう尋ねると、デルイはニッといい笑顔を浮かべる。


「うん、四体」


「四体?」


「倒してきた」


「へっ?」


 言っていることの理解ができずにソラノは間抜けな声を出した。


「ええと、四体? 一人で倒したんですか?」


「うん」


「確か全力でやって何とか一体……って言ってませんでした?」


「それが、思ってたより脆くてさ。竜種だけあって素早いし、攻撃力もなかなかだったけど行動パターンが読みやすかったから結構あっさり倒せたんだ」


 呆気にとられたのはソラノだけではなくレオとバッシも同様だった。ニコニコと語るデルイを皆で口を開けて見つめる。


「ほ、本当に凄えなこの人」


「ソラノ、やっぱりレオの言う通りもっと敬った方がいいんじゃないか。森竜を四体も一人で倒せる人間なんてそうそういないぞ」


「あ、そうだ。これお土産ね」

 

 引き気味なレオとバッシの言葉を受けてなのかどうなのか、デルイはポンとカウンターの上に包みを置く。何やら冷気が漂っていた。


「これってもしかして……っ」


「竜の肉だよ。凍結させてるとはいえもう解体してから四日くらいは経ってるからちょっと鮮度は落ちてるけど」


 わあっ、おおっと三者三様の歓喜の声が上がる。竜の肉は希少で滅多にお目にかかれるものではない。かく言うソラノも一度は食べてみたいと密かに思っていたものでこれはテンションが上がらざるを得ない。


「やー、休みでも仕込みやらで人がいるのは知ってたからさ、誰かいるだろうと思って持ってきて正解だった。半分カウマンさん達用に持って帰って」


「いいのか? 太っ腹だな」


「まあいつもお世話になってるからね」


 バッシの感嘆した声に、カウンターについた手に顎を乗せたデルイが事もなげに言った。


「解体待ってたら時間食っちゃって帰りが遅くなったんだ。ごめんね」


「いえいえ、無事ならそれでよかったです。お肉ありがとうございます」


「レオ、仕込みは一旦中断だ。早速焼くぞ!」


「おう!」


 いそいそと準備をバッシが始め、店は竜肉を食べる準備に取り掛かる。

 熱したフライパンでじゅうじゅうと肉を焼くいい音と、香ばしい香りが店内に満ちる。

 途中でルドルフがやって来て竜肉を食べる会に参加することとなった。


「俺までいいんですか?」


「はい! 今回お世話になったので!」


 ソラノの快諾にバッシとレオもウンウンと頷いた。理由をわかっていないのはデルイだけで首を傾げている。


「お前の両親がこの店に食事しに来たんだよ」


「はっ? あの親父とお袋が? 何で!」


「お前は、バカか! 縁談を断る理由に他の女性を挙げるなら、お前の両親なら調べて乗り込んで来る位の事するだろうが! その位の可能性考えておけ!」


 ルドルフの叱責がデルイに飛んで来る。何も言い返せないデルイになおもルドルフが何かを言い募ろうとしていたが、カウンターにどんと出された見事なステーキ肉によって中断される。


「喧嘩は後な、とりあえず食おう。ワインも開けるぞ」


 バッシが取り出して来たのは店で一番高級な赤ワインだった。ソラノがさっとグラスを人数分用意して注いで回る。

 五人でグラスを掲げもった。


「そんじゃデルイの兄ちゃんの帰還を祝して」


「「「「「乾杯!」」」」

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