第169話 完敗ですわ

 第一ターミナルには保安部の職員と空港に常駐している騎士が詰めかけ、魔物使いとその雇用主である小男、その周りにいる護衛や侍従と何やらひと悶着を起こしている。

 魔物の名前はキマイラというらしく、そのキマイラをのしたのはデルイなのでデルイもその場に駆り出されて行ってしまった。


「人の連れている、テイムされている魔物をこんな状態にするなど何事だ!」


「イオネッタ殿、お言葉ですがキマイラは魔物使いの制御を完全に外れていました。当港の職員が鎮圧しなければ死傷者が出ていてもおかしくない状態でしたので我々の判断は間違っていなかったと思います」


「職員んん? この派手な男が職員だと?」


 イオネッタと呼ばれた顔色の悪い小男は二倍ほどの背丈があるデルイを憎しみに満ちた目で睨みつけた。


「貴様、儂の大切な護衛を減らしおって。どう責任を取るつもりかね? ん?」


 イオネッタは低身長の割に圧が凄い。たいていの人ならば怯んでしまいそうな凄まじい眼力で睨めつけられても全く動じずにデルイは淡々と言葉を返す。


「恐れながら申し上げますが、当国の王都でキマイラのような魔物を連れ歩くのはあまり賢い選択とは言えません。船旅の道中ですら制御できない程度の魔物使いに連れられて、仮に中心街で暴れでもしたら大事です。大惨事になればいくら西方諸国で名を馳せているイオネッタ殿と言えども厳罰は免れなくなります」


「この儂を脅そうというのか!」


 手に持っていた杖をドンと床に叩きつけ、激昂してイオネッタが叫んだ。


「儂を誰と心得ておる。西方でその名を知らぬ者はおらぬ、富豪イオネッタ・ドゥミタレスグだぞ!!」


「イオネッタ・ドゥミタレスグ殿。権力に屈していてはこの仕事は出来ません」


 デルイは至極冷静に切り返した。


「どのような方であれ、法を破れば拘束され罰されて然るべきです。この場合は制御を外れたキマイラの拘束及び魔物使いのランク降格、一定期間の活動停止、そして再度その腕前を確認することとなります」


「ぐ……」


 ギリギリと歯を噛み締め、イオネッタは待機用の椅子にドスンと腰掛けると苛立たしげに革靴で足を踏み鳴らした。

 デルイは失礼にならないよう、しかし一切容赦のない目つきでイオネッタを見下ろした。




 第一ターミナルの一角は物々しい雰囲気になっており、ソラノとシスティーナは体に異常がないかどうかをその場にやって来た回復師に確認され、特に問題はなかったので解放された。

 身体に異常はないが精神的にはなかなかに衝撃的な出来事だった。大丈夫だと確信していたものの、眼前にあんな魔物が迫って来たら当然怖い。実は思い出すとまだ少し手足が震えた。

「無茶をするな」と保安部の人に言われてしまったが、あの場でシスティーナの一番近くにいたのがソラノだったのだし、体が勝手に動いてしまったのだ。ソラノは非力だけどもデルイのおかげで防御には特化している。目の前でシスティーナが襲われるのを見ているくらいなら、飛び出していって助けたかった。

 そんなシスティーナは助け出されてからまだ一言も発しておらず、ターミナルの隅の椅子に腰掛けて小さくなっている。出会った時から今日までずっと賑やかなシスティーナだが、今までで一番存在感が薄くなっていた。

 そんな彼女はソラノとバチっと目が合った瞬間、その青い瞳をさっと逸らしてうつむいた。

 そして小さな声でボソリと呟く。


「……ですわ」


「え?」


「……完敗ですわ、と言ったのです」


 ため息を漏らして肩を落とし、長い金髪が揺れた。


「あんな、あんなの見せつけられて……張り合う方が愚かですもの」


 瞳にはじんわりと涙が浮かんでいる。ソラノは隣に座って、ためらいながら声をかけた。


「システィーナさんにもいつか、本当に想い合える相手が現れると思うよ」


「そんな慰めなんてっ、不要よっ」


 ボロボロこぼれる涙を止められず嗚咽を漏らしながらシスティーナが言う。


「もう、帰るわ!」


 立ち上がったシスティーナは肩をいからせて去っていく。その後ろを猫妖精のクーがついて行った。こちらをちらりと振り返ったクーが前足を振ってきたのでソラノも振り返す。

 システィーナは何かを思い出したかのように足を止めると、ソラノを振り返った。何か葛藤しているようで立ち止まったその場で動かなくなると、やがて意を決したように戻ってくる。


「先ほどの……庇ってくれたことには、お礼を言いますわ。ありがとう」


「あ、うん。どういたしまして」


 そしてきっとソラノを睨みつけた。


「でも私、あなたの事、好きではありませんから!」


「そうなの? 私はシスティーナさんの事嫌いじゃないよ」


「えっ、な、ななん、何でっ何でですの」


 あからさまに動揺したシスティーナが上半身を引き、どもりながら聞き返す。


「だってシスティーナさん、店のお料理美味しいって思ってくれてたでしょ」


「そ、それはまあ、悪くないとは思いますけれど」


「でしょ? うちの料理を美味しく食べてくれる人に悪い人はいないよ」


「その考え方も如何なものかと思いますけれど……」


 色々なお客が来ることは事実だが、皆すべからく料理に満足して帰ってくれる。ならば皆いい人だ。


「あとシスティーナさん、その話し方似合ってないからやめたら? たまに出てる素の方が私は好きだよ」


「失礼ね! あなたのような平民とは違い、高貴な身の上の令嬢にふさわしい話し方というものがあるのよ」


「でもフローラさんはそんな話し方してなかったけど……」


「フローラさん? どなたのことですの」


「内緒」


「なっ!」


「顧客情報は守秘義務でーす」


「気になるじゃないのよ、教えてくださいませんこと!?」


 ソラノが何か言う度に目を白黒させて驚き、オーバーなリアクションをするシスティーナ。見ていると面白くてついつい笑ったら「笑わないでくださいまし!」と言われ、余計に笑ってしまった。


「ニャア、ティーナ。やっぱりその話し方不評ジャン」


「クーは黙ってて頂戴!」


「ティーナは、頑固」


 顔を真っ赤にさせたシスティーナは鼻を鳴らし、両こぶしを握り締めている。


「もう、今度こそ本当に帰りますわ!」


「では、またのお越しをお待ちしています」


 ソラノがそう言って頭を下げると、やはり来るとももう来ないとも言わず去っていく。

 その後ろ姿を見送りながら、かつおぶし好きな猫妖精を連れてきっとまた来てくれるだろうとソラノは思った。



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