第168話 お帰りなさい
話は少し前にさかのぼる。
「ちょっと待って!」
店を飛び出して行ったシスティーナをソラノは追いかけた。ちょっとストレートに言い過ぎただろうか、もう少しオブラートに包んだ言い方をすればよかったと後悔しながら。
魔法を使っているのか、システィーナの足は意外と早かった。うつむきながら猛然と走るシスティーナに追いつこうとソラノも必死に追いすがる。
「あ」
見ていれば、前方から魔物を連れた物々しい一団が第一ターミナルへと入って来ており、このままいけば確実にシスティーナとぶつかってしまう。何と言っても彼女は周りを見ておらずただただ走っているだけなので、この魔物の存在にも気がついていなさそうだ。
大人のライオン程もある巨大な体の魔物は首輪で繋がれているものの落ち着きがなく、あっちにフラフラこっちにフラフラと体を揺すったり首を上下に動かしており連れている人間は制御に苦戦しているようだった。
そしてソラノが見ている前で案の定、システィーナは先頭を歩くその魔物に思いっきり体をぶつけ、反動で尻餅をついて倒れた。
悪態をついて自身がぶつかったものを見やれば、それが苛立っている魔物だと気づいてシスティーナはその場に硬直している。
魔物が跳躍の準備を始めたところでーーソラノは加速した。
あんまり何も考えていなかった。
ただ、このままだとどう考えてもシスティーナは魔物に襲われて怪我をする。そんなのは嫌だ。
彼女が自分のライバルだろうがそんな事は関係ない。
最悪死んでしまうかもしれない状況を目の前にして黙って見ている事なんて出来なかった。
「システィーナさん!」
魔物がシスティーナに飛びかかろうと跳躍した瞬間、ソラノは魔物とシスティーナの間に割って入り彼女の体を抱きしめた。
ソラノの頭ほどもある魔物の前足からは鋭い爪がキラリと光っている。こんなもので切り裂かれたら怪我では済まない。刹那にソラノの耳に嵌っている魔法石のピアスが発動し障壁が張られ、ばきっと鈍い音がして魔物の爪が弾かれる。
怒り狂った魔物は再び突進をして来、そして障壁に阻まれてソラノたちに近づけずにいた。
「あ、あなた、どうして……」
システィーナが驚愕の表情でソラノを見上げる。
「どうしてって、まあ、私が一番近かったから?」
「だって、私なんて助けない方が都合がいいでしょう!?」
「いや、さすがに見殺しにできるほど薄情じゃないよ」
我を忘れた魔物が凄まじい勢いで攻撃を仕掛けて来ているこの状況で話をするのは難しい。
見やれば魔物は四肢と屈強な顎で障壁にのしかかり、力づくで打ち破ろうとしていた。
見るんじゃなかった、と後悔する。
こういった状況に慣れていないソラノからしたら、いくら障壁があるからといっても衝撃が強すぎる。
「ヒイッ! こ、この障壁どのくらいの強度があるんですの!?」
「え、わ、わかんない……かなり丈夫だとは聞いてるけど」
ソラノには障壁の強度などよくわからない。わからないが、数撃ならば耐えられるだろうと踏んでいた。ここが人気のない森の奥とかであればソラノの行動は無謀そのものだが、幸い周りに人は沢山いる。
魔物を連れている人間が怒鳴りながら何かをしているところや、保安部の職員が魔法を唱えているであろうところ、遠目にはレオが剣を抜いて走ってくる姿もあった。
それらすべてがスローモーションのように見え、喧騒が遠くに聞こえた。
ソラノにできる事は障壁が破れないよう祈ることと、システィーナを守ることだけだ。二人できつく抱き合って、眼前で繰り広げられる風景から目を背けて誰かがなんとかしてくれるのを待つーー
ーー騒然とする第一ターミナルの只中で、一筋の閃光が走った。建物の中だというのに鼓膜が破れそうなほどの雷鳴が轟き、巨体が倒れる音がする。
白く光る稲光。
轟音。
訪れる静寂。
そしてふわりとソラノの体が優しく抱きとめられるのを感じた。
「大丈夫? ソラノちゃん」
「あ……」
聞き慣れた声が聞こえて恐る恐る顔を上げると、そこには久々に見る姿が。
「デルイさん」
「うん。何だかピンチだったみたいだけど。怪我してない?」
「あ……はい」
見れば先ほどまで凶悪な姿を晒していた魔物は黒煙を上げて倒れていた。周りの人間が取り囲んで何やら捕縛をしているようだった。
この一瞬で何が起こったのか、ソラノの理解の範疇を完全に超えている。
「やっつけたんですか?」
「死んではないけどしばらく動けないはずだよ」
ソラノはデルイの方へ向き直り、座り込んだままその姿を見つめた。
思わずデルイのシャツを両手でぎゅっと握ってその存在を確かめる。確かに、ここにいる。
一撃で魔物を倒しても相変わらずの余裕な表情を浮かべていた。ソラノを案ずるような眼差しも、少し長めの鮮やかな髪色も、耳に嵌った揃いのピアスも全てが何も変わっていない。
送り出した時とは違って、いつも店に来る時と同じく私服を身にまとっていた。
それすらが懐かしい。
たったの十五日やそこらなのに、なんだかすごく長い期間会ってなかったかのような気がする。
助けてくれてありがとうございますとか、怪我はないですかとか、ご両親がお店に来たんですよとか、言いたい事は沢山沢山あったけどそれらの言葉をソラノは飲み込んだ。
ひとまず、言いたい事はただ一つ。
「……お帰りなさい、デルイさん」
「うん、ただいま」
安心感が押し寄せて泣きそうなのをぐっとこらえ、精一杯の笑顔でそう言った。
彼の方もとびきりの笑顔を返してくれた。
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