第165話 森竜

 ファーラザート近郊の平野にて騎士達が戦闘の構えをとっている。

 その数は百を下らず、街にも防衛目的と万一に備えて待機している騎士がいた。

 その中に自分も混じっている、というのがデルイには違和感が拭えない。

 いつもは探知の魔法を駆使して犯罪者を取り締まっているが、今日ばかりはわけが違う。


「なあ、お前本当に一人で挑むつもりなのか」


「ああ」


 道中で顔なじみになった騎士の一人に話しかけられデルイは頷いた。


「やめておいた方がいいと思うぞ。竜種を甘く見ていると酷い目に合う。いくら回復師が後方に控えているとはいえ、即死レベルの攻撃を受けたら元も子もない」


 親切な騎士は事ここに及んでまだ説得を試みようとしていた。デルイは彼の方を向き、なるべく嫌味にならないように言う。


「助言をありがとう。けど、俺がこの討伐部隊に参加したのは森竜の単独討伐が目的なんだ。取りこぼして周りに迷惑をかけないようにするから、気にしないでくれないか」


 もはや説得に意味はないと感じたのか、騎士は小さく肩をすくめるとそのまま前方の空を見る。

 そこには黒々とした小さな点が猛スピードで迫って来るのが見えた。



「来るぞ」


 今回の魔物討伐部隊の隊長である兄のエヴァンテが低く唸るように言った。


ーー森竜が迫る


 風が唸り、空を裂いた。

 常日頃は森の奥に潜んでいる森竜は雛のためにその身を人里に晒し、獰猛な牙で人々へと襲い来る。

 身の丈はおおよそ十メートル。硬く魔法も物理攻撃も効きづらい緑の鱗を持ち、鋭い牙と鉤爪を持つ森竜はその見た目だけで人々を畏怖させるのに十分だ。


 森竜は餌としてより多くの魔素を持つ人間を求めているので、必然的に巨大な力を内に秘める騎士の一団のところへと向かって来た。常ならば勝てるかどうかわからない相手に特攻を仕掛ける程愚かな種族ではないが、この時期はやや理性を失っておりそこまで冷静な判断を出来ずにいる。

 

 平野では森竜十三体と騎士による死闘が繰り広げられていた。

 エヴァンテの掛け声により方々へと散った騎士と竜との戦いも、飛ぶ血飛沫も、驚いた鳥が羽ばたいて逃げる音も、全てがデルイにとっては遠く聞こえる。

 地を蹴って雷の速度で接敵し、己の目の前にいる敵へと迫る。竜種との戦闘で最も厄介なのは、相手が空を飛べることだ。道中の友である飛獣は近郊の街ファーラザードに置いて来ている。騎乗したまま戦う騎士もいるが、デルイはあまり慣れていないために辞退した。

 理性を失った竜と戦うならば、身一つでも十分対抗できうる。

 敵がデルイを捉えようと低く地面まで迫ったところで一気に距離を詰め、その巨体の隙をついて首元へ迫る。

 バチバチと唸る雷を纏った剣を振り上げてありったけの力を込めて振り下ろした。


————豪雷破斬ごうらいはざん


 限界突破<リミットブレイク>により極限まで高めた魔法と剣技の合わせ技は正確に森竜の弱点である首筋を捉え、木の幹ほどもある首と胴体とを切り離す。


 ドォォォン、と凄まじい音が響き渡ってデルイは体重を乗せて勢いそのままに地面まで剣を叩きつけた。


 紫電が迸り刹那に闇夜が明るく照らされる。

 森竜一体を容易く屠ったその剣先からは尚余りあるエネルギーが溢れており、行き場を失った力が地面をひた走り木々を切り裂いた。


 思ってたよりも、脆い。


 久方ぶりに持てる力を全解放したデルイの率直な感想はそれだった。

 限界突破を使ったとはいえ、これならば後数体は倒すことができるだろう。

 デルイの切れ長の瞳には常なら浮かべている余裕の色もソラノに向けている時の優しい眼差しもなく、屠るべき獲物を捕らえた好戦的な光が宿っている。

 恐ろしく鋭利で冷徹な色を湛え、次なる森竜を倒すべく騎士と森竜が入り乱れる戦闘の只中をひた走った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る