第164話 コミュ力おばけ②
本日のオススメ
サラダ:林檎とチーズのサラダ
メイン:きのこのシチュー パイ包み
デザート:葡萄のムース
「お待たせいたしました、まずはりんごとチーズのサラダです」
そうしてしばらくしてから出てきたのは、目にも鮮やかなサラダだった。
何がすごいって、薄く輪切りにしたリンゴが何層にも丸く重ねられており、まるで薔薇のような形になっていることだ。その周りにはカッテージチーズ、そしてくるみが散りばめられ、最下層のリーフレタスの上に品良く乗っている。
「ドリンクは林檎酒をどうぞ」
そうして注がれる黄金色の林檎酒は、シュワシュワと泡が立ち上っている。
「クーちゃんにはこれね」
「ニャア」
にこりと笑ってソラノがこんもり盛られたかつおぶしを差し出すと、クーは機嫌よく喉を鳴らしながら前足をカウンターへとかける。システィーナの膝の上で器用に後ろ足二本でバランスをとりつつ、かつおぶしを食べ始めた。
グラスを持って林檎酒を一口。
発酵した甘い林檎の味が口いっぱいに広がった。
続いて薔薇の花に見立てられた生の林檎を、チーズとくるみと一緒にフォークへと刺す。
シャキッと歯切れのいい林檎と、カッテージチーズのわずかな酸味、そしてくるみの味わいが三位一体となりまろやかなハーモニーを奏でる。
上にかかっているのは、エリヤ油と蜂蜜を混ぜたドレッシングのようだった。
爽やかな味わいのそのサラダは、秋の味覚がふんだんに使われており、目でも味でも楽しめた。
もう一口林檎酒を飲み、ソラノの動向を注視する。
夕飯時に差し掛かり、だんだんと増えてきた客に笑顔でハキハキと対応している。
決してうるさいわけではなく、しかしよく通る声で接客をしていた。
「やっぱりソラノの削るかつおぶしが一番おいしいニャ」
「な、何よ……うちで出すものは最高級のかつおぶしよ。そこらの店で売ってるものとは違うのよ」
「ティーナはやっぱりわかってないニャア。大切なのは食材に対する愛だニャ。かつおぶしを愛する者が手ずから削るかつおぶしに勝るものなんてないんだニャ」
「何よ……」
一体このかつおぶしのどれほどの熱量が込められているというのか。システィーナには理解しがたいものがある。
「お待たせいたしました、きのこシチューのパイ包み焼きです」
次に出されたのは、お皿にパイの包みが被せられた料理だ。
「熱いので、パイを崩しながら気をつけてお召し上がりください」
言いながら林檎酒のグラスを下げて白ワインを隣にさりげなく置く。
手にスプーンを握り、パイをそっと崩してみた。
サクッ。
焼きたてのパイがシチューへと落ちる。閉じ込められていたシチューの湯気が立ち上り、同時にいい香りが鼻腔をくすぐる。
パイがふやけないうちに素早くシチューとともにすくい、口へ運んだ。
「あつっ」
熱いけれども、美味しい。
使われているのはマッシュルームとクペリーナ。空洞の中にとろりとしたシチューが入り込んでおり、噛むほどに煮込まれた牛乳の優しい味わいを感じる。
具材は他にも様々。
玉ねぎ、人参、じゃがいも、鶏モモ肉。
一口で食べやすい大きさに切られており、噛みちぎる必要がないのが良かった。北国の学校では煮込み料理が多く出たが、具材の切り方が大雑把でいちいちナイフとフォークで切らなければいけなかったのを思い出す。
そんな品のいいことをやっているのはシスティーナの周りにいるごく一部だけで、後の学生はスプーンですくってかじり取って食べていたのだ。「下品な食べ方ね」と内心で見下していたのも、同時に思い出した。
サクサクのパイとシチューのハーモニーは抜群だ。
知らず知らずのうちにシスティーナは夢中で料理を食べすすめていた。
ここに何をしにきたのか、ソラノという給仕係が何をしているのかなんてもはやどうでも良かった。
美味しい料理に向き合って、ただただ食べることだけに集中して食事をする。
学校とも邸とも違うこの空間ではそれが許された。
やがてお皿が空になり、システィーナは満足感と少しの物足りなさを感じた。
もっと食べたい、そう思わせる絶妙な量だ。
「デザートをお持ちしてもよろしいでしょうか?」
システィーナは問われてハッと顔を上げる。するとソラノが、とても優しい表情でこちらを見ていた。
「……ええ、お願いするわ」
「かしこまりました」
かつおぶしを食べて満足したらしいクーがシスティーナの膝の上でまるまり出した。喉がゴロゴロと鳴っていて機嫌がいいのが伺える。
やがて出てきたデザート。
「お待たせいたしました、葡萄のムースです」
それは透明なグラスに盛り付けられた目にも鮮やかな紫色のムースだった。上にちょこんとホイップクリームと、半分に切って種が取り除かれた生の葡萄が添えられている。
ティーポットからはアールグレイの香りが昇り立ち、食後の一品への期待が高まる。
「スプーンでお召し上がりください」
グラスに手を添えるとひんやりとした感触が伝わる。そっと表面にスプーンをあてるとなんの抵抗もなくムースがすくいとれた。
パクリ。
葡萄の甘みが感じられる、しかし甘すぎない一品だった。
滑らかな舌触りのムースが胃の中を通って行き、シチューの濃厚さを洗い流してくれる。
ティーカップに手を取ってアールグレイを飲めば、その程よい渋みがこれまたムースとマッチしていた。
ムース、紅茶、ムース、紅茶。
止まらないスパイラルだった。
またもやシスティーナは夢中でデザートを食べていく。
「いかがでしたでしょうか」
全ての料理を食べ終えた時、ソラノが食器を下げにやってきてそう尋ねた。
ソラノの目を見てしかしシスティーナはなんと言おうか思い悩む。
美味しかった。素直にそういうのが悔しい。
邸で飽きる程に美食を食べてきたシスティーナだというのに、ここでの食事はそれとは一線を画する美味しさだった。
食材が高級なわけではない。しかし一品一品に旬の食材がふんだんに使われており、見た目にもこだわりを感じた。一流の料理人をしても作れるかどうかわからないほどの腕前だった。
「……悪く、なかったわ」
悔しさまぎれにそう言葉を発してみると、ソラノはとても嬉しそうな表情を浮かべる。
勝ち誇った顔をしてくれるならばまだ怒りが再燃するのに、ただただ純粋に料理を褒められて喜んでいる顔をされればもうシスティーナにはどうすることも出来ない。
悔しい。
悔しいけど、美味しかった。
「ありがとうございます、またのお越しをお待ちしております」
そう言って頭をさげるソラノにフンと鼻を鳴らす。
「そんな上辺だけの台詞、言わなくたって結構よ」
「本心からの言葉ですよ」
「嘘おっしゃい。私なんていない方が好都合でしょうに」
「お店に訪れたお客様にはすべからくまたのお越しを願っています」
言外にシスティーナという個人ではなく、あくまで店に来る客として扱っていると言っている。最初に会った時にあれほど喧嘩腰であったのに、ここまで堂々とシスティーナのことを客は客だと割り切ることができるものなのか。システィーナはたじろぐ。
何と言っていいかわからず、口を開き、閉じ、また開いて結局何も言わないままに店を出る。
最後にちらりと見たソラノは丁寧に頭を下げてこちらを見送っていた。
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