第158話 リリアーチェの注文②

「お待たせいたしました、ビーツのポタージュです」


 そう言って出された二品目は鮮やかなピンクが美しいビーツのポタージュだった。

 提供した給仕係であるソラノはにこりと笑って補足をする。


「本日のスープは奥様の髪の色と同じでしたので、ぴったりかと思いお出し致しました」


「まあ、素敵な趣向ね」


「ビーツは旬の食材ですので、今が一番美味しく召し上がれます。そうした意味でもぴったりかと」


 そんな言葉をごく自然に紡ぐソラノに、なかなかやるわねと胸中でこぼしながらもそのポタージュに目を向ける。

 別名赤カブと呼ばれるそれはそのまま茹でると真っ赤な煮汁になるのだが、これは牛乳や生クリームで色味を薄めてあるらしい。

 美しい色合いのポタージュには表面に生クリームで模様が描かれ、小さな食用花がちょこんと乗っていた。ライオネルが目にも美しいその料理とリリアーチェの髪色とを見比べる。


「確かにお前の髪色にそっくりだな」


「こんな年にもなると、なかなかこの派手な髪色に会うドレスがなくて困ったものなのよ」


「そんな事はない、お前は幾つになろうが変わらず美しい」


「まあ、ふふ」


 顔に似合わず歯の浮くような台詞を言うライオネルにリリアーチェは微笑んだ。長いまつ毛に縁取られた目、すっと通った鼻筋に、形のいい唇。傾国の美貌を持つリリアーチェは若い頃、それはもう引く手数多で縁談話が山のようにきていたのだが、結局のところライオネルとの結婚話を受け入れた。それは別に森竜を倒した功績を受けてという訳ではなく、彼の一言が決め手だった。


『貴女の芯の強い心に惹かれました』


 見た目ばかりを褒められていたリリアーチェの心に、花を片手に不器用ながらもそう語るライオネルの言葉はとても響いた。結婚した二人は手に手を取り合い家庭を築き、今もこうして二人で食事に出かけるほどに仲睦まじい。

 リゴレット家は全員恋愛結婚をしているという事実をデルロイだけが知らない。

 デルロイにいい人がいるならばそれで良しと思っていたが、いつまでも独り身でフラフラしているのでならばといい縁談が来たので受け入れただけだった。

 それがこのような事態を招くとは、子供の心というのは親にとって実に分かりづらく難しい。

 成長するにつれて反発心が強くなるデルロイの気持ちがもはやリリアーチェにはわからなかった。


 ポタージュをひとさじ掬う。その色はリリアーチェと、末息子の髪色にそっくりな色合いをしていた。

 口に含むとビーツの優しい甘みが広がった。

 ビーツはその鮮やかな色合いから苛烈な味わいを想像してしまいがちだが、実際口にすると驚くほどに口当たりがいい。

 ホッとするような優しい味わいだ。


 シャンパンを飲もうと手を伸ばすと、ほとんど空になっていることに気がついた。

 タイミングよくソラノがやって来ておかわりを注いでくれる。


「お味はいかがでしょうか」


「悪くないな」


「そうね、悪くないわ」


「ありがとうございます。似ていますよね、色も味わいも」


 そう言ってソラノは裏も表もなさそうな顔で微笑んだ。誰に、という主語がなくともリリアーチェにはすぐにわかる。


「末息子は貴女にとって、このビーツのポタージュのような存在なのかしら」


 鋭い目線で問いかけてみれば、はい、と答えが返ってきた。


「一見派手ですけど、優しい人だなと思います」


「そう……」


『貴女の芯の強い心に惹かれました』


 ソラノの言葉が、ライオネルの求婚の言葉と重なった。内容はまるで違うのだが、本質としては似通っている。要するに内面を見ている、ということだ。


「あいつは優しいか?」 

 

「優しいですよ」


「儂らには悪態しかついたことがないがな」


 ライオネルが唸るようにそう言うとソラノは再び屈託のない笑顔を浮かべる。


「差し出がましいことを申してもよろしいでしょうか」


「何だ」


「デルイさんのありのままを見てあげてください」


 そうして一礼すると去って行く。ライオネルと二人、次の接客へと入ったその背中を見つめた。


「随分とはっきりものを言う娘だな」


「そうですわね」


「……お前に少し似ているな」

 

 ライオネルのその言葉に目を見開く。「まあ」と口にして唇が弧を描いた。


「どのような部分がですか?」


「芯の強そうな所がだ」


「まあ」


 再び同じ言葉を口にして、今度はおかしくなって笑ってしまった。


「わたくしたちよりあの子の方が、よほど息子のことをわかっていそうね」


 ライオネルはその言葉を肯定も否定もせず、ただビーツのポタージュを見つめている。

 息子はなかなかにいい娘を捕まえたのではないかという思いもあるが、それがリゴレット家の嫁としてふさわしいかというのはまた別問題だ。


 ビーツのポタージュをもう一口、口に含んでリリアーチェは二つ先に座る若き子爵、セルヴェス・ロンバートを見つめた。

 彼は隣に座るフロランディーテ殿下が気になって気になって仕方がない様子で、婚約者との会話も上の空のようだった。そんな子爵の様子に当然のことながら婚約者の方は機嫌を損ねているが、そのことにすら気がついていない。


 爆発するまであと五分という所かしら。


 さてこの事態にあの娘はどう対処するのかしらと、リリアーチェはワクワクする気持ちを抑えられずにいた。

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